第二十二話 有翼の生物
やがて、曇天へ放射していた光の柱のようなものは、力尽きるようにその輝きは薄れて消失していった。
周囲の自然は異様な対応をする。
ピタッと強風は止んで、瞬間的に静寂に包まれたかと思えば、曇り空はより一層濃くなって雷鳴が轟き、雷雲となった。
「肌寒い……」
さらに、彼が口に出すほど気温は著しく低下。まいた油を辿る火ように、辺り一帯で揺らぐ青白い火が発火し、草花を伝って燃え広がる。その光景はまさしく、火の海だった。
なんの前触れもなく急変する事態に、彼の脳内処理は追いついていない。
右往左往と急変した周囲を見渡して怪訝な顔になりながらも、頭を抱えて思考を巡らせる様子を見せるが、彼自身が納得する妥当な答えは見つからないようだった。
遂には、その思考が声で丸裸になった。
「――原因はわかってるんだけどなあ。この地上に溢れ出た異様な魔力……だが、魔力が現象を誘発するような材料として、自然的には不可能。なんらかの手が加わる必要がある。実際、感覚に伝わる魔力には違和感があるが、まったく見当がつかない……――」
と、状況分析に注力していると、彼の言う『異様な魔力』が突如、磁石に引き寄せられるようにして急速に移動を始める。
その先には噴火口のように地面がひび割れ隆起した地点がある。
エルッジは、周囲を急流のように、はたまた、流れていく異様な魔力に嫌悪感があるのか。しかめっ面で魔力が集結するあの地点を、遠目で眺める。
そして、異様な魔力が引き寄せられてわずか一分足らず――。
「魔力が、ない……」
魔力は消えていた。さらに、
「いや、待てよ。通常の魔力も感じない。魔力を取り込もうにも、その感覚が伝わってこない……どういうことだ……? まったく状況が見えん」
事態はより深刻になり、悪化は加速していく。
彼の言葉通り、周囲の魔力は無に近い。
その状態は一分ほど継続した。だが、空気中から完全に魔力が消失することはない。
無尽蔵に空気中で魔力が流れを作り、何事もなかったかのように存在しているが、急変した環境は元に戻らない。
「この周辺の魔力が一瞬で消えるなんて――。供給が追い付いているから問題はないが、どうも――」
と、その途端――地響きが始まり、噴火口のようになっている地点は、縦横にその範囲を広げている。規模は広々とし、さらに隆起を続ける。続けざまに、肉眼で認識できる魔力が再び空気中に姿を現すと、上空まで溶岩のように噴出。
やがて、地中から岩石や土埃までもが噴き上がったと同時に、爆発のような轟音を鳴らして土砂や岩石が、広範囲に渡って飛散した。
そして、噴火口のようなひび割れた地面を轟音とともに突き破り、巨大な影が瞬間的に雷雲の下に現れる。
有翼の生物。爬虫類のよう顔付き、眼光炯々で鋭利な歯の数々が並び、強靭な身体に纏う鱗。眉間から背に沿って、連なる山脈の如く角のような突起物の数々に、大地を叩く尾、勾玉のようなかぎ爪。
さらに膨大な魔力が力となって、その身に纏うように顕現している。身体の構造は同一だが、具現化された力は、眉間から背に生える角のような突起物を境に、左右で異なっている。
客観的に見て右は氷結、左は火炎。それぞれ冷気と熱気を放って、魔力によって身体の表面上に具現化されている。
「……竜?」
地面を突き破った竜は、一度だけ上空を飛行。
左回りに旋回して地上へ急降下。
翼でその勢いを制御し、衝撃を起こさぬまま悠然と着地。
そして竜の背後から雷鳴が響き渡り、地を突く落雷が起こると同時に、共鳴するかのように竜の咆哮が轟く。
身体からは溢れ出る魔力が、一つの柱のようになって雷雲を突く。
◇
「クックックッ……ハハハハアァハッハッハッ……」
「やっと出たな。合図が……」
「おい、フェルド。なに高笑い始めてんだよ。さすがに弟の俺でも引くぜ?」
