◆第三話『ミーレスの矜持①』
魔王城1階の東端。
カオスはプリグルゥを伴って廊下を歩いていた。
左右には幾つもの扉が等間隔でずらりと並んでいる。
どれもがミーレス専用の部屋らしい。とはいえ、つい先日まで滅亡寸前だった状況だ。ひと気はほとんどなく、廃屋のような空気感が漂っている。
「……そういえばここに来たのは初めてだな」
「主要な施設もないうえに女性の部屋ばかり集まっていますから。昔から男の方が近づきにくい空気はあったようですし、無理もありません」
「俺様は女ばかりだからと気にすることはないが」
「そ、そこは気にされたほうがいいかな、と……」
そんな会話を交わしているうち、目的の場所に辿りついた。
プリグルゥがある部屋の前で足を止め、振り返る。
「ここがヴィルシャの部屋です」
言うや、彼女はいま一度扉に向かった。
こんこんと扉を小突いたのち、中に向かって優しく話しかける。
「ヴィルシャ、わたしです。少しお話しできませんか?」
「…………申し訳ございません」
断りの理由もない簡素な返事だった。
声音からも憔悴しきった様子が窺える。
これは想像以上に落ち込んでいるようだ。
プリグルゥがしゅんとした様子で振り返る。
「今日もダメみたいです……」
「ふむ、お前相手にもこの対応とはよっぽどだな」
「やはりいまのヴィルシャには時間が必要なのかもしれません。また日を改めて話をしにきたほうが──えっ、あの、カオス様!? いったいなにを──」
カオスは扉の取っ手を握った。鍵がかかっているようで抵抗はあったが、強引に押し込んで粉砕。「入るぞ」と一言断ってから部屋の中に踏み込んだ。
中は灯をつけていないようで薄暗かった。
家具が少ないせいで部屋のあちこちに空間が有り余っている。無駄を嫌うヴィルシャらしいと言えばらしいが、なんとも面白味のない部屋だ。
「な……な、なにをして……っ!」
そんな部屋の主は寝台の上で唖然としていた。
彼女の身は肌がうっすらと見えるほど薄い寝衣に包まれている。その豊かな乳房も、引き締まった腰回りもはっきりと見える。
これまで戦闘用の姿しか見たことがなかったが……なんとも新鮮だ。下ろした髪も普段とは違ってどこか柔らかに感じられる。
「ん、扉を開けただけだが?」
「鍵をかけてただろう! そ、それを破壊して入ってくる奴がいるかっ」
「鍵をかけるお前が悪い」
どんな抗議をしても無駄だと悟ったか、ヴィルシャが押し黙った。ただ、怒りは消えていないようで思いきり片頬をぴくぴくと痙攣させている。
と、プリグルゥが遅れて部屋の中に顔を覗かせた。
恐る恐る入ってくると、ばつが悪そうな顔で話しはじめる。
「……ごめんなさい。ヴィルシャ。まさかこんなことになるなんて……」
「い、いえ、プリグルゥ様はなにも悪くありません! 悪いのはすべてこいつで──」
唐突にヴィルシャがぴたりと動きを止めた。それからゆっくりと自分の体を見下ろしたかと思うや、慌てて近くの布を手繰り寄せて身を隠す。
ようやく自身の格好に気づいたようだ。
ヴィルシャが耳まで真っ赤に染めながら思いきり睨んでくる。
「わ、忘れろ……ッ!」
「無理だ。あいにくと俺様は記憶力も天才的だと自負している。なんならいまからドゥーブたちに正確な情報を伝え、貴様の寝衣姿を忠実に再現させた彫像を造らせても──」
「勝手にわたしの体を再現するな! バカなのか貴様はっ!」
ほんの冗談のつもりだったが……。
本当に実行すると思われたらしく、本気の抗議をされてしまった。まったくもって心外だが、ふざけた甲斐あって収穫はあった。
カオスはふっと笑みをこぼし、ヴィルシャをまじまじと見る。
「思ったより元気そうではないか。扉越しに聞いた声があまりに情けなかったのでもっと死にかけているものと思ったぞ」
「帰れ」
「連れない奴だ。魔王である俺様が直々に話をしにきたのだぞ? もっとありがたがるところだろう」
「貴様と話すことなんてなにもない。帰れ」
普段の姿に戻そうとしてからかったが、少々度が過ぎてしまったらしい。ついには布に包まったまま背を向けてしまった。
どうしたものかと次なる手を考えていたところ、プリグルゥが1歩前へ出た。その小さな両手を合わせ、胸の前でぎゅっと握る。
「落ちつくまで無理をして話すべきではない、と考えていました。でも、こうしてあなたとまたお話しをして改めて思いました。わたしには……ヴィルシャ、あなたが必要だと」
「……プリグルゥ様」
「どうかまた外に出て、元気な姿を見せてくれませんか?」
気持ちを込めた声で訴えかけるプリグルゥ。
きっとその想いは充分に伝わったはずだ
そう思っていたが、ヴィルシャが振り返ることはなった。
苦し気に体を震わしながら、押し出すように言葉を返してくる。
「わたしにはもう……あなたのそばに立つ資格はありません」
「そんなことは──」
「負けたのです! それも完膚なきまでに!」
ヴィルシャの感情的な声が室内に響き渡った。
大きな声を出して少し冷静になれたようだ。
それから彼女は落ちついた様子で話しはじめた。
「ミーレスは魔界が誇る戦闘集団です。そしてわたしは、そのミーレス唯一の生き残り。武力における最後の砦であり、魔界復興のため、もはや人間に負けることは許されません。なのに、わたしはあのような……っ」
ヴィルシャが部屋に閉じこもった理由に関しては予想通りだ。想定外なのは、その責任感の強さだ。真面目な奴だとは思っていたが、まさかここまでとは。
こういった者に下手な励ましは逆効果だ。
カオスは息を吐いたのち、淡々と事実を突きつける。
「たしかにお前のぼろ負けだったな。手も足も出ないどころか、傷1つ負わせることもできなかった。相手が本気を出した際には近づくことすらできなかったな」
「カオス様、そのような言い方はあんまりではっ」
怒ったように眉を吊り上げ、必死に抗議をしてくるプリグルゥ。まったくもって迫力はないが、その気持ちは充分に伝わった。任せろとばかりに、その頭にぽんと手を置いて制止しつつ、カオスは話を続ける。
「だが、一時の敗北のなにが悪い。そもそもお前の役割はなんだ? その先にもっと大きな目的があるだろう。そう、魔界復興だ。であるならば、その身が果てるまで役割をまっとうすべきではないのか」
「そんなこと、わたしだって──っ」
ようやく振り返って、その切れ長の目で睨んできた。
ヴィルシャは自身の役割を理解している。
ただ、純粋な戦士としての矜持が上手く心の整理をさせてくれないのだろう。
不器用だ。
このうえなく不器用な魔人だ。
彼女のことをそう認識した途端──。
カオスは胸が高鳴った。
腹の底から噴火でもするようにある欲求が湧き上がってくる。気づけば寝台のそばまで歩み、ヴィルシャの頭を抱き寄せていた。
「なっ!? なにを……!?」




