第六話 アーデンの理想の子供
その後も、テオはずっと、ぼんやりとしていた。
会話こそ出来るが、自分が何者なのかや、メレディスたちのことなど、まるで分らないという様子だった。
最初はアナスタシアたちも、それが演技ではないかと疑った。
しかし、あまりにも様子がおかしいものだから、ローランドに報告をした上で、拘束したまま、医者の診察を受けさせたのだ。
すると、彼が一時的な記憶喪失になっていることが分かった。
「なるほど、記憶喪失ですか」
「ご面倒をおかけします」
「あ、いえいえ、とんでもない。原因は私にあるので……大変ですね」
「そう……でしょうか。特に不便はありません」
「……どっちも、何かちょっと違う気がするなぁ」
シズの言葉に、アナスタシアは苦笑する。
それから改めてテオを見た。
テオは、両手首に枷をつけた状態にも関わらず、何も気にしていなさそうな様子だ。
それを見て、アナスタシアは何だか複雑な気持ちになって、うーん、と小さく唸る。
「ローランドさん、どうしましょう?」
アナスタシアがローランドを見上げて訊ねる。
彼は顎に指をあてて「そうだな……」とつぶやいたあと、
「……ひとまず、拘束用の魔法道具と監視をつけて、様子を見るしかあるまい」
と言った。ローランドの隣に立つライヤーは、少し驚いたように目を開いた。
「外へ出すのですか?」
「ああ。記憶を取り戻したら、すぐに自害しそうだからな。アーデン側の情報を聞き出すためにも、目の届く範囲で監視した方が良い」
ライヤーの心配に、ローランドはそう答えた。
(確かに先ほどの様子を見ると、そうなりそうですね……)
そう思いながら、アナスタシアはもう一度テオへ視線を向ける。
彼は、相変わらずぼんやりとした表情で、こちらを見ていた。
どうにもテオからは感情の起伏が、あまり感じられない。海都レインリヒトで出会った時もそうだったが、彼の表情は人形のように無機質なのだ。
(ですが海都の時と比べると、今の方が柔らかさは感じますね)
記憶喪失のせいだろうか。抜け落ちた記憶が、先ほどまでの彼を形作ったものだったのかもしれない。
(そう言えばメレディスさんたちも、そんなようなことを言っていましたっけ)
彼らが言うには、テオは「アーデンが求めた理想の子供」の姿らしい。
自分たちに忠実で、命令に従うことに疑問を抱かないお人形。
そういう都合の良い存在に育てられた子供なのだと、二人は言っていた。
そしてヴァレリーは、憐れむような目をテオに向けながら、こう続けた。
「このまま記憶が戻らない方が、もしかしたら、テオのためかもしれないね……」
――と。
◇ ◇ ◇
テオの監視は、ひとまずホロウに任せることとなった。
ただ『姿は透明になった状態で』だ。
その理由は、アーデン側の人間にとって、ホロウ・デュラハンという妖精騎士は、あまり良い感情を抱ける存在ではないからだ。
ホロウの存在が、テオが記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないが、その場で暴れ出されても困る。
それにテオがレイヴン伯爵家にいるならば、アーデン側から何かしら接触があるかもしれない。
だからホロウには姿を隠して、監視してもらうことになったのである。
しかし、そうなると、他にも誰かテオと一緒にいる必要がある。
そこでアナスタシアが手を挙げて立候補した。
「はいっ! ローランドさん、私がテオさんと一緒にいます!」
「却下――と言いたいところだが、一応は理由を聞いておこうか」
ローランドはとても渋い顔を浮かべ、そう言った。
たぶん、そういう反応が来るだろうなぁと予想していたアナスタシアは、苦笑しつつ「はい」と頷き、話を続ける。
「私が今のところ一番、浮いているからです」
アナスタシアはレイヴン伯爵領の領主候補だ。任された仕事もあるし、諸々の勉強の時間もある。
けれども、レイヴン伯爵家の関係者で、そういう時間がもっとも調整可能なのもアナスタシアだ。
「一ケ月くらい長くなってしまうと、そうも言ってはいられませんが、一、二週間くらいなら、問題なくいけると思うのですよ」
「確かに君の場合は、調整自体はしやすいが……」
ローランドは思案するように目を細める。頭の中で、アナスタシアの予定について思い浮かべているのだろう。
ね、とアナスタシアは笑ってみせて、
「それに私なら、常に護衛騎士のシズさんや、他の誰かと一緒にいます。テオさんや、その周囲を監視するならば、目が多い方が良いでしょう? そう簡単に近付いても来られないでしょうから、何度もこちらの様子を見に来る者がいればチェックできますし、ちょうど良いです!」
「暗に囮になります、と元気に言うんじゃない」
「バレましたね!」
「バレバレだ」
悪戯がバレた子供のようにアナスタシアが言うと、ローランドは小さくため息を吐いた。
「領都外へ行かないこと。ホロウの目が届かない場所へ行かないこと。テオと二人にならないこと。この三点を守れるならば許可する」
「守ります!」
「君は本当に返事が良い」
ローランドは苦笑して、それから、アナスタシアの後ろに立つシズに顔を向けた。
「シズ、大変だと思うが頼むぞ」
「もっちろんです! おまかせください!」
シズが拳で胸を叩いて、にかっと爽やかに笑う。
すると、ようやくローランドも表情を緩め、
「では、アナスタシア。突拍子の無いことをしないように」
「うっ」
――ついでに少々、釘も刺されてしまったのだった。




