第三十一・五話 絶命
神剣は竜の背中を捉えて、身体の奥深くへと切っ先が食い込んでいき、その瞬間に爆発、と同時に爆風も発生。
肉片が周囲に飛散して、一部は俺の顔にこびり付いた。
発動者である俺に影響力はなく、特異能力を発動してすぐ、もう一方の手に持つ極神剣を同箇所に振り下ろした。
二本とも肉に食い込んだことを確認し、歯を食いしばって全身の筋力を総動員して走り出す。
巨体の上を、二本の剣で肉を切り裂きながらひたすらに絶叫して高速で空中を移動する。
この巨体に比べたらわずかな刺し傷だし、広がっているけど切り傷もわずかなものだが、それがやがて大きくなって痛覚が竜にあるなら痛み出して声を上げるはずだ。
そこに乗じて、大口から身体の内部への侵入を試みる算段。
「早く開けろおおおおぉぉぉぉ、その口!」
状況が許す限りは、足を止めずに両手の剣と腕を固定させて、巨体の輪郭に沿って切り裂いていく。
さらに、途中から神剣の特異能力を繰り返し発動させて、効果をより確実なものにしていく。
それを機に、何度も血肉が傷口から噴き出て、全身が一気に青紫の鮮血に染まる。
竜はかなり早い段階から悲鳴を上げて痛がる人間のように鳴き始めた。
威圧感はなく、少しばかり弱々しく感じる。
そして堪えられなくなったのか、身体を左右に捻じって振り払おうとする。
よく見れば、切り裂いたはずの傷口が塞いでいき再生していく。
でも竜の意識はまだ、こっちに向いていない。痛がっている。
俺はこの機を逃すまいと両手の剣を竜の身体から抜き、そのまま鳴いて開けたままの大口へと飛躍して向かった。
口元に到着するや否や、突入する瞬間を見計らって風魔法を調整しつつ侵入した。
光のない体内は暗闇に包まれていた。
特異能力の使えない極神剣の剣身を対象に、火魔法を発動して纏わせる。
それを松明として代用させつつ、浮遊しながら近くの粘膜を両手の剣で突き刺した。
その瞬間ーー喉奥から竜の鳴き声が発せられ、空気を揺らし、本能的に耳を塞ぐほどの反響具合で聞こえてきた。
思わず自然と情けをかけたくなるが、魔獣であり俺を殺そうとする。そして、時間の余裕はまったく皆無。
だから俺は、湧いて出てくる感情を押し殺すしかない。
「早く決着つけて、日没までには着くんだ……。港町チックに」
突き刺していた剣二本を抜かず、そのまま片手ずつ剣の柄を持った。
そして一回、大きく深呼吸をする。
少し間を開いてから、足元に今だ発動中の風魔法へ供給する魔力量を増やし、風圧を上げる。
下半身から浮き上がって身体が前のめりになったところで、身体が再び空中移動できるように、さらに風圧を上げた。
突き刺した剣で粘膜を切り裂きながら、俺は喉奥へ猛烈な勢いで喉奥を飛行して、絶叫しながら突き進む。
青紫の鮮血が噴き上がる中、泣き叫ぶかのような竜の鳴き声が喉奥から暴風のようになって聞こえてくる。
さらに、竜の動きに合わせて進む必要があって、まだ使って間もないというのに技術力が求められた。
粘膜に何度か衝突しつつも、辛うじて飛行を続けた。
そんな中、突如としてジェットコースターに乗っているときに感じる重力と似たような感覚に襲われると、上下に衝撃が起きた。
体内で外の様子なんて一切わからないが、俺が現に負わせた傷が原因かもしれない。
仮にこの衝撃が倒れたことで起きたのなら、好機だ。
と確証はないけど、その後に異変はないので巨体内部をいち早く巡るためにも、飛行速度を上げて神剣と極神剣で粘膜を切り裂いていく。
途中からは形状に沿って、バネを彷彿とさせる飛行経路で、さらに深部へと突入する。
「うおおおおぉぉぉぉ――ッ!」
それからしばらくして、人間でいう胃らしき場所へ到着した。目の前には胃液であろう体液が大量にある。
一旦、俺は粘膜から二本の剣を引き抜いて様子を窺う。
異常なのかどうかは未熟者で疎いから、よくわからないし胃カメラの経験はない。見た経験はゼロ。
でも、対策もなしに先へ進むのは不可能だってわかる。
というか、この先の胃腸系に行きたくない。俺は食べられたわけじゃないんだから。仮に突き進むっていっても、生理的に受け付けない。
だって辿った先の末路、三文字のやつと変わんないもん。
それに人間の消化器官は確か9メートル。竜になったらどうなるんだよって話。高速で飛行したから感覚的に大した時間は経ってないと思うけど、どちらにしろ距離や時間、生理的もこの先を進む決断は確実にできない。
