第三十二話 正義と正義の対峙
「お前がやったのか? 竜にお前の魔力が漂ってる。デット」
「ああ、ご名答。おおよその強者は青紫に着色した魔力のせいで視認に慣れて、中には無色透明な魔力を感じ取れなくなる輩もいる。だから意図的に抑えて、隠密性に長けた無色透明な魔力にしたつもりだったが……」
「なにが言いたい?」
「単純明快だ、アオハラジンヤ。お前はまだ弱い。困るんだよ危機感持ってほしい。そんなんじゃ期待外れもいいとこだ」
現れて早々マウント取られたようにも思えたけど、最後の一言を回りくどく言いたかったらしい。面倒くさい。
それなのに、デットの言うことは鵜呑みにできない。自分が強いと思ったことはないし、弱い。ただ油断と幹部に勝ってるって自信が、あの獣の姿をした幹部に負けた原因のはず。加えて危機感は、なかった。
だから、強さの秘訣とやらでも言うべきヒントを、あの回りくどい台詞に散りばめたみたいだ。
レアスや獣の幹部だっていうヤツみんな、魔力に色があったから。
「あのさ、言い方が回りくどい」
「いやいや、そのままさ。いいか、アオハラジンヤ。俺の目的とやらを少しばかり話してやる。もう立場に関しちゃ察しってるだろうからな。こんな怪しげなローブを着る集団なんて、普通はいない」
どういう意図があってかはわからないけど、もしかしたら俺を捕らえようとする理由がわかるかもしれない。
そう思った俺は理解したことを述べて黙ることにした。
デットは俺の回答を得るや否や話し始めた。
「俺は……いや俺たちは、グロマだ。だが、求める理想像が少々違う。俺は階級を与えられてない。俺と同階級のヤツはいるが、階級が与えられたヤツは基本的にあのお方を《ボス》と呼ぶ。まるで神を崇める信者のようにな。幹部階級のヤツらの思考を例えるなら、串肉だ。あのお方を判断基準の軸……つまりは串として、肉にあたるのは私利私欲の至極。それも大半は殺しを求めている。皆、幸せだった境遇は惨劇によって破壊された。だからこの世界が、人間がグロマの滅ぼしたい対象。だが、階級のない俺らは違う。世界を滅ぼす程度で、あのお方の無念は晴らせない。俺たち階級の与えられていない者は、その無念を晴らす補佐をする。立場はこちらが上でそれが目的だ。そのために、アオハラジンヤ。お前を欲しているんだ。あのお方は」
レアスが言ってた。『破壊し、崩壊させる』って。あいつもデットの言う境遇を破壊されてこうなった、のかもしれない。
にしても、俺を欲する理由がよくわからない。ただ、レアスとの戦いでペンダントが剣に化けたときにレアスは興奮して「追い求めた力」なんて言ってた。
デットの話と統合すれば、追い求めた力っていうのは、このペンダントになのか。この異世界を滅ぼすための力があるのか。でも、これはこの世界のものじゃない。
元いた世界で父さんの、いや今は母さんの形見でもあるこのペンダントは、そんなはずがない。
俺は頑なに否定したかった。でも、よく思えばあの瞬間。レアスとの戦闘で死の瀬戸際に立たされた瞬間。
摩訶不思議な空間とともに母さんは現れた。あのとき、本能的なものもあるのか。信じることができた。自然と涙が溢れたんだ。温かった。自覚のない心に開いた穴が埋まっていくようで。
そして最後に、母さんは言った「《ラクハト》と強く言い聞かせて」って。それで、ペンダントは剣に化けた。
「なんなんだ……」
俺は首にぶら下がるペンダントを、服越しに握り締めてその存在を確かめた。
まだ胸元にある。なくなっていない。
このペンダントの正体がなんなのか、母さんの素性も、よく知らない。
でも、これは俺の母さんと父さんの形見であり、デットの話が事実だったらなら――
「なおさらじゃないか……渡せない……」
だが、その思いとは裏腹にデットは一言も発さず、ただニヤリと薄気味悪い笑みを浮かべて右の手の平をこちらに向けた。「渡せ」と言わんばかりに。
「顔が強張ってるな……少しは自覚を持ったか? まあ、自覚は早め早めのうちにあったほうがいい。隠し事はお互いなくしていこうぜぇ……神の眷属、アオハラジンヤ」
