21.解決編③
本編「解決編③」前後編の別視点です。
「遅くなったね。」
酒門はなぜか少し遅れてログインルームに入る。
アリバイが保証されなかったら絶対に許されない所業だ。梶谷が心配そうに駆け寄った。
「ちょっと、何してんすかアンタ! まさかとは思いますけど。」
「……とりあえず置いておいて。」
酒門らしからぬ誤魔化し方だ。
嫌な予感がしながらも、千葉がそれを切るかのように話題を振った。
「じゃあさっさと始めようぜ、つっても。」
「千葉さん、話し合いは無駄ですよ。矢代さんを【強制退場】させたのは、木下さんです!」
「根拠はあるんですか?」
木下は毅然とした態度で武島に向き合う。
「まずは、動機です。あなたは世界の主であり、明日消えることが決定していました。」
「でも、私には、アリバイがありますわ。」
「もしかして、本山さんと一緒にお昼寝していたことを言っていますか? そんなの無意味です。【アイテム使用歴】にあった睡眠導入剤、アレを寿さんの時みたいに本山さんと、矢代さんに盛った。
そして、自分の部屋から窓を使って脱出したんです。そうすればカフェテリアにいる酒門さん達に会わずに出られます。」
その武島の推理を聞いて木下は嘲笑するように笑う。そして舞台人のような、鋭い眼光で彼女を睨みつけた。
「バカおっしゃいな。仮に私が犯人として、なぜ香坂さんも【強制退場】させたのですか? 証拠も残りやすくなりますし、それに【荻さんの証言】が信じるならば、私は行動しませんわ。」
「証言……?」
「AIの【荻】が言ってたんすよ。矢代さんと高坂さんが組んで、矢代さんの自滅を狙ったって。」
「そんなわけっ、」
彼女は悲鳴のような反論を述べる。
ただ梶谷の言葉は事実なんだよな。
「でも否定はできなくない? 矢代がステージの暗幕に残した文字、遺言にも思うけど。」
「ッ、あの人が、そんなことするわけない!」
オレがそう言うと彼女は食いかかる。それに追い打ちをかけるのは先程まで責められていた木下だった。
「私は、武島さんが犯人と思いますわ。正しくは香坂さんが矢代さんを、武島さんが香坂さんを、ですが。」
「どうやったんだよ、それ。体格も違うだろ。」
「簡単ですわ。矢代さんを消した後の香坂さんに直接コードを読み込んでしまえば飲ませなくても睡眠導入剤は摂取可能です。
リフトを使えば香坂さんの背丈など問題ありません。それに彼女以外はその血塗れの2人を見ていませんよね? 2人が倒れているなんて、不自然な現場、信じられるものですか。なぜ、犯人は2人をあえて目撃させたのですか?」
「う、その違和感は……その、」
彼女はしどろもどろになりながら答えようとするが理由が浮かばないらしい。
だが、その流れを切ったのはいつものごとく酒門だった。
「熱戦を繰り広げているところ悪いんだけど、話を纏めたいんだよね。付き合ってもらっていい?」
「何かあるんだな?」
千葉の言葉に彼女は素直に頷く。
「まずは被害者2人の時系列順に並べるよ。彼女らは加藤が【荻】を訪ねた後、2人で矢代の【強制退場】の決意を語った。梶谷、ログの時間はどうだった?」
「えっと、確か19時ちょっとっすね。」
「加藤は19時過ぎてから私たちと合流していたから矛盾はない。その後、矢代は【ペンキ】を須賀と運んでいる。つまり【ペンキ】を準備したのは、矢代で間違いない。」
酒門の言葉に須賀が頷いた。
「そこから空白の時間があって、19時50分頃、武島が舞台の部屋に行ったのとほぼ同時に停電があった。」
停電に関しては、倉庫から無くなった物を考えれば容易に手段は浮かぶ。
「停電について、なんだけどさ。恐らく停電は【起爆剤】によるものだよね。ブレーカーは粉々になってたし。だからある意味で誰でもできる。何もない時にブレーカー見る人はいないだろうし、ましてや棟の奥だからね。」
「そうだなぁ、あんな場所逢い引きでしか行かねーよ。」
