22.残酷な選択の先に
本編「残酷な選択の先に」の別視点です。
彼女の問いに答えられる人物はいない。加藤の瞳には薄い涙の膜がゆらゆらと揺れている。
「なぁ、ならせめて酒門があたしのこと、消してよ。」
「……ッ、それならオレが!」
「アンタは、結局、あたしらのこと救えなかったろうが!」
酒門を庇うように言葉を発した梶谷に辛辣な一言がぶつけられた。梶谷は、その一言で固まってしまう。
ああ、今の彼にとっては心臓を突き刺すような一言だろうに。
「なぁ、酒門は、あたしらが消えても、きっとどうにかしてくれんだろ?」
「……するに決まってる。」
「ならやっぱりあたしは、アンタに消してほしい。」
このまま酒門に背負わせていいのか。
ここまでなりふり構わず行動できる彼女に任せていいのか。
だから、その心労も、久我を最後に救った罪悪感も、風磨や加藤を追い詰めるきっかけを作った苦しみも、全てが彼女にのしかかっており、背負っているんだろう。
ただ、オレに加藤を救うことはできない。
彼女と信頼関係を築いていないからだ。
「分かった、ログインルームに行こう。」
「……ありがとな。」
「こっちこそ、ありがとう。何もできなくて、ごめん。」
酒門の謝罪にゆるゆると彼女は首を横に振った。
しかし、酒門はログインルームの機器に触れながらも、何も話さず緩慢に操作していた。
「……あの、加藤さん。」
「あ? そういや、悪かったな。矢代も、矢代の遺言も聞いていただろう香坂も消しちまってよ。」
「……いえ、その、」
武島は意外にも加藤を糾弾することは無かった。その様子に木下も須賀も疑問に思ったのか、彼女の顔色を伺っていた。
「矢代さんは、退場する前に何か言ってましたか。」
「さぁな。」
「……そうですか。」
彼女は部屋に背を向けて出て行く。
「武島さん!」
「放っておいてください!」
武島は足早にログインルームから出ていく。唯一声をかけたのは須賀だけだ。
彼は躊躇いながらも他の面子を見る。意外にも背中を押したのは千葉だった。
「行けばいいだろ。先輩だしよ。」
「……すまん。」
それが自信になったのか、はたまた体のいい理由となったのか、彼は一定の距離を保ちながらも武島の背を追った。
「準備、できたよ。」
「おう、じゃあ、頼む。」
そのように言う加藤の目からははらはらと涙が溢れている。その様子が痛ましくて仕方ない。
こんな時だったら風磨はどう声をかけるだろう。
覚悟を決めた酒門が、振り返ることなくボタンを操作しようとしたその時だった。
「……ごめんっ、麻結ちゃん!」
「え」
酒門を押しのけてボタンを押したのは、本山だった。
消える最後、加藤は小さく笑った気がした。
「なんで、アンタ……。」
「美波ちゃん、貴女はもう、独りで背負わなくていいんだよ! 真実も、残酷な選択も! 私たち、仲間でしょ?」
本山の言葉に酒門の強い意志を持った瞳が揺らぐ。
しかし、彼女は首を大きく横に振ると、肩を揺する本山の腕を緩やかに解き、部屋の出入り口の方を向く。
何で独りになろうとするんだ。
「……知りたいこと、梶谷と千葉は多少なら知ってるから。全部は話せない。」
「それは酒門が裏切り者って可能性を示唆することにもなるけど、いいの?」
逃げようとする彼女にオレは残酷な可能性を告げる。
オレだって犠牲にした人たちを救うためになりふり構ってられない。それにこの場で酒門にその可能性を告げられるのはオレだけだろう。
だが、彼女は冷酷に述べるばかりだ。
「みんながそう思いたいならそう思えばいい。私は私のやるべきことをやる。」
彼女は振り返ることなく、千葉に小さく耳打ちをすると、部屋を去って行った。当の千葉はというと、表情を曇らせて頷くのみだ。
「……全部、知ってることはオレの方から話す。それと、みんなに見てもらいたい場所があるんだ。いいよな、梶谷?」
千葉が尋ねると、梶谷は素直に首を縦に振った。
その時、去っていく彼女は今までに見たことがないほど小さな背中をしていた。
千葉の口から語られたのは、久我が以前ゲームに参加した人と関係があり前回ゲームの様相を知っていたこと、2人が誘拐されてきたことから早期に今回のゲームに違和感を抱いていたこと、そして前回のゲームの内容であった。
今までの発言を省みると特に驚くべきことでもない。オレは勝手に納得していた。
「で、納得はしたけど何でここ?」
「ここって1つ目の世界の……。」
そう、5人が来たのは寿と久我が揉めた現場だ。
「いや、そっちじゃなくてだな。実はこの壁にーーー。」
千葉が壁に触れた瞬間だった。
何してんだ千葉は?
その変化にいち早く気づいたらしい梶谷も慌てて壁に触れる。梶谷も何してるんだ?
「……何で、」
「そこに何があったのですか?」
木下の質問に梶谷がぽつぽつと答える。
「ここには、隠し部屋があって、大事なものが隠してあったんす。でも、出入り口が、無いんすよ。」
「……それは確かにあったもの?」
「ああ、オレも入ったから間違いねーよ。」
千葉が必死に肯定する。
「これも、【スズキ】さんの罠……?」
本山の言葉に、その場は沈黙が広がる。
果たしてこれは本当に【スズキ】の罠なのか。オレは素直にそう思うことはできず、ただ口を閉ざすことしかできなかった。
『本部より通達! 被害者と思われる梶谷修輔より掲示板宛に連絡あり! サイバー対策課に至急応援求む!』
耳に当てたイヤホンから聞こえる緊急招集の声をスルーして、僕はとある会議室にいた。
犯人の手腕は見事であったが、厄介な人間を巻き込み過ぎたあたり、浅はかだと僕は思っていた。しかし、彼女の理想を組み立てるには生半可な選定はできないのだろう、つくづくプライドだけ高い犯人であるようだ。
「遅くなりました……!」
「本当だよ。遅すぎ。」
「応援頼まれて当日中に設備準備したんだから許してほしいかな……。」
約束していた女性が、綺麗な黒髪を揺らしながら会議室に駆け込んできた。久しぶりの再会に、大人びたのは見かけだけかと内心で毒づく。
必死な時の、僕が苦手だったあの瞳は変わらない。
「参加者の1人、梶谷クンから連絡がきたそうだよ。サーバーを特定次第、救出に向かう。脱出後プログラム改変後、ログインしていたのは僕ら3人だけなんだから、コンタクトする時には必要不可欠だよ。
もう少ししたら、彼女も来るしさっさと助けよう。」
変わらないね、と僕の顔を見た彼女は苦笑する。しかしすぐに表情は引き締まり、見慣れた思案顔に変貌した。
「……犯人は、分かってるんだよね?」
「一緒に勤めてた人の証言があるし、その犯人はあそこまでして自分の存在を消したんだ。だから、間違いない。」
僕が頷くと、一緒に彼女も頷いた。
もうあの悲劇を繰り返すわけにはいかない、確かに恵まれた何かを残したものであるが決して気軽に行うべきものではないのだ。
だから、僕たちはもう一度【箱庭ゲーム】を潰さなければならないのだ。




