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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第十一章 時告げの邂逅
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閑話 シズの休日


 シズがそのカフェに立ち寄ったのは、ほんの偶然だった。

 たまたま休みで、気持ち良く晴れた日だったから、減っていた日用品とヴァルテール孤児院への差し入れを買いに街へ出かけたのだ。

 その際に、どうせなら早めに昼食も済ませてしまおうと思い、店を探していたところ、目に入ったのがその店だった。


 時告げの大通り(クロック・アベニュー)から少し逸れて奥へ入った先に、そのカフェは建っていた。コック帽をかぶった鳥が描かれた看板が、なかなか洒落ている。

 これまでに何度か店の前を通ったことはあるものの、中へ入るのは実は初めてだった。

 どんな店かな、美味しいといいな。

 シズはそんな期待をしながら、ドアベルを鳴らして中へと入る。

 すると焼いた肉の香りが出迎えてくれた。

 何となく店内を見れば、客が二人ほど席に座って食事をしているようだった。


「いらっしゃいませー!」


 給仕の女性が、すぐにシズに気が付いて笑顔で迎えてくれる。

 彼女に案内されて窓際の席についたシズは、隣の椅子に荷物を置くと、さっそくメニュー表を手に取った。


(んー、何にしよっかな……って、あ、ここもオムライスがある)


 上から順番に眺めていたシズは、ちょうどそこで目を留めた。

 オムライスは最近よく食べる料理の一つである。

 と言うのも、実はレイヴン伯爵家では今、ちょっとしたオムライスブームが起きているのだ。


 きっかけはテオの一件だ。表情の変化が薄い彼が、オムライスを食べる時は美味しそうに顔を綻ばせるのを見て、皆がつられて「自分も」と料理長のハンスにリクエストするようになったのである。

 そうして、今では誰が一番上手にケチャップで絵を描けるか、という何とも可愛らしい戦いまで発生していた。


 最初にエントリーしたのアナスタシアやヴァルテール孤児院の子供たち。そこへロザリーやガースなど、大人たちも参戦し始めて、シズも面白そうだと名乗りを上げたのだが――なんとそこにローランドも混ざったのである。

 真剣な顔でケチャップを手にしたローランドを見た時のあの衝撃を、シズは生涯忘れられないだろう。彼と昔から付き合いのあるライヤーですら、驚きすぎて固まっていた。


(いやー、驚いたけど、あの方って結構ノリがいいんだよな)


