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水槽の景色 〜山村伽倻子の日常。2〜  作者: 四方末いそじ


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3/3

水鏡



 あれから一週間ほどして、高木運送の三輪係長から連絡があった。

 今期も前期と同じ内容のままで契約更新との事だった。

 そしてあの後、有吉くんは各所から大目玉を喰らったらしい。


『本人も今回は流石に随分と反省していますので。今回は何卒、お許しください』

 向こうの水槽は覗けないのだから、真偽は分からない。

 けれど、係長が言っているのだから、何かしらのお咎めは存在したのだろう。


「あぁ、はい……そうなんですね……」

 けれど、私は歯切れ悪く口籠る。


『……もしかして、有吉。謝罪の連絡入れてませんか?』

 係長が恐る恐る絞り出した声音に、こちらの胃も痛くなりそうだ。

 けれど、私は庇ってやる気などない。


「あの日以降。高木運送さんからのお電話は、三輪さんが初めてですよ」

 電話の向こうで、係長の絶句する顔が、透けて見えた気がした。

「ですから、契約が落ちたのかと……」

 私のその言葉に、係長は平謝りを連打する。


「三輪さん。前回も少しお話ししましたが、値上げの件は、既に3ヶ月前から一覧表と共にお知らせしていたんです」

 私側の水槽ヴィジョンは、係長に届くだろうか。


「しかも、その内の2ヶ月は、契約に記載した金額のまま、納品させてもらってるんです」

 この腹の底から湧き上がる、得も知れぬ虚無感を。


「ここから先は、あの時に時間がなくて伝えていませんでしたが。本来なら、交わした契約書通り、2ヶ月前に途中値上げが行われていたはずなんです」

 有吉くんがのらりくらりで作り上げた既成事実に、私が辟易した事を。

 

「けれど、今回は有吉くんからのお願いに、前任の藤島さんの顔を立てた形で、うちの社長に交渉して今の状況があるんです」

 社長に頭を下げていた、あの日の私の気持ちを。


「私は、私の出来る範囲で、御社のご希望に寄り添ってきたつもりです」

 有吉くんは『連絡してくれれば』なんぞ、毎回戯(たわ)けた事を吐かしていたが、そこまで面倒を見る義理など、本来私にはない。

 それでも、出来る範囲はやってきたはずである。

 

「ですが、それ以上のご希望がございましたら、今度から私ではなく、社長に直接お申し出頂きたいと思います」

 これが最後通告だ。

 私は、やれるだけやって、出来る限り歩み寄った。

 故に、今回の決着は、私の非など雲散していると言っても過言ではない。


『……本当に、申し訳ございません。有吉には再度、重々注意しておきます』

 係長の死にそうな声で、私まで可哀想になる。

 本来、私が言うべき相手は有吉くんだ。


 けれど、私は何度も有吉くんには同じ内容を言っている。

 ただ、彼が軽く考えて、真面目に聞いていないだけの話なのだ。

 ならば、事の重大性が分かる人間に言わないといけない。

 だから、私は係長に、最大限の嫌味を込めて言わせてもらっただけの事。


 違う水槽の世話まで、私が引き受けるつもりはない。

 そこまでの給料は貰っていない。

 むしろ、今の時点で最低賃金以上の働きはしているはずなんだ。


 私は、はっきり言って有吉くんが苦手だ。

 嫌いなんじゃない。本当に苦手なのだ。


 そうじゃなくても、私は言語化能力が脆弱である。

 お頭も旧世代の代物のまま、バージョンアップも出来ない。

 例えるなら、Windows95。

 あの子のお頭は、私が知らない未知の何某かのOS。

 どうすれば上手く乗りこなせるのか、全くもって不明である。


 私の心情的に、こう言う仕事をしているのだから、なるべく『人』を嫌いにはなりたくない。

 けれど、世の中と言うものは、そうもいかない。

 それが社会という事なのだろう。


 そうは言っても。


 自分にプラスになる人と仕事をする。

 NOと言える日本人。

 エナジーバンパイアには付き合わない。

 自分ファースト。


 そんな有り難くも尊い指針が囁かれる昨今なのだから、それの手放し方が理解できない私は、やはり自業自得の範疇だろうか。

 そう考えると、もう少し私が『シゴデキ』ならば話は違っただろう。だがしかし、生憎と正反対にいる女なので、にっちもさっちも行かない状況なのかもしれない。


 有吉くんは『厄災』ではあるが、『悪の権化』ではない。

 厄災は不運ではあるが、悪意は然程ない。


 それに引き換え、悪の権化は悪意ありありだから厄介だ。

 彼らは丸腰の私に、大人気ないオーバーキルをこれみよがしに向けて来る。

 そして彼らは、すこぶる鼻が利く。

 私のような『舐められ属性』の人間を瞬時に判断する高度なスキルをお持ちで、何とも素早くロックオンしていく。

 下に置くべき人間を的確に判断して、的確に首輪をつけるのだ。


 だからこの属性の方は嫌い。


 とは言え、悪意なき悪意を許せるかどうかも別の話。

 そして、悪意なき悪意が時として、難攻不落の絶壁になり得る事も、身をもって知っている。


 だから、余計に有吉くんが苦手である。

 彼は私に、明確に切る理由を与えてくれない。


 他の人も、それが分かっているから。

『本当、有吉くんには困ったもんだね』

『まぁ、有吉くんだもんね。しょうがないよ』

 社長に至っては。

『向こうが契約切るって言うなら、仕方がないよね』

 などと言いつつ、暗に私へと子守を押し付ける。


 多分、今回の事も、私から社長に窓口が変わった時点で契約が切れていたはず。

 他人の水槽から観ている分は、トンチキなドタバタコメディだろうけども、当事者になれば見える景色が違ってくるのだから。


 私は有吉くんが苦手だけれど、前任の藤島さんにはお世話になった。

 その薄くなりつつある恩の名残で、高木運送さんとのお付き合いを保っているのだから。

 そこの恩が枯れてしまえば終わりだけれど、まだ枯れていないだけなのだ。


 切ってしまえば楽なのだけれど、藤島さんと顔を合わせる機会がある限り、私は文句を言いながらも、『高木運送を切って下さい』と社長に言えないのだと思う。


 それに付け込む社長も、有吉くんも。

 本当に、ムカついてしょうがない。

 そして、きっぱり断れない自分に一番腹が立つ。


 とりあえず。

 有吉、私の昼飯時間を的確に奪うんじゃないよ。

『食べ物の恨みは恐ろしい』

 どんなに心が通じ合わなくても、それだけは覚えて頂きたい所存。

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