◆エピローグ『理想をこの手に』
「相変わらず暑苦しいわねー、ここ。あと汗臭いし」
「勝手についてきた割に随分な言い草だな。ついてこなくともよかったんだぞ」
「だって暇だったんだもの。ついでに髭爺がくたばってないかも確認しようと思って」
神聖都市ヴィフェレスにおける戦いから2日後。
カオスはエルリードとともに工房区画を訪れていた。
「モリスはいるか!? 史上最強の魔王である俺様が来たぞ!」
「髭爺~、超絶美少女のエルリード様が来てあげたわよ~!」
こちらの来訪を伝えんとしてか、1人のドゥーブがそそくさと1つの工房に入っていった。まもなくして、そこから見知った顔──ドゥーブの長であるモリスが出てくる。
「おう、カオスの旦那か。あと嬢ちゃんも」
「ちょっと、ついでみたいに言わないでよ」
「変わらんな、嬢ちゃんは」
少し呆れつつも、穏やかな口振りだ。
髭で隠れているが、きっと口元は笑っているに違いない。
初対面からよく言い合いをしている2人だが、意外と相性がいいらしい。といっても生意気な娘の相手をしている祖父といったような関係性だが。
「それで……カオスの旦那、用件は?」
「早速だが、頼んでいたものはできたか?」
「風の魔導罠だな。ああ、出来てるぞ」
「仕事が早いな。さすがは魔界が誇る職人たちだ」
「褒めたってくせぇ汗しか出せねえからな。それよりさっさと動作確認してくれ。ちょうどさっき出したところだ」
言いながら、モリスが隅のほうを指差す。
そちらを見れば、板型の罠が2枚置かれていた。
1枚は地面に置かれ、もう1枚は工房の壁に立てかけられた格好だ。どちらも黒々とした見た目で、中央に緑色の宝石が埋め込まれている。
「ふむ、なかなかの大きさだな」
「大体10人ぐらいは乗れるように作ったからな。まあ、発動は触れた瞬間だから大勢を一度にはめるってことはないだろうが。ああ、一応大きさは変えられるからそこは安心してくれ」
モリスがそう説明する間、エルリードが不用意に魔導罠に近づいていた。立てかけられた魔導罠をまじまじと見ている。
「風を出すだけの魔導罠って……そんなもの役に立つのかしら」
「おい、嬢ちゃん。あんま近づくと危ないぞ」
「大丈夫よ。ちょっと触ってみるだけだか──」
エルリードが最後まで言い終えることはなかった。
魔導罠をつんつんと指で突いた瞬間、はめられた緑の宝石が発光。罠全体から激しい突風が噴き出したのだ。
ぶほっ、とおかしな呻き声を漏らしつつ、とてつもない速度で吹き飛んでいくエルリード。幾度も地面に体をこすらせたのち、遠くの工房にぶつかってようやく勢いが止まった。
……死んではいないようだが、相当な痛みを味わったらしい。不格好に倒れ込んでいた。
「ふむ、素晴らしい威力だ」
「だろう? ま、重装備の奴らはあそこまで飛ばんだろうが、それでも押し出すことはできるはずだ」
「穴や毒沼を造って落とすのも面白そうだな」
「そいつはいいな。わかってると思うが、初設置は必ず呼んでくれよ」
「俺様がお前の楽しみを奪うわけがないだろう」
「さすがカオスの旦那。わかってるじゃねえか」
互いに笑いながら和やかに会話をしていていると、「ちょっと! あたしのこと少しは心配してよ!」と大声で喚きながらエルリードが戻ってきた。外傷はほとんどないようだが、巻きグ──特徴的な髪は崩れ、下ろした形となっている。
「エルリードよ、よくやった。お前の試験運用、とても参考になったぞ」
「褒められてもぜんっぜん嬉しくないんですけど」
「それで嬢ちゃん。床設置型のほうもあるが、そっちも試すか?」
「するわけないでしょ!」
ぷいっと拗ねたように顔をそらすエルリード。
そんな彼女をよそに、モリスが少しだけ顔を険しくした。わずかに周囲を窺ったのち、潜め気味の声で訊いてくる。
