第二十三話 天災
◇
「あれは……!」
「ねえ、これって夢?」
周囲に影響を及ぼしていた魔力による拘束が解け、自由の身となった優花とジークはその後、変わりゆく戦場に目を疑っていた。
ゴブリンやウルフの姿が消え、視界に広がる新たな光景には青白い炎が一面に燃え盛り、茫洋とした平原に一つ、巨大な魔力の柱を作る有翼の生物が姿を現す。
そして、その渦中で対峙するエルッジの姿も遠目で二人の視界に入った。
「早く助けに……!」
「待って!」
真っ先にジークはその場を飛び出そうとするが、語気が強まった優花の一言でジークは静止して、優花のほうを振り返った。
「なんでだよ。あの魔獣がなにか理解してるのか? 竜だぞ? この世界の開拓された四大陸のうち、このドラリオン大陸で伝説の魔獣なんだ。それも天災とまで呼ばれてる。竜は飛行できるけど、国を跨いで飛行する前例は過去にない。ましてやこの国での目撃例はゼロ。いくら冒険者として腕が立つエルッジでも不可能だ」
「確かにそうかもしれない。でも、『天災』呼ばわりされてるなら、なおさら!」
「なんでだよ!」
「だって、フルトとクラリはどうするの!」
「……――そうだ……ごめん」
いつにも増して語気の強い優花の言葉に加え、現状をより鮮明に把握したジークは、一時の感情を抑え込めたのか。優花にそっと謝って深いため息を漏らした。
「僕としたことが……目の前のことばかりに捕らわれて……」
「今は反省より、行動しよ。クラリとフルトの元にいかなくちゃ」
ジークの二つ返事とともに、二人は方向転換して後方にいる二人の元へ向かう――。
が、彼らの前方。クラリとフルトが横たわる傍で淡灰色の魔法陣が展開し、無属性魔法がその効力を発揮して、魔法陣内から鮮やかな赤紫色の髪色が特徴的な少女が現れた。
「サリス……! よかったよぉ……来てくれて!」
「――優花! それにジークも……ってクラリとフルトが倒れてるわよ。だ、大丈夫なの?」
「そ、それが……」
「てか、後ろの炎はなに?! 竜?! エルッジさん?!」
「サリス、落ち着いて!」
「そうだぞ。一旦、落ち着けって」
転移魔法によって到着して早々、事態の把握に慌てるサリスに対し、優花が必死になって静めて開口一番にこれまでの経緯を説明する。
繰り返し頷き、現状を把握するサリスは冷静でいたものの、徐々に顔色を変え最終的には顔面蒼白。その深刻さに頭を抱え始めた。
「確かに優花の行動は正しかった。正直、加勢にいきたいのは山々だけど。あの間に割って入った末路はまあ、おおよそ展開が読めるわ。即死ね、即死。保有できる魔力量は私は戦ってないからサッパリだけど、さっきのゴブリンやウルフなんて屁。第一、あの様子だと炎が壁になって近付けないし。手始めに炎をなんとかする必要があるわね。ただ、私は横たわった二人をメスクに運びたい。だから二人で……」
「もちろん。私とジークでなんとかする」
「……ていうか、仁也はまだ到着しないのか?」
「確かに……仁也が気になるね……」
「もう私なんて、あんなやつのこと忘れたわよ。必死すぎて」
「あんなやつって……」
「別に、根に持ってるわけじゃないし。信用も信頼もないわけじゃない。でも、もうちょっと……自分を労わってほしいのよ……。内戦のときからずっと大怪我ばっかで、今にも死にそう。だ、だから……私が強攻姿勢を取って、私のせいで精神病んででも休んでほしいの」
と、吐露するが――。
「そりゃ極端すぎるし、僕はむしろ仁也を追い込むだけだと思うけど……」
「サリスってば、意外に仁也のこと気にかけてるんだね」
「ああぁぁ、とにかく! 仁也は勝手になんとかできる。問題はエルッジさんの加勢と、クラリとフルトの安全の二つが優先事項よ!」
赤面し語気を強めると、話の話題を逸らしたサリスはそのまま淡々と話を続けた。
本人は魔法診療所へフルトとクラリシアを連れていくと言い、優花とジークにこの場を任せるそうだ。
「あくまで状況次第ね。相手が相手だから、最優先は『退却』。不可能ならそのまま応戦。おそらくエルッジさんとなれば、正体が知られてない優花はともかく、ジークを放っておくわけないわ。きっとジークを守ろうとそれに徹する。だから、優花に前衛は任せたいの。ジークは状況把握と判断で後衛。特異能力はもちろん、エルッジさんの行動は下手すればジーク中心になるかもしれないんだから」
