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馬小屋暮らしのご令嬢  作者: 石動なつめ
第十一章 時告げの邂逅
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第六話 アーデンの理想の子供


 その後も、テオはずっと、ぼんやりとしていた。

 会話こそ出来るが、自分が何者なのかや、メレディスたちのことなど、まるで分らないという様子だった。

 最初はアナスタシアたちも、それが演技ではないかと疑った。

 しかし、あまりにも様子がおかしいものだから、ローランドに報告をした上で、拘束したまま、医者の診察を受けさせたのだ。


 すると、彼が一時的な記憶喪失になっていることが分かった。


「なるほど、記憶喪失ですか」

「ご面倒をおかけします」

「あ、いえいえ、とんでもない。原因は私にあるので……大変ですね」

「そう……でしょうか。特に不便はありません」

「……どっちも、何かちょっと違う気がするなぁ」


 シズの言葉に、アナスタシアは苦笑する。

 それから改めてテオを見た。

 テオは、両手首に枷をつけた状態にも関わらず、何も気にしていなさそうな様子だ。

 それを見て、アナスタシアは何だか複雑な気持ちになって、うーん、と小さく唸る。


「ローランドさん、どうしましょう?」


 アナスタシアがローランドを見上げて訊ねる。

 彼は顎に指をあてて「そうだな……」とつぶやいたあと、


「……ひとまず、拘束用の魔法道具と監視をつけて、様子を見るしかあるまい」


 と言った。ローランドの隣に立つライヤーは、少し驚いたように目を開いた。


「外へ出すのですか?」

「ああ。記憶を取り戻したら、すぐに自害しそうだからな。アーデン側の情報を聞き出すためにも、目の届く範囲で監視した方が良い」


 ライヤーの心配に、ローランドはそう答えた。


(確かに先ほどの様子を見ると、そうなりそうですね……)


 そう思いながら、アナスタシアはもう一度テオへ視線を向ける。

 彼は、相変わらずぼんやりとした表情で、こちらを見ていた。

 どうにもテオからは感情の起伏が、あまり感じられない。海都レインリヒトで出会った時もそうだったが、彼の表情は人形のように無機質なのだ。


(ですが海都の時と比べると、今の方が柔らかさは感じますね)


 記憶喪失のせいだろうか。抜け落ちた記憶が、先ほどまでの彼を形作ったものだったのかもしれない。


(そう言えばメレディスさんたちも、そんなようなことを言っていましたっけ)


 彼らが言うには、テオは「アーデンが求めた理想の子供」の姿らしい。

 自分たちに忠実で、命令に従うことに疑問を抱かないお人形。

 そういう都合の良い存在に育てられた子供なのだと、二人は言っていた。

 

 そしてヴァレリーは、憐れむような目をテオに向けながら、こう続けた。


「このまま記憶が戻らない方が、もしかしたら、テオのためかもしれないね……」


 ――と。



 ◇ ◇ ◇



 テオの監視は、ひとまずホロウに任せることとなった。

 ただ『姿は透明になった状態で』だ。


 その理由は、アーデン側の人間にとって、ホロウ・デュラハンという妖精騎士は、あまり良い感情を抱ける存在ではないからだ。

 ホロウの存在が、テオが記憶を取り戻すきっかけになるかもしれないが、その場で暴れ出されても困る。


 それにテオがレイヴン伯爵家にいるならば、アーデン側から何かしら接触があるかもしれない。

 だからホロウには姿を隠して、監視してもらうことになったのである。


 しかし、そうなると、他にも誰かテオと一緒にいる必要がある。

 そこでアナスタシアが手を挙げて立候補した。


「はいっ! ローランドさん、私がテオさんと一緒にいます!」

「却下――と言いたいところだが、一応は理由を聞いておこうか」


 ローランドはとても渋い顔を浮かべ、そう言った。

 たぶん、そういう反応が来るだろうなぁと予想していたアナスタシアは、苦笑しつつ「はい」と頷き、話を続ける。


「私が今のところ一番、浮いている(・・・・・)からです」


 アナスタシアはレイヴン伯爵領の領主候補だ。任された仕事もあるし、諸々の勉強の時間もある。

 けれども、レイヴン伯爵家の関係者で、そういう時間がもっとも調整可能なのもアナスタシアだ。


「一ケ月くらい長くなってしまうと、そうも言ってはいられませんが、一、二週間くらいなら、問題なくいけると思うのですよ」

「確かに君の場合は、調整自体はしやすいが……」


 ローランドは思案するように目を細める。頭の中で、アナスタシアの予定について思い浮かべているのだろう。

 ね、とアナスタシアは笑ってみせて、


「それに私なら、常に護衛騎士のシズさんや、他の誰かと一緒にいます。テオさんや、その周囲を監視するならば、目が多い方が良いでしょう? そう簡単に近付いても来られないでしょうから、何度もこちらの様子を見に来る者がいればチェックできますし、ちょうど良いです!」

「暗に囮になります、と元気に言うんじゃない」

「バレましたね!」

「バレバレだ」


 悪戯がバレた子供のようにアナスタシアが言うと、ローランドは小さくため息を吐いた。

 

「領都外へ行かないこと。ホロウの目が届かない場所へ行かないこと。テオと二人にならないこと。この三点を守れるならば許可する」

「守ります!」

「君は本当に返事が良い」


 ローランドは苦笑して、それから、アナスタシアの後ろに立つシズに顔を向けた。


「シズ、大変だと思うが頼むぞ」

「もっちろんです! おまかせください!」


 シズが拳で胸を叩いて、にかっと爽やかに笑う。 

 すると、ようやくローランドも表情を緩め、


「では、アナスタシア。突拍子の無いことをしないように」

「うっ」


 ――ついでに少々、釘も刺されてしまったのだった。


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