「そういや無人の区画を浮上させて人間の住居にするらしいな。大丈夫なのか?」
「大丈夫、とはなにに対して言っている?」
「いや……まだほかの魔人も復活しきってない中で、人間のために魔素を使うことをよしとしない奴らもいるだろう」
神聖都市ヴィフェレスを落とす際に生成した迷宮。そこから取り入れられる魔素はいままでよりもさらに多かった。ゆえに、今後の魔界復興に重要な区画を幾つか浮上させたのだが……。
いましがたモリスが口にした通り、人間用にと無人区画も一緒に浮上させたのだ。
「多少の問題はあるだろう。だが、俺様が決めたことだ。反論はさせん」
「相変わらずだな、あんたは。とはいえ、人数に対して少し広すぎやしないか」
「本当よ。たった13人しかいないっていうのに」
エルリードが半ば愚痴る格好で会話に入ってきた。
神聖都市ヴィフェレスの民に降伏勧告をした、あの日。多くの者が従うことを拒絶し、去っていった。
結局、残ったのは13人。
これを少ないとみるか、多いとみるか。
魔人の間でも意見がわかれているようだ。
個人的には多いと思っている。
人間にとって魔人は敵対的な種族。
そんな相手に従うのは相当に勇気のいることだからだ。
……もっとも、すべてはリエラ・リィンズという存在の大きさゆえとも言えるが。
「問題ない。今後増える予定だ」
「その前に減らなければいいけど」
1本の鎖を握り、舌なめずりをするエルリード。
そんな彼女を横目に見ながらカオスは言う。
「こういう奴から遠ざけるためにも専用の区画が必要というわけだ」
「なるほどな。たしかに切実な問題だ」
初めから魔界の住人に紛れさせることも考えたが、長くいがみ合ってきた両者だ。どんな些細なことがきっかけで殺し合いに発展するかわからない。いまは距離を置くことがなにより重要だ。
「エルリードよ。魔界の人間たちは俺様のものだ。手を出したらお前でも容赦せんぞ」
「わ、わかってるわよ……でも、カオス様からおしおきされるのも、それはそれで……」
最近、わかってきたことがある。責めることが好きなエルリードだが、責められるのも嫌いではないらしい。いまもお仕置きをされる自身を想像中なのか、「ぐへへ」とだらしない顔で涎を垂らしている。
「人間たちのことはともかくとして……モリスよ。魔導罠のほうに関してだが、満足のいく出来だ。すぐに量産を頼む」
「了解。あ~、報酬のほうは──」
「先日、臨時の収入もあったからな。好きなだけ飲むがいい」
「さっすが旦那、話がわかるぜ。おい、お前ら聞いたか! この魔導罠を造りまくったら大量の酒が待ってるぞ! 気合入れて働けよ!」
モリスの声によって歓声があがる。
ドゥーブたちは相変わらず酒に目がないようだ。
作業に集中しはじめた彼らを邪魔するわけにはいかない。
いまだ妄想中のエルリードを荒々しく引きずりながら、カオスは熱気の増した工房区画をあとにした。
◆◆◆◆◆
カオスは工房から魔王城の執務室に戻ってきていた。
いまは机に広げた地図を前に漠然と考え事をしているところだ。
隅では、ついてきたエルリードが立てかけられた姿見を前に髪を整えていた。すでに頭頂部から伸びた髪は屹立し、象徴と化している。
「よし、これで完成っと。ね~、カオス様。あたしの髪どう? いつもみたいに可愛くできてるかしら?」
「おー、とっても可愛いぞー」
「なんか心がこもってない気がするんですけど。ん……プリちゃんの声がする」
言って、エルリードが廊下のほうへ目を向けた。
まもなくして2つの騒がしい声が聞こえてくる。
「さあ、ヴィルシャ。早くいきましょうっ」
「い、いえ。お誘いはありがたいのですが、できれば遠慮したいと……」
「大丈夫ですよ。カオス様もきっと喜んでくれます。さあさあっ」
「わたしはべつにあいつのために着たわけでは──」
部屋の扉が小突かれた。