加藤はなぜわざわざ逢い引きを例えに出したんだろう。まぁ呼び出しするにはもってこいの場所だな。
「そこで、武島は倒れている2人を見た。この時点で、武島の悲鳴で反応がないあたり、2人は眠っていた。それから空白の時間の間に2人は消え、千葉たちはステージの部屋に来た。」
「酒門さんの言うとおりっすね。纏めると2人が何をしていたのかってこと以外にも疑問もすんなり出てきますね。」
梶谷は指を立てながら冷静に疑問を述べる。
「1つ目、なぜ停電を起こす必要があったのか、2つ目、睡眠導入剤は誰が使ったのか、3つ目、矢代さんの傷はいつついてペンキは何のために準備されたのか。」
「あー、私、睡眠導入剤については分かったかも。」
本山がおずおずと挙手する。何かと睡眠導入剤に縁のある人だな。
「睡眠導入剤を使用できる人、使用された人、はっきり言えないなら、候補には華ちゃんと香坂くんたちも含まれるんだよね。」
「そう、それにね、なぜ【荻】に2人が最後に話に行ったか、それが疑問だったんだよ。でも、今までの2人を思い出せば、想像はできる。」
梶谷が重々しく答えた。
「香坂さんは、明らかに荻を1番信頼してましたし、それに矢代さんは高濱さんたちの事件の時、すげーショックを受けてたし何より荻から影響を受けていた、ってことすよね?」
オレが言うのもなんだけど、2人は荻に対して後ろめたい気持ちがあったんだろうな。オレの知らない場所で関係は築かれているのだ。
「ペンキはね、矢代が残したメッセージが証拠だよ。彼女が、武島に何かを残したかったのかもしれないね。でも【手の外傷】は別、恐らく抵抗の跡。」
「抵抗って、香坂にかよ?」
「違うよ、犯人。」
酒門はあまりにもはっきりと言い切る。同じ情報を集めたはずなのによくもそんなすぐに答えが出るものだ。
素直に感心してしまう。
「犯人はまずブレーカーに【起爆剤】を設置した。これはいつでもできるね。それから、恐らく矢代が香坂に睡眠導入剤を使用、その後犯人が矢代ともみ合いながらも睡眠導入剤を矢代に使用、それで寝た状態でリフトに設置。ここで、石田が拾った【矢代の端末】が関わってくる。」
「何でお前さんらが矢代の端末持っている?!」
ちょっと待て。
何でそんなにマイペースに情報を明かしてしまうんだ。さっきの気持ちを180°転換し、オレは恨みがましく酒門を睨んだ。
「これは、オレと酒門が屋上まで非常電源をつけに行ったとき、裏庭で見つけたもの。」
「よく停電の中見つけたな!」
「まぁ目視で見つけたわけじゃなくて、音で見つけたからね。」
「どういうことですか?」
木下の疑問には酒門が答える。
「何かが割れた音がしたんだよ。それで石田さんが確認に行ったらそれが落ちていたわけ。」
「……音の正体は、」
武島が恐る恐る、といった様子で尋ねてくる。
「音の正体は、舞台部屋横の男子トイレから端末が投げ捨てられたときに窓が割れた音。」
「……開けて捨てりゃ気づかれなかったのかもしれないっすね?」
「あの男子トイレの窓、【立て付けが悪かった】からね。」
ただ状況を考えるとかなり力強く投げただろうな。
ただ、そこまで酒門の推理についていくことができているのは、オレと梶谷だけっぽい。他の参加者は置いてきぼりを食らっている気がする。何をそんなに焦っているのか。
ハッとしたように千葉が手を叩く。
「もしかして、停電の目的ってそれか!」
「どういうことだよぅ……。」
たじたじの様子らしい加藤が尋ねると千葉は納得したように頷き始める。やっと頭が回るようになってきたらしい。
「停電は、オレたちの動きを制限するためだろうけど、犯人が動きやすくするための手段だったんだろ? でもそれだと、うぅん。」
「それなら、千葉さんはアリバイを何人か、証明できますよね?」
「ああ、確実に須賀は横にいたぜ。あと武島はステージの横でずっとすすり泣いてたぜ。」
