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◆第五話『刻印契約①』

「──誓うわ」

「うむ、いいだろう」


 翌日。

 魔王城、謁見の間にて。

 カオスはエルリードと刻印契約を結んでいる真っ最中だった。


 立会人はプリグルゥのみ。

 おかげで図らずも静謐な空間となっている。


「それでどこに刻むか決めたか?」


 カオスは続けてエルリードに問いかけた。


 刻印契約は、その名の通り印を刻むことで成立する。印の場所は契約者側の希望によるが、基本的には心臓や腹の周辺に刻むことになる。魂の在処とされるだけでなく、取り込んだ魔素を魔力に変換する場所という理由からだ。


「か、考えたけど……やっぱりここにお願いするわ」


 エルリードがわずかに照れながら右手を胸元に置いた。控えめな胸ながら、ドレスで少し締め上げられたことでしかと谷間が生まれている。


「ふむ、まあ定番の場所だな」

「いい? いくらカオス様でも胸に触るのは許さないから」

「手元が狂っても触れるほど大きくない胸だ。その心配はない」

「ねえ、ちょっと聞き捨てならないんだけど。よく見てよ。少しはあるでしょ。大体、あたしよりちっちゃい女だっているんだから」


 そう口にするエルリードの視線は一点に向いていた。誘われるように視線の先を追った先、そこに立っていたのはプリグルゥだ。彼女ははっとなったのち、慌てて自身の胸を両手で覆い隠しはじめる。


「わ、わたしはまだ成長中ですっ」

「あたしにもそんなことを言ってる時期があったわ」

「うぅ……」


 プリグルゥが小声で「立ち合いに来ただけでどうしてこんな目に……」と嘆いていた。


「ふん、胸の大きさなどどうでもいいことを気にする必要はない。重要なのは女についているかどうかだ」

「つまり、あたしの胸でも問題ないってこと?」

「当然だ。それともなんだ、お前の股間にはついているのか? アレが」

「いやついてないけど。でも、そうなんだ……ふーん、へぇ~」

「ほれ、無駄話はほどほどにして契約を進めるぞ」

「はーいっ!」


 エルリードが一転してご機嫌になっていた。

 先ほどよりも胸を張ってくれたおかげでこちらとしても印を刻みやすい。


 カオスは人差し指の爪で自らの左腕を軽く切った。

 流れた血をそのまま指先に付着させ、エルリードの胸元へと持っていく。


「少し痛むぞ」


 そう忠告したのち、爪の先を押し込んだ。

 わずかにエルリードが苦痛に顔を歪めたが、構わずに肌をなぞっていく。


 刻むのは炎の紋様。うねる三本の線をもとに描くそれは混沌を意味するものであり、カオス・ゲートの家紋でもある。


 やがて印を刻み終えた、瞬間。互いの血が混ざりあい、まるで炎を表すかのように強く発光した。やがて肉が焼かれたようにジュウと音を鳴らすと、光が消失。紋様はエルリードの肌に黒く染まった状態でしかと刻まれた。


「これで契約は結ばれた」

「え、もう終わったの? なんだかあっさりして──」


 エルリードが拍子抜けとばかりにそう発言したときだった。どくん、と彼女の心臓が大きな鼓動を響かせた。さらに体からは紫色の燐光が溢れはじめる。


「なにこれ……いきなり体が熱くなって……」

「鎖を出してみろ。扱える魔力量が増えたことでなんらかの強化がされているはずだ」


 言われるがまま、エルリードが鎖を出現させた。

 途端、彼女は「うわっ」と驚愕の声をもらす。


「8本まで出せるようになってる! それに……なにこれ?」

「鎖から紫色の靄が出ていますね」


 プリグルゥが興味深そうに言った。

 カオスは試しに紫色の靄を指先に当ててみる。


「毒だな」


 軽いしびれを感じた。

 一瞬ならそれほど支障はなさそうだ。

 ただ、長くさらされれば体に悪影響を及ぼすのは間違いない。


「へぇ、面白そう。じゃあ、締め上げるだけじゃなくて毒で内側からじわじわ苦しめることができるのね……くひひ」


 早速、新たな力を行使した場面を想像したのか。

 エルリードが恍惚の笑みを浮かべて涎を垂らしている。


 そんな彼女の髪を見ながら、カオスはうずうずしていた。


 ──その髪型にぴったりの能力だ。


 そう言いたくて仕方なかった。ただ、言ってしまえば当分の間拗ねて戦力として使い物にならなくなる可能性大だ。ゆえに魔界復興のためにも、いまだけは悪戯心を封印することにした。


「しかし、あっさりと受けたが……本当に刻印契約の意味を理解しているのか? 俺様が主の権限を行使すれば、いかなる命令でもお前の尊厳と意志を破壊し実行させることができるのだぞ?」

「そんなのわかってるわよ。っていうか元々カオス様のもとで頑張るって約束だったでしょ。だったら刻印契約を結んでも一緒じゃない」


 やはり軽い。

 信頼しくれているともとれるが……。


 その信頼も出会って間もなく、そこまで醸成されているとも言い難い。こちらとしては忠実な臣下が増えただけなので得しかないが、なんとも居心地が悪い。


「大丈夫です、カオス様。エルリードさんはちゃんと承知の上だと思いますよ」


 言って、プリグルゥが微笑を向けてきた。

 なにを根拠にしているのかはわからない。

 ただ、少なくとも当のエルリードはその答えに満足しているようだ。


「さっすがプリちゃん。元魔王で同じ女だけあってよくわかってるわね」

「プ、プリちゃん……?」

「あなたのことよ。プリグルゥだと長いから、プリちゃん」


 勝手に考案した略称で押し切ろうとするエルリード。

 プリグルゥはというと、あまり気に入らなかったらしく困った顔をしていた。


「あの、とても申し上げにくいのですが、わたしの愛称はルゥで、可能であればそちらで呼んで頂けると──」

「えぇ、プリちゃんのほうが可愛いじゃない」

「そ、そうでしょうか……」

「絶対そうよっ」


 エルリードの無駄に凄い圧を前に、プリグルゥが苦笑しつつも最後には受け入れたようだった。滅亡寸前の魔界を委ねられたりと、思いのほかプリグルゥは苦労性なのかもしれない。


 そんなことを思いながら、彼女らの押し問答を見守っていたときだった。カツンと足音が響いた。出所は謁見の間の入口だ。カオスは口元の端を吊り上げる。


「来たか」



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