入るよう促すと、プリグルゥに背中を押される形でヴィルシャが入ってきた。プリグルゥと同じく、ミーレスの給仕服を着て。
「その……これはだな……っ」
頬を赤らめながら、もじもじとするヴィルシャ。
よほど恥ずかしいらしく、目を合わせようともしない。
「なにやら騒がしいと思ったが、お前もそれを着たのだな」
「どうですか? 似合っていますよね」
興奮気味に訊いてくるプリグルゥ。純粋に評価が気になっているようだが、ヴィルシャにとっては嫌がらせ以外のなにものでもなかったようだ。さらに赤味を増した顔をこちらに向けてくると、鋭い目で睨んできた。
「ほ、本来はミーレスが城にいる際、着るべきものだからな……くそっ、わたしだって似合っていないことぐらいわかっている! 笑いたければ笑え!」
「あははははは! あんたがフリルとかっ! 面白過ぎるんですけどっ!」
エルリードが腹を抱えて笑いはじめた。
直後、羞恥心にまみれていたヴィルシャの顔が一気に険しくなる。
「殺されたいのか、巻きグソ頭っ」
「はぁ!? あんたが笑えって言ったから笑ってあげてるんでしょ!? やる気ならやったげるわよ!?」
仲が良いのか悪いのか。相変わらず顔を付き合わせれば喧嘩ばかりの2人だ。そんな見慣れた光景を前にしながら、カオスは改めてまじまじとヴィルシャを観察。思ったことをそのまま口にする。
「よく似合っているぞ。あまりに可愛くて抱きしめたくなるほどにな」
「なっ!?」
ヴィルシャが心底驚いた声を出した。
その顔は見てわかるほどに赤らんでいる。そばではプリグルゥが「ほら、言った通りでしょう?」と満足気に微笑んでいる。
ただ、当のヴィルシャは信じられなかったらしい。嘘をつくなとばかりに射殺すような目で睨んできた。
「き、貴様……っ! またそんな思ってもないことを言って……わたしをバカにしているのか!?」
「お前が俺様をどれだけ信用してないかがよーくわかるな」
「信用する要素が皆無なのだから当然だろう」
「では証明しようではないか」
「証明? そんなものどうやって……て、なんだ? なんで近づいて、ふぐっ」
カオスは席から立ち上がったのち、ヴィルシャを抱きしめた。両腕を巻き込んでの全身を抱く格好だ。頭だけを抱いたときと違って匂いを感じる。甘ったるさとは皆無の、爽やかでとても心地のよい匂いだ。
いま、ヴィルシャの頭は左肩に乗っている。視界の端に映る彼女の耳は大半が銀のカフスで覆われているが、それ以外は面白いほどに赤く染まっている。
「言っただろう、思わず抱きしめたくなると。それを実行したまでだ」
「だ、だからって……ほ、本当に抱きしめにくる奴がいるかっ!」
「お前は可愛いやつだな、ヴィルシャよ」
「ま、またそんな適当なことを! くそっ、放せ、この変態がっ!」
荒々しい言葉を放ちながらみじろぐヴィルシャ。少し前なら簡単に抜けられていたかもしれないが、いまは《聖石》を取り込んだことで自力も増している。おかげで存分にヴィルシャを拘束──ではなく愛情たっぷりに抱きしめられた。
「プ、プリグルゥ様、どうか手をっ、貸してくださいっ」
「ふふふ。本当に愛されていますね、ヴィルシャ」
「くっ、おいエルリード! 見てないでこいつをどうにかしろ!」
「誰が助けるのよ。大体、あんたそんなこと言ってすんごい嬉しそうにしてるじゃない」
「これのどこが嬉しそうに見えるんだっ。くそ、この……っ!」
抵抗を強めるヴィルシャ。このまま抱きしめたまま過ごすのも面白いが、これ以上はヴィルシャが発狂してしまいそうだ。名残惜しさを感じつつ、カオスは抱きしめる手を緩めた。
瞬間、ヴィルシャが弾かれるようにして飛び退いた。まるで激しい戦闘を終えた直後のようだ。肩で息をしながら、乱れた髪を整えている。終始、こちらを睨みつけていたのはきっと気のせいだろう。
