第七話 彼は自主性が薄い
アナスタシアたちがテオの監視を始めてから、数日が経った。
彼は相変わらずぼんやりとしていて、声をかければ返事はあるが、それ以外は静かに周りの様子を眺めているだけだった。
テオは両手首にそれぞれ、魔法の使用や逃走を防ぐブレスレット型の魔法道具がつけられている。
しかし、それに対しても嫌悪感は抱いていない様子だ。
彼からは敵意を感じないし、何か企んでいる様子も見られない。
けれども、それだけだ。
ただそこにいるだけのように、アナスタシアには感じられた。
(自主性……と言いますか)
そういうものが今の彼にはないのだ。
ヴァレリーたちが彼を「人形のようだ」と言っていたが、今のテオを見れば、確かにそう思える面もある。
(ですがテオさんは人形じゃない)
アナスタシアが馬ではないように、テオだって人形じゃない。
人間だ。どう見えても、どうなりたくても、残念ながら人間以外のものにはなれないのだ。
そんなことをアナスタシアは、レイヴン伯爵邸のパーラーで、紅茶を飲みながら考えていると、
「アナスタシアちゃん、何か悩み事?」
シズが心配して声をかけてくれた。
アナスタシアは、ハッ、として顔を上げる。
「あ、いえいえ。人間について考えておりました」
「哲学的な悩みだった!?」
「フフ……響きが良い……」
そこまで深く考えていたわけではないが、何となくかっこいいので、アナスタシアは意味深な笑みを浮かべておく。
すると向かい側に座るテオが、不思議そうに首を傾げ、
「人間とは興味深いものなのですか?」
と訊いてきた。
アナスタシアとシズは揃って目を丸くする。
先ほども言ったが、彼はここ数日間ずっと受け身だった。それが自分から質問するなんて、意外な変化である。
(もしかしたら、彼の記憶に関わる何かなのかも)
そう思いながらアナスタシアは「ええ」と頷く。
「今はありますよ。昔はありませんでしたけれどね」
「興味を持つきっかけがあったのですか?」
「そうですねぇ。……やっぱり、ローランドさんたちと出会ったからですね。あれがなければ、私は今も人間に興味は持てなかったと思います」
もう数ケ月もすれば、彼らと出会って一年だ。
ずいぶん昔のようだったのに、まだそんなに時間が経っていなかったことに気が付いて、アナスタシアは不思議な気持ちになる。
「…………人生を変えるような出会い」
するとテオが、ぽつん、とつぶやいた。
アナスタシアは、ぱちりと目を瞬く。
「おや、確かにそうですね。私にとっては、ローランドさんたちとの出会いが、人生を変えるような出会いでした」
「そう、ですか」
「それにしても、とても素敵な言葉ですね」
「え?」
「人生を変えるような出会い、です」
「――――」
アナスタシアがそう言うと、テオは目を丸くしたあと、
「そう、ですね……?」
やはりとても不思議そうに、再び首を傾げたのだった。
◇ ◇ ◇
その日の午後、アナスタシアに突然の来客があった。
先日、アナスタシアたちがアーサー・レイヴンの宝槍『星辰』の修理を依頼しに行った、あの鍛冶師である。
話を聞けば、宝槍の修理のためにアナスタシアの魔力が必要で、その相談に来たらしい。
お約束はなかったが、それならばと、アナスタシアは応接間へ案内してもらった。
「もう一度来てもらおうと文を出すつもりでいたのだが、呼びつけるのは良くないと止められてな……」
「ああ、まぁ、そりゃあねぇ……」
向かい側のソファに座った彼の言葉に、シズは苦笑する。
「私としては全然構わないのですけどねぇ。こちらがお願いしたものですし」
「そこは構おうね!」
「そうか。それならば、次回があればそうしよう」
「そうしないでね!」
「君は騒々しいな。落ち着きを身につけた方が良いぞ」
「誰のせいだと思っているのかなっ?」
なんてやり取りをしていると、ふいに鍛冶師の目が、シズの隣に立つテオへ向けられた。
目が合って、テオは首を傾げる。
「私に何か……?」
「……ふむ。何ともおかしなことになっているな。君、こちらへ来い」
そう言って、鍛冶師はテオを手招きする。
テオは困惑した様子で、助けを求めるようにアナスタシアの方へ顔を向けた。
「アナスタシア様の指示以外に従うわけには……」
そしてそう答えた。
これは初日に、ローランドとライヤーが、テオにしっかりと言い聞かせていたことである。
彼がそれをちゃんと守ってくれているならば、自分も相応に動かなければ。
アナスタシアはそう思って、
「おかしなことをなさいます?」
と鍛冶師に訊ねる。
質問の形式ではあるものの、その言葉の裏にあるのは「おかしなことをしないでくださいね」という意味だ。
すると、鍛冶師にもそれが伝わったのだろう。
彼は眉根を寄せて首を横に振った。
「しない。私を何だと思っている」
「フフ、失礼しました。テオさん、大丈夫ですよ」
「分かりました」
テオは頷くと、そろそろとした足取りで、鍛冶師の方へ近付いて行った。何となく、警戒しているような雰囲気が感じられる。
「大した忠犬っぷりだ」
鍛冶師は低く笑って、テオの顔の方へ手を向けた。
そして、手前で軽く、何かを払うような動作をする。
するとテオの顔の辺りから、青色の煤のようなものがハラハラと現れ、消えて行った。
「……まぁ、これでいいだろう」
「あの、今のは?」
「こいつの目の辺りに、魔力が詰まっていたので、取ってやっただけだ。まぁ、仕事をもらったサービスだよ」
そう言うと「これでいい」と、手を下ろした。それからは、もう興味がないと言わんばかりに、アナスタシアの方へ顔を戻す。
テオは目をぱちぱちと瞬いて「ありがとうございます」と鍛冶師へ頭を下げると、再び元の位置へと戻ってきた。
「テオ、大丈夫か?」
「はい。目の辺りにあった痛みが取れました」
「えっ、マジで? 今まで大丈夫だったの? 全然そういう顔してなかったよね?」
「自分の体のことなので、特に言う必要を感じませんでした」
「あるよ~! 言う必要あるよ~!」
きょとんとした顔のテオに、シズは頭を抱えた。
シズの言う通りである。アナスタシアたちは医者ではないし、彼の顔色や些細な様子で不調に気付けるほど、付き合いも長くない。
早めに分かって良かったと、少しひやりとしながら、
「失礼しました、色んな意味でまったく気付いていませんでした。次からはもっと気を付けますね。ですからテオさんも、体調が悪かったり、怪我をしたら言ってくださいね」
「分かりました」
アナスタシアの頼みに、テオは素直に頷いてくれた。
本当に聞き分けの良さはありがたいのだが、と思っていると、
「何とも妙な関係だな、君たちは」
鍛冶師にまで、少々呆れた様子で言われてしまった。
それはそう、としか言いようがない。
アナスタシアとシズが苦笑いを浮かべると、テオはやはり不思議そうな顔をしていたのだった。




