エピローグ どうであっても、やることは変わらない
その後、レイヴン伯爵邸へ戻ったテオは、ローランドの前で記憶が戻ったことを告白した。
そして同時に、アナスタシアに忠誠を誓うとも。
ぼんやりとしていた今までとは違い、意志の宿った瞳ではっきりと言ったテオに、ローランドが珍しく面食らっていたのが、アナスタシアには印象的だった。
ひと通りの話を終えた後、アーデンについて知っている情報を提供しますとテオは言い、ホロウとオーギュストの二人が、彼と一緒に執務室を出て行った。
残ったのはアナスタシアとローランド、そしてシズとライヤーの四人だ。
「君に味方が増えるのは、何よりではあるのだが……」
ローランドが苦笑交じりに言う。
褒めが半分、呆れが半分といったところだろうか。
当事者ながら、その気持ちはよく分かるなぁと、アナスタシアもまた苦笑した。
「実はさっきヴァレリーさんにも言われました」
「ほう? 何と?」
「何でもほいほい味方に引き入れたら、いずれ内側から食い破られるよって。言った直後にメレディスさんが、自分たちのことじゃないですよって、大慌てで首を横に振っていました」
「自覚があるようで何よりだ」
「ははは……」
ローランドとライヤーが何とも言えない顔になる。
ちなみに今のところ、ヴァレリーとメレディスの二人が、一番そういう目で見られやすい。だからこそ、敢えて堂々としているのだろう、とローランドは言う。
「それで、君はどう返したんだ?」
「私、心臓にも毛が生えておりますし、面の方も厚いので、そう簡単には食い破られませんよと」
「貴族のご令嬢が言う言葉ではないな」
「そうなんですよねぇ……」
話を聞いていたシズが、思わずといった様子でつぶやいた。
まぁ、その通りである。
しかし図太いアナスタシアは気にしないし、何なら誉め言葉であるとも受け取っていた。
(気にされないと言えば、最近はローランドさんたちの前で面と言っても、普通に受け入れられていますね)
これも慣れということだろうか。
面白いなぁとアナスタシアが思っていると、
「ただ、あの騒ぎで、まだ宝槍を取りに行けていないんですよねぇ」
シズがそう言った。
そうだった、とアナスタシアは頷く。今回の外出は、もともとそれが目的だったのだ。
さすがに、あの事件の後でそのまま向かうわけにはいかず、屋敷へ戻ったのである。
(今から行くと……)
時計へ目をやれば、まもなく午後の四時だ。窓の外も橙色に染まり始めている。さすがに今からだと遅くなってしまうだろう。
「ひとまず明日にしましょうか」
アナスタシアがそう言った時、
「その必要はない」
突然、何者かの声が部屋に響いた。
シズとライヤーが瞬時に、アナスタシアとローランドの傍へ移動し、剣の柄を手で握り、警戒の態勢を取る。
そうしていると、執務室の窓際にキラキラとした光の粒子が集まり始め、ややあって人の姿を取った。
鍛冶師だ。
ただ、アナスタシアが知っている装いではない。
もっと荘厳で、落ち着きのある――。
「紅玉の星……!?」
ローランドが目を見開き、驚きの声をあげた。
「ふむ。私のことを、すぐに分かる者がいるとはな」
鍛冶師が面白そうに口の端を上げた。
そのやり取りを聞いて、アナスタシアは、ぱちり、と目を瞬く。
(あ、やはりそうでしたか)
最初に鍛冶屋を訪れた時に、何となくそう思ったことはあった。
だから、それほど驚きはないものの――実際にそうだと言われると、何とも不思議な気持ちになる。
「さて」
鍛冶師こと紅玉の星が、軽く右腕を動かす。
するとそこに、輝きを放つ白い槍が現れた。
アーサー・レイヴンの宝槍『星辰』だ。
「何やら忙しそうだったのでな。届けに来てやったぞ」
「ありがとうございます。……とても綺麗ですねぇ」
「そうだろう? これを修理するのは久しぶりだったからな、少しばかり熱中し過ぎた」
そして紅玉の星は槍を前へ差し出した。
彼が手を離すと不思議なことに、宝槍は倒れることなく宙に浮いている。
「レイヴンの血を引く子、持ってみなさい」
「それは――」
シズが警戒したまま、制止の声を上げる。
「心配するな、何もしない――というのは悪者の台詞だったか。人の想像した書物に書いてあったな……ふむ。ではどうするか」
紅玉の星 は真面目な顔で悩みだした。
――何だか人に近い雰囲気の星である。
アナスタシアは小さく笑って「大丈夫ですよ」とシズに言い、ローランドを見上げた。
ローランドはまだ少し驚きが残っている様子だったが「大丈夫だろう」と言った。
アナスタシアは頷くと、宝槍の方へ近付く。
「それを手に持ってみるといい」
紅玉の星はそう促した。
その声には、試しているような響きもあった。
『これは、レイヴンの騎士だけが扱える槍だ。元に戻った時に、果たして何の助けもなく、君が扱えるか……実に楽しみだよ』
宝槍の修理を依頼した日、彼はそう言った。
アナスタシアが、レイヴン伯爵家の人間として――アーサー・レイヴンの子孫として、この『星辰』に認められるかどうか。
紅玉の星は、恐らくそう言っているのだ。
(結果は決まっているでしょうし)
宝槍に認められても、認められなくても、アナスタシアのやることは変わらない。
だから躊躇わず『星辰』を握った。
『後は、軽く掲げるだけで良い』
以前に魔呼びの泥を消した時、アナスタシアにはそんな誰かの声が聞こえた。
あれが誰の声だったのか、想像するしかできないけれど、今回もそうしてみよう。
(軽く、掲げる――)
アナスタシアは両手で『星辰』を握り、軽く掲げた。
以前のような重さはそこにはない。
アナスタシアにも扱えるくらい『星辰』は軽かった。
――その時『星辰』から光が放たれる。
レイヴン伯爵領の初代領主、アーサー・レイヴンが王より賜った、幅広の長い穂先を持った白き槍。
その一振りは闇を祓うとも、魔を貫くとも言われている。
「なるほど――見事だ」
その輝きを見た紅玉の星は、満足したように笑った。
第十一章 END
これにて第十一章は完結となります!
お読みいただきありがとうございました!
アナスタシアにとって、人生を変える出会いはローランドたちでした。
そして自分で選択出来るようになったのもそこからです。
自分がローランドたちからしてもらったことを、今度はアナスタシアが誰かへ。それが今回の章でした。
楽しんでいただけたら幸いです……!