「でも、姿は見てないんですよね?」
食いつくように木下が言ってきたため、千葉は困惑していた。どうも木下は武島を犯人にしたいらしいな。
だが、酒門がそれを否定する。
「木下、武島は無理だよ。出入口には加藤がいるはずだし、もし武島が犯人としても共犯が必要になる。それこそ、その場にいなかった梶谷や廊下に出ていたアンタらだよね。」
「確かに、私たちは、千葉さんに止められて廊下にいましたが……。でも出て行っていないことを証明はできませんわ!」
「……どういうこと?」
その場で起きたことはオレ達にはわからない。
聞いてみると本山が証言した。
「それが、部屋に入った瞬間に須賀くんが血だ! なんて叫ぶから、菜摘ちゃんと私は散り散りに部屋から離れたんだよ。加藤さんは途中まで一緒だったけど、戻ってきたら入口にいたから、離れてないのかな?」
本山のその証言で明らかに加藤の表情が歪む。
信じられないが、今の証言やこれまでの情報を考えれば、犯人は加藤だ。
酒門も同じ結論に至ったらしく畳み掛けるように言葉を放った。
「さっき、千葉が言ったけど。
この停電は犯人が、端末を捨て、証拠隠滅を図るために作り出したもの。そしてブレーカーの破壊は、確実に冷静なメンバーを外に追い出せる手段。
そして、アンタなら【私らの部屋の窓を開けておくこともできる】し、アリバイをうまく利用して、端末の処理もできる。」
「……、でも、あたしが犯人なら説明できねーことなんてたくさんあるだろーが!」
「私は全部言い返してみせるよ。」
強い語気を保ちながらが酒門を追い詰める。思わぬ口撃を食らう彼女はしどろもどろであるが、どうやら酒門を敵として認識したらしい、加藤が睨み返す。
だが、ついに我慢しきれなくなったらしい梶谷が、酒門に疑問をぶつける。
「……酒門さん、アンタ何なんすか。らしくないし、それに情報ありすぎません?」
「はっきりと言わせてもらう。私は確信しているよ。」
何なんだ。調査の時から感じていたが、今回の彼女の気迫は今までのものと違う。
酒門が放った言葉が全てを語っていた。
「今回の犯人は絶対に追い詰める。だって、今回に限っては、【スズキ】が手を貸さなければ、成り立たないから。故意か利用されたか、いずれかは分からないけど今回のトリックの中に重要な情報があるはずなんだよ。」
ねぇ加藤? と酒門が冷たく放った。
冷汗をかく麻結はやっとの事で口を開く。
「お前がそう言っても謎は残ってんだろ! 確かにあたしは千葉とか武島よりは出入口側にいたし、お前のトリックは果たすことができる! でも、説明できねーこともたくさんあんだろ!」
「確かに、そもそも加藤には動機がないだろう!」
ごもっともな意見だ。
確かに今回の記憶の主は木下、そして加藤自身は香坂や矢代と深い仲ではないし、かといって揉め事を起こしたりするようなことはなかった。
「それに【強制退場】をぼんぼんと繰り返す意味も分からねぇ。それに、【睡眠導入剤】も、飲むならまだしもコードで読み込ませて使うパターン、って相当難しくねーか。」
「酒門さん、」
梶谷が尋ねると酒門はわざとらしく大きくため息をつく。だが、酒門は大きなカードを切った。
「ねぇ、アンタたちは前に行われたゲームのこと、知ってる?」
「……!」
「……は、」
千葉は目を大きく見開き、梶谷は息を漏らす。オレには何を言っているか分からなかった。
だが、加藤は真っ青だった。
場の空気を察するに誰も言葉を紡げないらしい。オレは嫌々口を開いた。
「オレが知っている……というか風磨から聞いたのは、一般的なものだけどとあるルームの参加者たちが【箱庭】の中で犯人のアバターと対峙して、ウイルスをスキャン、全てのルームを救ったって話だよね。」
「まぁ、その程度だよね。」
酒門は頷く。そして驚くべき言葉を放つのだ。
「でも、関係者なら、話は別だよね?」
は? 何を言うつもりなんだ?