「なるほどね。それは、僕の性格知ってて言ってる?」
「えぇ、ジークがとんだ独りよがりってことは知ってるわ。あと自信家で考えてるようで考えてないとこ。さっきもそうだけど、あと周りが見えてないときが――」
「ああ、ああ、ごめん。ごめん。ごめんってば。文句ないから。責任持って行動するから。これ以上は……――」
と、翻弄されるジークに微笑する優花だが――
「あはは……。まぁとりあえず、炎の壁に関してはなんとかする。サリスは二人を早く運んであげて。特にクラリを」
「わかったわ。こっちがひと段落したらまた戻ってくる。それまでお願い!」
早急に行動を起こすサリスは横たわる二人の元まで向かい、魔法陣を展開。淡灰色へと魔法陣が変色すると魔法陣を対象に強化魔法が発動され、余裕のなかった魔法陣の範囲が拡大される。
そして深呼吸を挟んで再び無属性の転移魔法を発動させる。
光の粒子で溢れ、転移が開始する。
その間際、「死なないでよ」と語気を強めた一言が空間を走るように響き、サリスたちは転移した。
サリスを見届けてその場に残された優花とジークは、青白い炎の壁を前に身構えた。
「ジーク。この炎、どうする?」
「そうだな……僕は、問題なく突撃してもいいと思う。魔力は感じるし、もしかしたら外部からの防御壁になってるのかもしれない。けど、飛ぶなりなんなりできないから、この炎を突き破っていくしか方法はない。おそらくただ切り裂いても、見た目通り壁の如く弾かれる。魔力による恩恵を消失させればいい」
「なんで、わか――……なるほどね」
「あぁ、もう発動させてる。僕の特異能力」
優花は剣を持つ彼の利き手にそっと目を移し、理解する。うごめく魔力が剣身に纏って、そよ風に揺れる火のような様子をした魔力が、彼の左目に具現化していた。
青紫色に着色する魔力――。
優花はその正体を怪訝な顔で見ていた。が、その後、小さく頷いて話題を口に出すことはなかった。
しばらくして、彼は一旦、特異能力を解きながらも優花と話し合い、互いに頷き、手短に終わらせて青白い炎を前に戦闘態勢に入る。
「予定通り。合図してから――炎を突き破ってエルッジさんとともに……退却する」
「うん。口に出さなくても……わかってる」
「なら、いくぞ……。三、二、一、――今だ!」
その合図を耳にした優花は瞬間的に潜在能力の身体強化を発動。ジークも同じく身体強化の魔法を施して各々で行動を開始する。
と同時に、真っ先に淡青色の剣が振り上げられ特異能力が発動する。
「【星屑】」
無数の光弾が周囲に生成され、彼女の意識による遠隔操作で光弾は放たれる。
流星のように空中を飛行する光弾が向かう先は、青白い炎に包まれた地面。瞬く間に着弾すると、地中を掘り起こし、土埃を舞い上がらせる爆発が連鎖的に発生。炎の壁を繋ぐ地面には、広々として浅い巨大な穴がいくつかできて、炎の壁の基盤を消失させた。
が、炎は断たれた側から再び壁を形成しようと燃え広がっていく。
二人はその隙を逃すまいと驚異的な脚力で、間を縫って炎の壁を突破した。
その矢先、目前にはエルッジの対峙する姿、彼の視線を辿るようにして視線を動かせば、右手に現実味のない竜の姿が視界に映る。
駆け出す二人はジークがエルッジの元へ向かう。
優花は警戒を怠らず、視線を竜から一切離さずにエルッジの前方に位置する場所へ到着。剣を構えて竜の目前に姿を現した。
「おい! 大丈夫か、エルッジ!」
一方で、彼の傍まで歩み寄ったジークは声を掛けるが、身構えたまま不動のエルッジからの反応はない。エルッジにとって死角となる背後からのため、彼がジークの姿を確認できないうえジーク自身も彼の顔色を確認できない。
ジークはそのまま近距離まで詰め寄って肩を叩こうとしたのか。彼は手を伸ばしてエルッジの肩を触れた瞬間――。
エルッジの身体は振り子のように揺動した後、どっさと重量を感じさせる音が立て続けに空間に響かせて地面に倒れ込んだ。
彼の顔には覇気も生気も存在せず。口元や腹部からは、横たわる衝撃で血が噴出して草花に飛散する。さらに腹部からは多量の血が流れ込んで血溜まりを作っている。
エルッジからは一切の受け応えもなく、身体は完全にピクリとも動かない。
「エルッジ! 起きろ! 起きてくれ!」
「……」




