◆第八話『ヴィフェレス防衛会議』
「遅くなりました」
リエラはクフィを伴ってヴィフェレント城の会議室に入った。
席には、すでに10人ほどの男たちが座っていた。
中には軍人ではなく貴族も2人ほど混ざっている。
「ふんっ、ようやくですか。すぐに始めるので適当な場所に座っていただけますかな」
傲岸な態度で迎えてきたのはギハルド・ベイオーンだ。
意地の悪さは元から滲み出ていたが、ついには隠すこともしなくなったらしい。
おそらく心境の変化というより、こちらの立場が弱くなったことが理由だろう。現状の立場に関しては、ほかの参加者から向けられた侮蔑や嘲笑するような目が物語っている。
クフィがいまにもベイオーンに抗議せんとしていたが、リエラは「クフィ」と制するように声をかけて諌めた。そんなやり取りを見てか、ベイオーンが楽し気に口元を歪めている。
思うところはあるが、ここで事を荒げるのは彼の思うツボだ。リエラは言われるがまま空いた席についた。ついてきたクフィは背後に控える格好だ。
「さて、貴公らに集まってもらったのは魔人の対処について話すためです」
ベイオーンが席を立ち、早々に話を切り出した。
彼には指揮官席があてがわれ、進行役も任されている。神聖都市ヴィフェレスの防衛部隊にも所属していなかった第3爆突連兵の隊長がいきなり抜擢されるなんてことは、本来はありえないことだ。
上層部の介入があったとみて間違いないだろう。となれば、クアルデン陥落の失態を負ったにもかかわらず謹慎という軽い処罰で済んだあの件が材料となった可能性は高い。
「ここ最近、奴らの動きが活発化してきたことはご存じだと思いますが、なにより注目すべき点は奴ら魔族が迷宮の外に出て都市を襲うようになったことでしょう」
ほかの参加者が険しい顔で息を呑んだ。
ベイオーンは自身の言葉で場の空気が左右されることに優越感でも覚えたのか、得意気に話を継いでいく。
「落とされた都市はクイラン、クアルデンの2つ。ほかにも襲われた村や町は少なくありません」
「……なんと嘆かわしいことか」
「我々はただ平和に暮らしているだけなのに……」
「やはり魔族ほど野蛮なものはいないということか」
現状を深刻に受け止めるほかの参加者たち。
信じられないとばかりに首を振ったり、救いを求めるように祈りを捧げたりと多様な反応を見せている。ただ、誰もが表面的な薄っぺらい感情しか見せていないように感じた。
なにより異様に感じたのは〝人間側が先に迷宮へと攻め込んだ〟という事実を忘れている点だ。以前まではなんとも思わなかったが、不思議と彼らの都合のよさが不快に思えて仕方なかった。
「やはり最大の難点は、敵がどこから攻めてくるかわからないといった点ですか……」
1人の参加者が難しい顔をしながら問題点を挙げる。
と、その言葉を待っていたとばかりにベイオーンがにやりと笑った。
「たしかに奴らはそのような姑息な手を使ってきます。ですが、ご安心ください。奴らが次に迷宮を造る場所については目星がついています」
「おお、それはどこに!?」
食い気味の問いかけに、ベイオーンがにやりと笑った。
席の中央に広げられた地図の、ある地点を指差しながら「ここです」と口にする。そこは、いまも我々がいる──。
「ルヴィエント……!? なぜここだと」
「簡単な話ですよ。奴らが我々人間と戦うにあたってもっとも脅威としているのは不滅の力です。そしてこれは《聖石》や《聖片》によってもたらされる。ならば、この2つを狙いにくることは間違いありません」
ベイオーンが断定的かつ強い言葉で話を続ける。
「そして奴らの進路はわかりやすくここ神聖都市ヴィフェレスを目指しています。孤立しないよう一定の間隔で迷宮を生成。慎重にヴィフェレスまで詰めてきている。どうやら魔人にも頭を使うことはできたらしい」
揶揄に乗っかって嘲笑する参加者たち。