「……はぁ。それより訊きたいことがあるんだが」
「いまの俺様はとても機嫌がいい。なんでも応えてやろう」
「どうしてそいつが魔界にいる?」
ヴィルシャが指差した先、部屋の隅に1人の女が立っていた。
本来であれば魔界には絶対に来るはずのない人物。
ルヴィエント王国の元守護者──リエラ・リィンズだ。
先ほどヴィルシャたちの後ろに続く形で、リエラも中に入ってきていた。いまは部屋の隅のほうで置物のごとく静かに待機している。
「何度も説明しただろう。リエラは俺様の配下となったと」
「信用できるはずがないだろうっ。こいつは守護者なんだぞ!」
「元、な。いまは俺様の忠実な配下だ。なあ、リエラよ」
全員の注目が集まる中、少し目をそらしながら「……はい」と応えるリエラ。直後、ヴィルシャが証拠を見つけたとばかりに責めるような目を向けてくる。
「おい、あやしい間があったぞ」
「そんなことはない。なあ、リエラよ」
「……そう、ですね」
「またっ」
責め立てる声をさらに強めるヴィルシャ。
そんな彼女へと、エルリードが嘲るように笑う。
「聞けばぼっこぼこにされたらしいし、またやられるかもってびびってるんでしょ。小心者のあんたらしい考えね」
「わたしがこいつに怯えているだと!? ふざけるな! 大体、あの戦いだってそこの変態が割り込まなければ、わたしが勝って──」
「それはないと思いますが」
遮る形でぴしゃりと言い放つリエラ。
先ほどまで言い淀んでいたのが嘘のような滑らかさだった。
実際、その通りの結果だったことを誰よりも知っているからか、ヴィルシャが「貴様……っ!」と睨みつつも言い返せないようだった。ついには「くそっ」と思いきり舌打ちをする。
リエラが魔界にいる件について納得したわけではいないようだが、なんとか呑み込んだようだ。ただ、ほかにも思うところがあるらしい。
「あとひとつ……どうしても気になることがある」
「ふむ、言ってみよ」
「どうしてこいつも同じ服を着ている!?」
ヴィルシャが再びリエラを指差した。
いま、リエラが着ているのはフリルがふんだんにあしらわれた黒と白が基調の給仕服。つまりはいまヴィルシャやプリグルゥが着ている服と同じものだ。
「わたくしはただ、この魔王城における正装だと聞いたので着たのですが……」
「正装はミーレスのためのものだ! 誰がそんなことを──」
「わたしです」
そう名乗り出たのはプリグルゥだった。
相手が相手なだけにヴィルシャが一気に怯んでいる。
「な、なぜそんな嘘を……」
「リエラさんも絶対に似合うと思って。実際、とても似合っていたので正解でしたっ」
言って、プリグルゥが無邪気に笑った。
そんな姿を見せられてはヴィルシャも諦めるしかなかったらしい。歯ぎしりをしながらではあったが、なんとか怒りを収めていた。
当のリエラは呑気に自分の体を見下ろしていた。
スカートの裾を軽くつまんでひらひらと動かしている。
「普段、こういった服を着ないのでよくわかりません……」
「よく似合っているぞ、リエラよ。一言で表すならば、とてもカワイイ、だ」
「そう……でしょうか」
言いながら、リエラが顔をそらすと、口を開けては閉じたりしはじめた。照れるわけでではなく単に困惑している様子だ。やがて、なにか意を決したように目だけをこちらに向けてきた。
「その、どのような顔をすればいいのかわからなくて……あなた……カオス様以外の誰からも可愛いと言われたことがなかったので」
「ならば、じきにわかるだろう。俺様は可愛いものには可愛いと言うからな」
そう伝えると、また同じように困った顔をされてしまった。
思い返してみれば戦場で出会ったときから、彼女は感情に乏しい印象があった。立場的に不安定なことも影響しているかもしれないが、おそらくはもとからこういった性分なのだろう。