「まあ……そもそも内部での攻撃が目的だから、ここにするか」
ここから一気に体内を破壊して外に出る、方法。
まるで俺がウイルスやら寄生虫やらの類いみたいな行いをしようとしているのは、俺としても気色悪いし背筋が凍るので、この話は伏せおこう。
「ああ、嫌なこと考えちゃった……集中集中」
とま、気にせず気を取り直して両手に持つ剣を構える。
極神剣に纏わせた火魔法。爆発と爆風を起こす神剣。
正直言って現状にうってつけ。となれば障害となった壁を取り払って、火魔法と神剣の特異能力の爆風で燃え広がらせる。
そう大まかに方針を決め、関連して脳内にある俺の知識の引き出しを開けて――
火も爆風も魔力。確か魔力は現象の優位に立つ。ただし、人為的だったら話で自然的にはあり得ない。
でも仕組み上、魔法の魔法陣のように魔力を介するものがないと一定の条件(術者が同じ場合など)で打ち消す恐れがあって、調整が必要――だったかな。
と、確認する。
実際問題、火魔法と特異能力の組み合わせだから問題のないけど、理不尽なことに人間|だけの話。
だから常に魔力に晒され、扱いに長けた魔獣・魔物との戦闘では念頭に置く必要がある。
今思えば、これまで気にしなかったのは反省点だ。
俺は密かに自分の欠陥した思考を改め、予定通り手始めに障害となる壁の払拭に取りかかる。
目の前の胃であろう器官の手前で、神剣を振り下ろした。
「【爆風】」
瞬間的な爆発、それによって弾け飛ぶ血肉。
続けざまに爆風とともに現れる複数の風刃。爆風の威力をそのままに範囲攻撃へと発展させて、風刃がさらに攻撃の手を加えていく。
竜巻のような風が起き、吹き荒れ、周囲には血肉が多量に飛散していく。
その有様に、思わず口を塞ぎたくなる。
だが、こうでもしなければ俺は殺される。元の世界の動物たちより、この世界は残酷だ。
「まだ、再生すると決まったわけじゃない。なら、続けてやるしかない!」
再び神剣を振り下ろしては特異能力を発動させた。
さらに増していく血肉の量。竜巻と化した爆風は血肉を巻き込み青紫に染まる。
俺は絶叫し、ひたすら【爆風】と言って特異能力を発動し続けた。
そのたび風は分厚くなり、増す血肉で色濃くなっていく。
発動者である俺は影響ないが、その中へと呑まれた。
そこへ、周囲に影響が及んだことで全方向から青紫の血が流れ出し始めた。それも濁流のように轟音とともにやってくる。
正直、予想外だったため特異能力の効力が消える合間に、再び足裏に風魔法を発動させて浮遊。上方へと飛び立つ。
さらに頭上を振り向けば、多量の血が垂れ流れてくる。
俺は真っ先に竜の口へ来た道を戻る。
瞬間的に風圧を上げて高速で移動を開始するが、それを追うようにして背後で血が逆流を始めた。
俺はしばらく追われながらも、食道を無我夢中になって高速で昇り、なんとか口内まで到着できた。
だが、安心の一文字もない。すぐそこまで逆流する血が迫っている。
即座に足向きを変えて口外へ。竜は逆流する血の気配を感じたのか、口を開け始めた。
俺は徐々に広がる隙間へ飛び込むようにして脱出すると、同時に竜は多量の吐血をした。
竜との距離をある程度確保した後、身体を捻らせて空中で止まった。
そして竜は吐血後、一気に体勢を崩して傾いた。
倒れ込むのかとその様子を見ていたが、突如、竜にまとうように起こっていた火炎と氷結の現象は止まった。
燃え盛る炎から一瞬にして青紫に着色した魔力が抜けて、そのまま炎は消失。氷からもその魔力の抜ける流れが肉眼でわかり、氷は急激に溶けながら落ちていった。
俺はその異変に緊張が走った。
その途端――竜の全身の所々から、水が漏れ出る配管のように多量の出血が起こった。
竜は再び泣き叫ぶような鳴き声を上げると、それを最後に傾いた巨体は完全に地に着いた。
その衝撃は空中を波動となって伝ってきた。竜はピクリともせず絶命したようだった。
でも、違和感がある。
俺とは別に魔力の気配、普段感じる自分の操る魔力とは異なる感覚がする。それも竜からもこの周囲からも。
不思議に思う俺は不安から頭を抱えると、ふと前方に人の姿が見えた。目測で大体、十数メートル先。
「え……?」
ローブに身を包み、フードを被っているかと思えばゆっくりと脱いで不敵な笑みを浮かべた。
その顔には見覚えがあった。
それもついさっきにあった――
「……デット」
「ああ……俺だ」