ベイオーンの自信満々な口調がほかの参加者たちにも余裕をもたらしているようだ。良くも悪くも指揮官である彼の思い通りに進んでいるといったところだろう。
「このことに関しては上も認知し、対処してくれています。周辺都市から約7000の兵。さらに王宮魔術師が20人。今朝方到着し、すでに配置済みです」
「なんと、王宮魔術師が! それは心強い!」
王宮魔術師は、魔術師の中でもとくに優れた者しかなれない。高位の魔法を操り、その戦力は100人の兵に匹敵すると言われている。
ベイオーンが地図上のヴィフェレス外壁を指先でなぞりはじめる。
「敵はどこから来るかわからないため、外壁の4箇所に兵を均等に配置。現れた迷宮側へと即時に移動し、対応。そして敵の侵攻を食い止めたのち……今度はこちらから迷宮へと攻め込み、赤角を討ちます」
これ以上の策はないとばかりに言い切るベイオーン。
たしかにヴィフェレスの守備隊に増援部隊も加えれば相当な戦力だ。突破される未来は見えない。だが、場には不穏な空気が流れはじめていた。参加者の1人が、その〝要因〟を口にする。
「しかし、その赤角はこれまでの魔人とは違ってとても手強いと聞いていますが……」
「ただの噂ですよ。あの赤角自体は大したことがありません。知性の欠片もないただの下品な魔人です」
「なるほど、典型的な魔人ですな」
「とはいえ奴が生み出す魔物は少しばかり厄介ですから警戒する必要はあるでしょう。そして側近と思しき魔人2体も」
概ね同意見だ。
ただ、あの赤角が実際に戦った姿を見ていないため、弱いと決めつけるのは早計だ。あれほどの魔人と魔物を従える存在だ。なにか特別な力があるとして警戒すべきだろう。
「いずれにせよ、それらに関してはなんの問題もないでしょう。なにしろ我々には〝信頼できる最強の守護者〟がついているのですから」
ひどく皮肉染みた言葉だった。
今回は静観を貫こうと思っていたが、どうやらそれを許すつもりはないらしい。ベイオーンが醜悪な笑みを向けてくる。
「名誉を挽回するいい機会でしょう? リィンズ殿」
「──ッ! 誰のせいでっ」
我慢できずに声をもらしてしまうクフィ。
待っていたとばかりにベイオーンが大げさに嘆きはじめる。
「わたしは痛い思いをしてまで帰還し、クアルデンを──いや、大切な民を守ろうとしたのですがね。まさかそのように言われるとは」
この件に関してはこちら側のほうが立場が悪い。
ほかの参加者も後追いこそしてこないものの、批難する目を向けてきている。
「部下が失礼しました。どうかお許しください」
「そんな、リエラ様が謝罪する必要は──」
「クフィ」
名前を呼んで諌めたところで、ようやく口を噤んでくれた。相変わらず納得はしていないようだったが、形だけでも頭を下げて謝罪する。
「わかって頂ければいいのですよ」
ベイオーンが寛大な対応を見せた。
取り乱したこちらとは対照的な姿だ。
本来であれば屈辱的な状況と言えるだろう。
ただ、いまはそんなことなどどうでもよかった。
迷宮攻略に失敗して以来、頭の中に張りついて消えないカオスの余裕に満ちた笑み。あれをどうにかしたい気持ちで一杯だった。そしておそらくそれを消し去るには、もっとも単純な方法しかない。
「わかりました。それら魔人の対応はわたくしにお任せください」
押しつけられる恰好になったが、個人的には願ってもない状況だった。
カオスを倒しさえすれば、この胸中の靄もきっと晴れるはずだ。
そう思いながら、リエラは人知れず拳を作った。
──瞬間。
とてつもない轟音とともに建物が揺れた。
さらに1度で終わることなく、不規則かつ短い間隔でそれは襲ってきた。
「な、なんだこれは!?」
「何事だ! いったいなにが起こっている!?」
「失礼します!」
会議の参加者たちが混乱する中、1人の兵が駆け込んできた。いきなりの入室に緊急性の高さが窺い知れたが……それ以上に兵の必死な顔が事態の深刻さを物語っていた。
「きょ、巨人が! 都市を囲む形で現れましたッ!」