いずれは、この氷のような顔を思いきり崩してやりたい。そんなことを考えていると、視界の端で気になるものが映った。不愛想な顔をこちらに向けてきているヴィルシャだ。
「なんだヴィルシャ、怒っているのか?」
「べつに怒ってなどいないが」
「いまから人間を斬り殺しにいきそうな顔をしているぞ」
「ヴィルシャは拗ねているのですよ。カオス様が自分以外の女性にも可愛いと言われたので」
「プ、プリグルゥ様っ!? わたしは拗ねてなど……っ! っておい、エルリード! なんだその顔は! バカにしているのか!?」
にやにやと意地悪く笑うエルリード。
その傍らではプリグルゥが「ふふふ」と上品に笑っている。2人とも慌てるヴィルシャの姿が面白くて仕方ないようだ。
「まったくうい奴ではないか。いいだろう、ヴィルシャよ。今夜、俺様の寝室に来い。そのわだかまりをすべて解消させてやろう」
「誰が行くかっ」
顔面を真っ赤にしながら叫ぶヴィルシャ。
これ以上からかうと本気で拗ねかねない。
そうしてヴィルシャ弄りをほどほどに切り上げたとき、ふとリエラのことが気にかかった。いましがたの騒がしい一幕をまるで観察するように真剣な目で見ていたのだ。
「どうした、リエラよ。なにか思うことがあったのか?」
「いえ、その……想像していなかった光景に少し戸惑っています。もっと殺伐とした雰囲気なのかと思っていたので」
魔界のことを言っているのだろう。
人間からしてみれば敵対する相手の世界だ。
悪い印象を抱くのも無理はない。
だが、ヴィルシャは気に食わないとばかりにまなじりを吊り上げた。
「魔界からしてみれば、お前たち人間世界のほうがよっぽど醜く見えるがな。それこそなにもしていなかった迷宮を、ただ己が欲を満たすために襲うぐらい獰猛な奴らがはびこっている世界のようにな」
人間の多くは魔人から戦いを仕掛けたと思っている者が多い。だが、実際は人間が最初に仕掛けた争いだ。魔人がこれまで地上を襲わなかったことからも、少し考えればわかることだが……。
魔人は悪だと言い聞かせられて育ってきたことから、正確な判断を狂わされていたのだろう。そんな中、リエラは人間側から仕掛けた争いであることを理解しているようだった。なにも言い返さず、ただヴィルシャからの怒りを無言で受け止めている。
「この空気を知っていれば、もっと多くの人がカオス様に従っていたのでしょうか」
「それはどうだろうな。敵対する相手を信用することなどそう簡単にはできん。殺されるかもしれんと考えるのが普通だ。ま、たしかなことはお前がいなければ1人も従わなかっただろうということだ」
少しでも人間を魔界に連れられたことを喜んでいるのか。あるいは嘆いているのか。リエラの表情は後者に思えるが、実際のところはもっと複雑なのだろう。
「何度でも言うが、わたしはお前を認めていない。もし少しでも裏切るような真似をしてみろ。そのときはわたしがお前を斬る」
ヴィルシャが刃のごとく鋭い目ととももにそう告げた。
その強い覚悟と意志をリエラも真っ向から受け止めているようだった。ただ、なにか疑問を抱いたのか、軽く首を傾げながら話しはじめる。
「その、真剣な顔で仰られているところ申し訳ないのですが、わたくしを斬ってもまた復活すると思うのですが。カオス様と契約しているので」
あまりに真面目な顔と声だったこともあり、一瞬だけ場がしんとした。沈黙を破ったのはエルリードの「ぷっ」と噴き出したような笑いだ。まるで連動するようにヴィルシャの顔が一気に赤らむ。
「そ、そんなことは知っている! ただ、痛みを与えてやると言っているだけだ!」
「先ほども言いましたが、そもそもあなたではわたくしに勝てないと思います」
「ぐっ……やはりこいつはここで始末してやるっ」
