第八話 意外と慣れてきた
それから、さらに数日が過ぎた。
今のところテオが記憶を取り戻したような様子はなく、彼に近付いてくる人物も現れない。
その間、アナスタシアはシズとテオの三人で過ごしている。
(三人で行動することにも慣れてきましたねぇ)
ここ数日を振り返り、アナスタシアはそう思う。
何だかんだで、一緒にいる時間が長いからだ、もちろん楽観視できる状況でもないので、警戒心が緩まないように気を引き締めなければならないけれど。
そんなことを考えながら、アナスタシアは今日もシズとテオと共に、時告げの大通りを歩いていた。
視察の帰りだ。ちなみにローランドと相談して、テオに見せて困る場所には連れて行っていない。
ただ外を歩くにあたって、アーデン側からの接触が頻繁に起きても困るので、帽子と伊達眼鏡で素顔が分かり難いようにしている。
(それにしても、シズさんとテオさん人気でしたねぇ)
気さくで朗らかなシズと、物静かで物腰が丁寧なテオの二人が並ぶと、対照的な雰囲気でバランスが良いらしく、集まった人たちの反応は好意的だった。
(このまま落ち着いてくれると良いのですけれど)
テオの記憶が戻らないことが、良い状態かどうかはアナスタシアには分からない。
けれども何となくだが、テオからは、楽しそうにしている雰囲気が感じられた。
だから、心の中ではそう願ってしまう。例え記憶が戻っても、レイヴン伯爵領に悪さをしないでくれたら良いな、と。
そうしていると、領都のランドマークである時計塔の文字盤が、午後の二時半頃を示したのが見えた。
ちょうど小腹が空く時間だ。
そう思っていたら、ぐう、とテオのお腹が鳴った。
顔を向けると、彼はお腹に手を当てて、少々気まずそうな顔をしている。
「あ……えっと……」
「フフ。せっかくの外出ですし、何か食べて帰りましょうか」
「おっ、いいね。それなら、あそこが……」
そう言って、シズは通り沿いのカフェを指差した。
ちょうど、先日ヴィットーレがのんびりしていたテラス席のあるカフェだ。
「……いいのかなぁ?」
シズも思い出したようで、最後の方では疑問形になっていた。
アナスタシアはくすりと笑い「いいと思いますよ」と頷き、カフェへ向かって進む。
二人のやり取りを聞いて、テオは首を傾げていたが、特に何か言うこともなくついて来てくれた。
◇ ◇ ◇
カフェに入った三人は、奥の、あまり目立たない席へ案内してもらった。
そして席につくと、それぞれにメニュー表を眺める。
「あまり来られないから、わくわくしますねぇ」
「夕食が食べられなくなっちゃうから、ほどほどにね?」
「はーい。どうしましょう、せっかくですから、ミューレさんからおすすめをいただいた……」
「アナスタシアちゃん!? ミューレちゃんって確か、結構しっかり食べる子だよね!? ほどほどにね!? ね!?」
そんな話をしながら、アナスタシアがご機嫌に選んでいると、ふと、テオがメニュー表を手に持って固まっていることに気が付いた。
「…………」
「テオさん、どうしました?」
「え、あ……」
アナスタシアが声をかけると、テオはハッと顔を上げた。
「いえ、その……どうしたら良いのかと……」
そして、ちらちらとメニュー表を見ながら言う。
(あっ、もしかして……どれを選んだら良いか分からない、とかですかね?)
テオの自主性が薄いということは分かっていたが、どうやらこういう部分もまだまだ苦手のようだ。
それならばお手伝いをしようと、アナスタシアは人差し指をピンと立てる。
「ではテオさんに質問です。今は甘いものと辛いもの、どちらが食べたい気分ですか?」
「……強いて言うなら辛いものでしょうか。辛過ぎるのは苦手ですが……」
「なるほどなるほど。辛いよりでお腹が大満足なもの……そうだ! オムライスはいかがでしょう! 以前いただいた時に、とても美味しかったんですよ」
「はい。では、それで」
テオは、ほっとした様子で頷いた。
少々誘導し過ぎてしまったかもしれない。もう少し選択の余地を残した方が良かっただろうかと考えながら、アナスタシアはひとまず、にこっと笑う。
「私もオムライスにしますね。シズさんはいかがですか?」
「それじゃあ俺もそうしようかな。……ところで、もしかしてアナスタシアちゃん、結構しっかりお腹が空いていたりする?」
「いえいえ、小腹が空いているくらいで……」
「使い方が違う気がするなぁ」
「オムライスは、小腹が空いて食べるものなのですか……?」
頬に手を当てて、お淑やかさを演出してみたところ、シズとテオの二人から、それぞれ違う方向性のツッコミが入った。
こんなところでも良い連携である。バランスが取れているとはこういうことかと思いつつ、アナスタシアはオムライスを三人分注文したのだった。




