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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第十一章 時告げの邂逅
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第十四話 彼の選択


 領都クロックボーゲンの時計塔――その展望台にテオはいた。

 靴の音を頼りに、一気に階段を駆け上がったアナスタシアは、肩で息をしながら彼に呼びかける。


「テオさん、帰りましょう」

「……私は」


 テオは僅かに顔を動かし、こちらを向いた。

 暗い顔だ。背中に背負った太陽が、彼の顔に陰影を落としているのが、よりそう感じさせる。


「……全部を思い出しました。私が何者で、今まで何をしていたのかも」


 ぽつりと、零すように彼は言う。

 その声は弱々しく掠れていた。宝石のような彼の瞳も、どんよりと濁り、自然と下へ落ちていく。


「私はあなた方の敵で……ただの犯罪者です」

「そうですね。これまでのテオさんはそうでした。今は――」

「いいえ。今も昔も、それが私です」


 テオは力なく首を横に振る。


「命令がなければ何もできない役立たず。それが私です。アーデンですら、今の私を裏切り者と判断するでしょう。私はどこへも行けない、どこにもいる場所はない」


 虚ろな目でそう呟きながら、テオは展望台の手すりに、背中を向けたまま上る。


(まさか――)


 アナスタシアは血相を変えた。

 

「テオさ――」

「人生を変えるような出会いなんて……なければよかった」


 テオは泣いているような顔で薄く微笑むと、そのまま時計塔から身を投げ出した。

 仰向けに、彼の体が落ちて行く。


「――っ」


 その瞬間、アナスタシアは弾かれたように、それを追いかけて飛び出した。

 手すりを掴み、よじ登り、宙を飛ぶ。

 躊躇いも恐怖もなかった。

 逆にテオの方が、驚愕に目を見開く。

 アナスタシアはテオに手を伸ばす。そして風にあおられ浮かび上がった彼の手を、ぎゅっと掴んだ。


「何をして……!」


 その驚きはもっともだろうなと思いながら、アナスタシアはにこっと笑った。


「理想の騎士と呼ばれたアーサー・レイヴンは、相手が誰であっても手を差し伸べたそうです。ここは騎士の領地で、私はアーサー・レイヴンの子孫です。ご存じでしょう?」


 だから助けるのだと。手を伸ばすのだと。

 言葉よりも行動で示し、アナスタシアは自由な方の手で、緑色の水晶玉を引っ張り出して握った。


 ぱんっ、と小さな音が響く。


 すると水晶玉からぶわりと、傘のような布が広がった。学校に置く避難用の魔法道具のパラシュートだ。

 淡い緑色の光が紐のように、アナスタシアとテオの体にふわりと巻き付く。同時に傘状の布の中に、風が吹き始めた。


 直後、二人の落下速度が緩やかになる。


「よし、上手くいきましたねぇ」

「……何でも助けるのですね、あなたは。ありえません」


 呆然とした声でテオは言う。

 ありえない、と口にしつつも、彼はアナスタシアの手を振り払うことはなかった。


「何でもは無理ですよ。私個人が一人で助けられるのは、目の前の人だけです。そして、目の前にはあなたがいた。助ける理由はそれだけです。それに、助けられるとも思いましたから」


 アナスタシアはパラシュートを見上げる。

 傘のように広がった布は、魔法で生まれた風を受けて、大きく膨らんでいた。

 

「どうです? 自分で言うのも何ですが、私の魔法道具はなかなかのものでしょう」

「それは……そうですが。ですが私など助けたところで、何の意味もありません」

「何故?」

「……私は死ぬ。それは決まっていることです。死ななければ、私の生きた意味がない」

「おや、それならば、まだまだ猶予がありますね」

「え?」


 テオはぱちりと目を瞬く。

 アナスタシアは、水晶玉を握っていた方の手の人差し指を、まるで先生のようにピンと立てた。


「私たち生き物はいつかは死にます。それは今かもしれないし、ずっと先のことかもしれない。だからね、テオさん。まだまだ先で良いんじゃありませんか? 具体的には、そうですねぇ……私のオムライスの絵が上手くなるまで」

「…………それは、いつまでかかるのですか?」


 本当に困った様子のテオの言葉に、アナスタシアは素知らぬ顔で「さあ」とだけ返す。


「五十年、六十年は先かもしれませんねぇ。私、長生きする予定なので」

「……それは、あまりにも都合の良い話です」

「世の中には、わりとそういうことがあるみたいですよ」


 理不尽なことの多い世の中だ。けれども、だからこそ、都合の良いことだってあっていいとアナスタシアは思っている。


「…………あなたは。あなたは私を……生かしたいのですか?」

「はい」


 その問いかけには、アナスタシアは先ほどと違って、はっきりとした声で頷いた。


「理由は色々あります。甘いと言われるだろうなって理由も、そうじゃない理由もあります。その上で、私はテオさんに生きていてほしいです」


 敵が味方に――それを気にしているのならば、アナスタシアはメレディスとヴァレリーを勧誘することはない。

 そもそもロザリーやガースの時だって同じだ。罪の重さに違いがあるとしても、敵対していた相手であることは変わりない。

 危険性を何度も説かれた。それを承知した上で、アナスタシアは彼女たちを誘ったのだ。

 一緒に、レイヴン伯爵領のために働いてくれませんか、と。


「私は」


 テオは奥歯を、ぐっ、と噛みしめる。


「……楽しかった。あんなに穏やかな時間を過ごせたのは、生まれて初めてだった。オムライスに絵を描いたら美味しいことも、ありがとうの言葉が嬉しいのも、何も知らなかった……!」


 吐き出すようにテオは叫ぶ。

 くしゃりと歪んだ彼に向かって、アナスタシアは微笑んだ。 


「テオさん。帰ってオムライスを食べませんか?」

「――――」


 テオは目を見開いた。


「帰り、たいです」


 彼が選択した(うなづいた)時、二人はそっと、地面に降り立ったのだった。

本日、十八時にもう一話投稿します。

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