おそらく情報を共有しているであろう、梶谷と千葉も言いあぐねているあたり、彼女の暴走なのかもしれない。
酒門は追い討ちをかけていく。
「私は前のゲームのことを知っている。だから、この事件はどうしたっておかしいんだよ。」
「……何が、違うの?」
本山が恐る恐るといった様子で尋ねた。
「まず、【矢代の端末】を見てほしい。」
オレは言われた通りに画面を開いた。
そうだ、彼女は退場させられた側なのになぜ実行済みになっているのか。疑問だった。
「【強制退場実施済み】、の文字だね。」
「なぜ矢代さんの端末に【強制退場実施済み】の文字が……?」
「確かゲームが始まる前から梶谷は【強制退場】の機能を知っていたよね? 制限時間については知ってる?」
「何分かは覚えてないけどあったはずですよ。」
「えっ?! それって……。」
そうか、本山の証言と矛盾するのだ。しかし、画面を見た限りタイムアウトについては言及されていなかった。
「【強制退場実行可能な時間には制限があるはず】、それが無いっていうのは明らかな【スズキ】の介入によるもの。」
「なら、やったのだって【スズキ】だろ!」
「それじゃ手の傷やペンキの説明がつかないんだよ!」
千葉の言葉に酒門が珍しく怒鳴り返す。渦中の人物は頭を抱えてへたり込んでしまっている。
「だって、あたし、何もしてない……。【荻】と話して、香坂や矢代、武島を気にかけてくれって言われて、あ、でも。」
彼女は顔を上げて、驚くべきことを口にするのだ。
「目眩が、して、気がついたら、あのステージの前に立ってて、知らない端末を持ってた。」
誰もが息を呑む。
それって。
「何が何だか、分からなくて。確かにあたしは酒門の言う通り、端末を捨てた。でも信じてくれよ! あたしはやってないんだ! そもそも端末だって、あたしには開けない!」
「……それは、なんとも言えないよ。矢代の番号は連番だし、記憶になくても無意識のうちに知ってたのかもしれない。本山の番号から連想して、ね。」
苦し紛れの言葉だけどその可能性はある。
だけど、可能性は低いだろう?
しかし、酒門は容赦なく続けた。
「なら、上着を脱いで袖をめくってよ。抵抗された痕も、ペンキの跡も、何もないはずだよね?」
ゆっくりと、彼女はジャージを下ろす。
腕には明らかに人の手で加えられた引っかき傷と、半袖の袖口に赤いペンキがある。
証言の限りでは、彼女はペンキに近づいていないはずだ。その事実は彼女も飲み込めたらしく、ふふ、と乾いた笑いを漏らす。
「わかんねぇよ……。だって、この世界で自滅したら、世界がぶっ壊れて、あたしらも無事じゃ、あれ?」
矢代と香坂は自滅しようとした。
何らかのトラブルがあり、矢代は香坂を眠らせ、武島に何かを残そうとした。それを停電に乗じて妨げたのは状況証拠から考えれば加藤だ。
しかし、それならば、動機となる【理由】を、自主的な【強制退場】が世界の崩壊に繋がることを教えたのは、彼女の精神を狂わせたのは誰なのか。
自明である。
「【スズキ】……! 全部、アンタが仕組んだんだ!」
酒門は苛立ちを壁にぶつけた。
そのまま彼女はモニタールームに足早に向かう。それを慌てて追うのは梶谷と千葉だ。
何をするつもりだ。オレと、その後ろから武島も追いかけた。酒門は手慣れた手つきでモニターを起動させる。
「【スズキ】、アンタは何が目的なんだ! 何の恨みも、動機もない加藤を使って、何がしたいんだ! アンタのゲームのせいで、何人がーーーーー。」
ブゥン、と音を立ててモニターが点く。
『貴女はもう少し利口だと思っていたんですがねぇ。』
冷たい、静かな声がモニタールームに響く。
『貴女のために再三申し上げますよ。余計なことをせず私のゲームに準じていればいい。梶谷さんと貴女は余計な動きばかりする。』
「準じるつもりはない、と言ったら?」
酒門が問うと、ふ、と【スズキ】は笑った。
『また新しいゲームをするだけです。何度も、何度も貴女たちは、ニューゲームに取り組むだけですよ。それにね、貴女達、そんなに呑気にしていていいのですか?』
うふふ、と不気味に笑う。
ああ、そうか。何より新しい世界に行かねばこのゲームは続けられない。つまりは加藤のこと。
「……あたし、消えなきゃだめ?」
その場にいた全員が、言葉を失う。
たとえ、操られていたといえど、動機がないといえど、無自覚に証拠をなくしたといえど、犯人は犯人であり、彼女はここで退場しなければ、オレ達は次に進めないのだ。