スダキリ山山頂より、エルフェとフェルド、デットの三名が雷鳴の響く方角へ視線を送っていた。
彼らの頭上には雷雲がない。曇天は依然として変わらず、そよ風が三人の髪をなびかせる。
視線の先には雷鳴以上に際立つ魔力の存在があり、青紫に着色している。魔力は常に柱となって雷雲を突いて消え失せない。
「さて、フェルド。始めていいか? 予定通りに」
「ハハハハッ! もちろんさ! よろしく頼んだ! 僕は今、興奮が抑えられないからねぇ!」
と、突然の豹変ぶりにデットも引き気味になっていた。
「ホントに大丈夫か?」
「デット、問題ないぜ。フェルドが言ってた。『うちは血の気が多いやつが多い』って。だから――」
「あぁ、大丈夫。よくわかってる。お前も俺も、その一人だ。仕方がない。俺たちグロマは皆、世界によって生み出された――悲しみだからな……」
そう言って憂いのある表情で、デットは静かにため息をついた。
「……で、フェルドは放置するとして。ちゃっちゃと始めるか。準備に取り掛かろうぜ。デット」
「……そうだな。――おい! フェルド! こっち一気に準備済ませるから! お前も笑ってないでやることやれよ!」
「あぁ、もちろんだッ! だって、この時を……ずっと待ってたんだもん。当然だよ。僕も始めるとするさ。魔球の成長具合も順調。正直、ここで中断してもいいけど、念には念を。そっちはどう?」
デットとエルフェは合図を確認した後、その場に座り、大小とある数々の黒い箱を手に取り、細長い円筒型の装置を取り出す。
「無論。一度箱に戻してただけで、準備完了だ。ある程度の時間があったからな。保管が利くこの箱は便利だ」
「そうか。じゃあ、始めるとしよう」
装置が保管された黒い箱を、一旦デットの収納魔法の収納に入れ、三人揃って魔球の元へ向かう。
魔球の成長は継続し、停止していない。
空虚と同一の深淵を中心に、魔力が渦潮のように渦を巻いて膨大な力を凝縮している。
着いた三人はデットが収納魔法から取り出した黒い箱を開ける。中からあの円筒型の装置を取り出すと、彼らは手元で装置に魔力を纏わせて、魔球へ向かって投げつけた。
魔力を吸収するだけの魔球は、瞬く間に魔力を纏う装置も一緒くたに吸い込んでいく。
それから幾分かした後、彼らが言う準備は完了したのか。地面に散らかった大小数々の黒い空箱を、収納魔法に移した。
デットはその場から二、三歩ほど下がって、エルフェとフェルドが魔球の正面に立った。
そして、二人は人差し指だけを立てて上空を指さした。
ごく少量の魔力が二人の指先に集まると、魔球はそれを感知して吸収しようとするが、両者の魔力同士が吸い寄せられるように空中を走ると、やがて連結。
エルフェとフェルドがたちまち指を左右に動かすと、魔力によって連結した魔球も操り人形のように同時に左右へ移動する。
連結を確認した二人は、そのまま指を縦に振り下ろした。
その途端、魔球は真下の麓にある港町へ、ゆったりと降下した。
着地して早々、周囲への影響は生じないものの、見届けた三人は魔法を発動して浮遊。木々よりやや高い位置で平原やら山中やら、ありとあらゆる場所を見渡していた。
その視界に先には、血相を変えて本能の赴くまま魔球へと向かっていく魔獣・魔物の姿が見えてくる。
「よし、これで完了だ。幹部の女には一切このこと伝えてないけど、保身の程度ならその場でどうにかできる。待ち伏せる役なんだから、どのみち身を潜める羽目になる」
「そうかぁ? この魔球の大きさといい、魔力の量といい。 これに釣られる数は相当だと思うぜ。俺は」
「まあ、どうだっていい。なによりも、俺たちの考えた計画通りに事が進んでる。これでいい。すべての事象は、俺たちの手の上で転がっている。だろ? フェルド」
「もちろん、当然。この先も永遠にそうなるんだよ。そのために、こうして今……ここにいるんだ」