「そう言って……俺は今ものすっごく理不尽に感じるんだが? どこまで知ってんだ。俺の素性を。なにが『隠し事はお互いなくす』だ。俺はお前のこと知らないから一方的なんだ。それに、求める理想像が違うからって言うけど、あんたら階級がないっていう連中も、あるっていう連中もみんな同じだよ! おかげで優花も巻き込んじゃって……こんなの、お前たちと同じ被害者出してるだけじゃんか!」
「――黙れ」
その瞬間、デットの声に、たった二文字の言葉に、殺意が纏った。
その一言は語気強まり別人と対話しているようだった。
今ままで話にそぐわない穏やかな表情でつかみどころがなかったのに、「黙れ」の一言から一変。
威圧を放ってより感情的な表情になっていた。
「どうも聞き捨てならない。俺たちと同じ被害者を出しているのは確かだ。だが、人は結局自分がよければそれでいい。自己判断で正義の立場でいるとなれば、自身になんの疑いもなくその正義を振るう。確証もないのに、それは偽りの正義なのに。だから、俺は人が憎いんだ! 相手を思いやる感情論が欠如したこの世界に、なにがあるっていう? お前はまだ知らないだけだ。世間を、この世界を!」
デットの言葉を最後まで聞き、俺は密かに抱いていた疑問が霧が晴れるように解かれた。
中学のとき、母さんからある言葉を言われて、しばらくわからず、もやもやしてたんだ。
「ああ、そうさ。俺は未熟者。だけど、未熟者なりに将来を考えて生きる道を探してたし、今も探してる。この世界でも。それに、俺だって勘違いの正義を振るわれたことだってある。加害者でもないのに、根拠のない噂が独り歩きしたんだ。でも俺は、何度も自分を疑った。なにかしてないかって、俺は身勝手な正義を他人に振るってないかってさ。ひたすらに考えた」
「なにが言いたい!」
「相手は、自分を映し出す鏡なんだよ!」
「……っ!」
「俺はそう教えてもらった。母さんのようで母さんじゃない人に。でもそれは、母さんの言葉に変わりない。その当時は自分にとって難解だった。でも今、この瞬間で、お前を見てわかった。密かに俺は『もしかしたら……』って思った。結局その可能性は消えたけど、無自覚に人を傷つけるような行為をしていたと知った。もし、本当の親友にやっていたらと思うと……――」
元いた世界で、「鬼島空星」と名乗っていたソドラ。優花を好きだというのは演技だったと告げられ、その真意は明かしてもらえなかったけど。仮に空星が、グロマに加担していない元いた世界の人間だったら。俺の親友だったら。
いや、仮定がなくとも。俺は悪行をしていた。
片思いで告白できていなかった親友と、気持ちを知らないもう一人の親友。
二人でいる状態をより長くさせ、告白のチャンスを増やしてあげるべきだった。
好きだと俺は知っていたのにも関わらず、自分のことばかり優先して。あの二人の元へ向かった。
邪魔者は俺になる。そして、そんな邪魔者にどう思うだろか。少なくとも、好意なんて言葉は見つからないはずだ。
空星も自分勝手だったけど、俺も自分勝手だった。
俺は欠如していたその配慮を、悔い改める必要がある。
優花に一度、みんなに一度、確かめる。気持ちを。
過ちがあるなら今すぐにでも謝りたいくらいだ。
「だから……俺とお前は、互いにとって偽りの正義を振るう同類! でもそこで、気付いて自分を変えられるかどうか。もし、理解したうえでその偽りの正義を振るい続けるんだったら、俺とお前は微妙に違うことになる。俺は今、謝って悔い改め、今まで通りの関係をより発展させていきたい。そしてこれから、間違わないようにしていきたい。なんで今お前が俺の前に現れたのかは知らないが、俺は行かなきゃならない。港町チックに。守りたいと思える人の元へ――行かなきゃならない」
「……」
「邪魔、しないよな?」
「――無理な話だ。俺は、お前の力の成長を願っているだけで、人としての心の成長を願っているわけじゃないんだ。余計に反発して不都合だからな……。だから今ここで、お前のその構築された強い意思を早速へし折ってやる。ここは――
行かせはしない……」




