薄い膜の向こう側
私は自分の名前が好きではない。
姓は村山、名は伽倻子。
勘の良い方は、お気付きだろうが。
何を隠そう、Jホラー化け物ヒロイン。
呪怨の伽倻子嬢と同じ名前を名乗る者。
それが私、村山伽倻子なのである。
ついでに言えば。
貞子嬢の苗字が『山村』なので、こちらはニアミスである。
ただし、言っておく。
私の方が早く生まれている。
あ、いや。正確に言っておこう。
作品自体は私より後発だが、設定資料的には向こうが先発なのだけれども。
ちなみに。
私はホラーが嫌いではないので、映画館でしっかり拝見させて頂いて、しっかり複雑な気持ちになって帰って来た。
その時の感情は、今でも鮮明に思い出せるくらいのインパクトだった。
──まぁそりゃ、色んな意味で。
そして、話を重ねるたびに明かされるバックボーンに変なシンパシーを感じて、最終的に化け物サイドに感情移入してしまった事は、誰にも言えない秘密である。
「村ちゃーん。高木運送さんから問い合わせの電話ー」
ラーメン。食べてる途中でしょうが……。
店舗から聞こえる無慈悲な声に、私はそんな言葉を思い出して、ガックリと肩を落とした。
夜観るためのホラー動画をスマホで漁りながら、ちょうど二口目を啜っていたところ。
久しぶりに事務所で座って食べれてたのに。しかも、ラーメンの中座は心にくる。
「お待たせ致しました。村山です」
苦笑いで渡された電話を受けとり、余所行き声で対応をする。
『あ。すみません。携帯に出ないから、お休みかと思ったんですが。念のため、店舗に掛けさせて頂きました』
至って朗らかに、彼は笑う。
私は、漏れそうになるため息をグッと堪えて苦虫を噛み潰した。
何せ、電話から聞こえる言葉の意味は分かるが、言ってる内容は理解し難いのだから。
電話の主は、私の厄災。高木運送3年目、総務課の有吉くんである。
さっき、五月蝿く私のスマートフォンが鳴っていた。
思いっきり無視し続けた何度目かの着信後、沈黙したので諦めたかと思っていたのに。
よもや店舗にかけてくるとは思わなんだ。
いつも店舗にかけろと言っても、スマホに鬼電してくるくせに、こう言う時だけ鼻が利く。
「お急ぎのお問い合わせですか? 明後日の納品の内容変更とか?」
何となく、碌でもない内容だとは察している。
しかも、彼は間が良いというか、最悪と言うか。
いつだって、私が電話に出られない、もしくは出たくない時に電話をかけてくる常習犯だ。
嫌がらせのための隠しカメラでも付けられているんじゃなかろうかと邪推するほど、ピンポイントで掛けてくる。
『あ、全然急ぎではないんです。ただ、今搬入してもらってる商品の内容が、どうだったかなぁと。ふと気になったもんで』
ほら、案の定。やっぱり碌でもない。
一発目の声のトーンから察していたが、自分の勘が当たったとて、ちっとも嬉しくない答え合わせである。
「ああ。納品内容についてですね。ちなみに、どこか不備とかクレームでもありましたか? それとも、会社に書類を提出するとか?」
一応、念のため。あたりを付けて聞いてみる。
たまにコイツは特大の罠を仕掛けてくる時があるからだ。
私は着実に伸びていくラーメンを見つめながら、色んな感情を押し殺した。
『あ。そう言うんじゃ全然なくって。普通に気になっただけです。ぶっちゃけ、明後日の納品時でも全然構わなかったんですけど』
笑うな。癇に障る。
──心底、コイツに分からせたい。食べ物の恨みが、どれほど怖い事なのかと言うことを。
「……そうですか。で、お尋ねしたい内容とは?」
分からせてやりたいのは山々だけれども。
どうあがいても、相手は取引先。
切って捨てるかの権限など、時給ファイターの私には持ち合わせていないのだから。
無駄なラリーが長くなるのと正比例して、私の目の前にあるラーメンの体積が増えていく。
納入品のタオルの色がどうとか、サイズがどうとか。
そんなものは、テメェの会社にある契約書に全て書いてある。
──もしかしなくても、書類を探す手間を惜しんだな……
前任からの引き継ぎの時、確かに『分からないところがあれば、その時また聞いてください』って、言ったけれども。
世の中には『限度』と言うものがあるわけで。
世の中には『若さ』で片付けられない事もあるわけで。
それより何より。
私との感覚の噛み合わなさが、ひたすら苦行だ。
まぁ、有吉くんに限った事ではないのだが。
彼ら彼女らは、私を指名するクセに、私の存在と時間を無視する。
プライベートだろうが、スケジュールだろうが、お構いなしだ。
私にも、私の時間と流れが存在している事を、考えた事もないのだろう。
鳴り続ける電話も。
予期せぬハプニングも。
嫌なフラグも。
擦り合わせられない前提も。
理不尽な流れも。
──あれ? これってある意味ホラーでは?
もしかすると。
彼と私の間には、何か見えない次元の隔たりがあるのかもしれない。
事務所の窓ガラスの向こうは、曇天。
もうすぐ雨が降りそうなほど低い空。
知らない空間に閉じ込められてしまったような倒錯。
この不穏さは、まるでB級ホラー漫画の序章に似ている。
私は通話終了のボタンを静かにタップした。
『問い合わせ』と言う名の、長い雑談が終わりを告げる。
次の配送出発まであと15分。
今の私には、目の前の汁を吸いきったラーメンが、何より怖い。
山村伽倻子の日常。その2。です。
前の話は↓こちら。
https://ncode.syosetu.com/n1895mt/
シリーズ名は【錆浅葱グラフィティ】