 だから人から好かれるのだろうなと、思い出してシズがくすりと微笑(わら)っていると、カランコロン、と再びドアベルが鳴った。


「いや~、腹減った! さすがに朝から何も食べてねぇときついわ」


 続いて聞こえてきたのは、豪快で明るい男の声だ。


「ん?」


 覚えのある声に、反射的にシズは入口の方へ顔を向ける。

 そして、そこに立っていた派手な装いの男を見て「あ」と口を開けた。


「ウィリアムじゃん」

「ん? おお、シズじゃねぇか。珍しいところで会ったな」


 手を振って呼びかければ、その男――海都レインリヒトの元海賊ウィリアム・ガーランドはそう言って、シズの席へとやって来る。


「今から昼飯?」

「そうそう。そっちも?」

「おう。ジャックの旦那に頼まれた仕事が、ひと段落したんでな。シズは……って、お嬢様と一緒じゃねぇの?」

「今日は休みでさ」

「へぇ、そいつはいいねぇ」


 ウィリアムはニッと笑うと、シズの向かい側の席へ腰を下ろした。


「ウィリアムこそ、トリクシーちゃんは一緒じゃないの?」

「まーな。来たがってはいたんだけど、今は勉強に集中してるとこなんだ」

「あら、勉強?」

「ああ。レイモンド様に教わってるんだよ」

「レイモンド様? アナスタシアちゃんのお父さん?」


 そうそう、とウィリアムは頷いた。

 意外な人物の名前が飛び出して、シズは目を丸くする。


 アナスタシアの父、レイモンド・レイヴン。

 レイヴン伯爵領の元領主で、罷免された後は海都で療養していた。第二夫人を失ったことで彼は精神的にひどく不安定になり、そこからずっと抜け出せずにいたようだ。

 海都で起きた騒動を経て、少しずつ良くなっているという報告は聞いていたものの、まさかトリクシーに勉強を教えているなんて思いもよらなかった。

 彼女と手紙のやり取りをしているアナスタシアからも、そんな話は聞いていない。恐らくアナスタシアも知らないことだろう。

 驚くシズに、ウィリアムは悪戯が成功した子供のようににんまり笑う。


「医者の先生が言うには、リハビリの一環なんだそうだ。今のレイモンド様なら、人と接した方が良い刺激になるだろうってな。そこで皆で相談して、最初は子供たちがいいだろうってなったんだと」

「へぇー。あ、でも、貴族のお子さんたちじゃないんだね」

「そこはなー、ほら、忖度がなー」

「あー、なるほど?」


 言わんとしていることがなんとなく分かってしまって、シズは苦笑する。

 要は裏を読む必要のない相手との自然なやり取りが望ましい、ということだろう。


「それでトリクシーちゃんに?」

「そういうことだ。トリクシーとお嬢様は友達(ダチ)だからな。そういう意味でも、お互いに印象は悪くないだろって頼まれた。ま、アルバイトみたいなもんだ。そのお礼として、トリクシーは勉強を教えてもらうことになったんだよ」

「なるほどなぁ」


 シズは感心して頷いた。

 ちゃんと対価があることに、海都の人間らしさを感じる。

 しっかりしているのは良いことだし、その方が後腐れもないだろうから、一番だなぁとシズが思っていると、


「どうもトリクシーの奴、ランツェモントに行きてぇみたいでよ」


 と、ウィリアムは続けた。

 思わずシズは、軽く目を開いた。

 ランツェモントというのは、正式にはランツェモントアカデミーという、王都にある学校の名前だ。シズの母校のグナーデシルト騎士学校と対を成す、領主や文官などを目指す者が通う学び舎のことである。

 貴族の子息・子女が多く通っており、そのため一般的には『貴族の学校』というイメージが強い。しかし、別に平民の入学を禁じているわけでもなく、優秀な者ならば身分問わずに入学が可能だ。

 その学校にトリクシーが入りたいと頑張っているらしい。


「ほら、学校を作るって話だろ? 最初はさ、そっちを楽しみにしていたみたいなんだがな……」


 ウィリアムは人差し指を口の前に立てて、ほんの少し声を潜めると、


「お嬢様と一緒の学校で勉強したいんだとさ」


 と、微笑ましそうに言った。

 ああ、とシズもつられて笑顔になる。


「それはアナスタシアちゃん、喜ぶだろうなぁ」

「だろ? ってわけで、まだまだ先だけど、結果出るまで内緒な」

「もちろん! ってか、それさ、俺が聞いちゃっていいの?」

「まーな。シズは見かけによらず口は堅そうだし、バレないように立ち回るには、共犯者がいてくれると都合がいい」

「見かけによらずは余計だけど、大役をもらっちゃったなー」


 シズは冗談めかして返しつつ、


「受かるように願ってる」


 胸に手を当てて言えば、ウィリアムはニッと笑った。


「おう、ありがとな。トリクシーにも伝えとく」


 それから彼はメニュー表へ目を落とす。


「さーて、そろそろ注文するかねぇ。俺は……んー、そうだな、オムライス……いや、今日は肉か。シュニッツェルにしよう」

「あ、じゃあ俺もそうしよ」


 何にしようかまだ決めかねていたので、シズも同じものを注文した。


「そういやトリクシーから聞いたんだけど、お前さんたちの間でオムライスって流行ってんの?」

「うん、三日に一回はオムライスだよ」

「へぇー」

「ケチャップで絵を描くと、より美味しくてさ」

「ケチャップの味のおかげじゃないの?」

「それだけじゃないんだな~これが。何でか分からないけど、絵を描くと不思議と美味しいんだよ。で、誰がケチャップで一番上手く絵を描けるかで競ってる最中」

「どういう競争をしてらっしゃる?」


 厨房の方から美味しそうな香りが漂う中、二人はしばらくオムライスの話に花を咲かせたのだった。


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