逆上しがちなヴィルシャに、少し空気を読めない天然なところがあるリエラ。相性が良いのか悪いのか。たしかなことは周囲の笑いが絶えないことと、ほんの少し殺伐とした空気になることがあるぐらいだ。
「カオス様。ご歓談中、失礼しやす」
突然、グウェルが執務室に姿を現した。
外ならともかく断りもなく室内に転移してきた。
つまり、それだけ緊急の用件ということだ。
「なにがあった?」
「ルヴィエント王国軍が【ヴィフェレス第一迷宮】に向けて進軍中との情報を得ました。数はおよそ1万。さらに増援が向かっているとの情報もあります」
「ほう、なかなか動きが早いな」
「また南方の国境沿いにて、グラーシュダリア軍に動きありとのことです」
「面白いことになってきたではないか」
最近のルヴィエント王国軍は派手な動きを見せていた。さすがにグラーシュダリア王国もその動きを掴んでいるだろう。神聖都市ヴィフェレスが落ちたことも知っているかもしれない。いずれにせよ、敵対する勢力同士がぶつかる事態は充分に考えられる。
「これはさすがに魔物だけで対処するのは難しいかもしれんな。エルリードよ、準備はどうだ?」
「と~ぜん出来てるに決まってるわ。今回もまたたくさん愉しませてもらおうかしら……! くひひっ」
下品に舌なめずりをして笑うエルリード。
いまから楽しみで仕方ないといった様子だ。
「リエラよ、相手はお前と同じ人間だ。いけるか?」
「わたくしはもう、あなたを生かすためだけに戦う、と。そう決めています。ですから心配はありません」
自分がなによりも可愛いリエラのことだ。
言葉通り己が生のため、存分に働いてくれるだろう。
「ヴィルシャよ、お前はどうだ」
「バカげた質問だ。人間を斬る準備ならとっくにしている」
その赤い瞳はすでに血を前にしたかのように滾っている。彼女の言う通り愚問だったようだ。もはやなにも言う必要はない。
「プリグルゥよ。留守を頼む」
「はいっ。どうかお気をつけて……!」
揺れる瞳と組み合わせた小さな手。心底身を案じてくれていることが伝わってくるそれも初めは少しむず痒かったが、いまや心地いいとさえ感じるようになった。
慣れとは怖いものだ。
カオスはふっと笑みをこぼしつつ、いま一度配下を見回した。
いずれも一癖どころか二癖もある者たちだ。
全員が素直に信頼してくれているとは言い難い。
だが、それでも彼女らを重用する気は変わらなかった。
可愛いと思っているだけではない。
本能的に感じているからだ。
彼女たちと一緒ならば必ずや魔界復興を果たせる、と。
「では行くぞ、お前たち。今回もまた人間たちに思い知らせてやろうではないか。その不滅なる身が儚き幻想であるということをな……!」
これにて一区切りとなります。
かなり攻めた内容だったと思うのですが、予想以上に離脱率が低くて驚いていました。ここまで読んでくださって本当に感謝の気持ちしかありません。
続きに関しては少し様子を見させてください。
個人的にも気に入っている作品ですが、この先を書くとなると、かなりの長期連載になるうえ構想的にも練り切れていないので、気軽に踏み込めないというのが正直なところです。書きだしたら最後まで絶対に持っていく性分なので余計に……。
いずれにせよ、すぐに再開は難しいことと期待させるだけになるのも申し訳ないので完結設定とさせて頂いております。ご理解いただけますと幸いです。
改めて、ここまで読んで頂きありがとうございました!
ブックマークや評価、感想等も執筆の励みとなっておりました。
本当にありがとうございます!
それから以前に投稿していた作品の連載を再開しています。まだ本1冊分の文量しかなく、すぐに追いつけると思いますので、よければ読んでやってください。
タイトル『俺の召喚獣はとっても可愛い小人さん!』
URL【https://ncode.syosetu.com/n7786fy/】
よろしくお願いします……!




