5.先生と師匠
とはいえ、今はやるべきことをやりませんと。
テーブルの上に置かれたままの食器を確認します。現場検証ですね。
大皿……まるで舐めたかのように綺麗ですが、異常はなさそうです。
ナイフとフォーク……まるで舐めたかのよう(以下略)。どちらも銀製ですが変色はなし。
貴族は毒に反応するので銀製の食器を好んで使うそうですが、ここにあるものに異常は見られません。……魔法なんて便利なものがあるので過信は禁物だそうですが、ひとまず毒殺とかいう物騒な可能性は低そうです。
あと思い浮かぶのは食あたりです……が、まるで舐め(以下略)とても綺麗に完食されているので、ケーキに問題があったのかどうか確認できません。
と、なると…………とりあえずは応急処置ですね。
各部屋に必ず備えてある救急箱をむんず、と掴んで先生の元へ。
「先生、だいじょうぶですか……?」
「うう……」
「先生、ちょっと体起こしますよ」
床に膝を着き、横たわる先生の上半身を支えるように持ち上げ……るのはわたしの力では少し厳しいので、魔力による身体強化を用います。よい……しょっと!
側に置いておいた救急箱を引き寄せ、蓋をオープン。綺麗に並べられた医薬品の中から、目的の試験管のような形の瓶を取り出し、先生に見えるように掲げて見せます。
「はい、これ飲んでください」
「そ……それは……」
「念のため飲んでおきましょう。解毒魔法薬です」
中の紫色の液体をかき混ぜるようにチャポチャポと瓶を振り、キュポン、と蓋を取ります。
ゔっ……この距離でもう草のニオイが…………。
これは先生特製の、すっごく効く特製のポーションです。…………すっっっっっっごく、不味いですけど……(味見済み)。
「さっ、先生。ぐいっと、どうぞ」
瓶の口を先生のお顔にズズズイッ、と差し出します。
「……………………嫌です」
子供のような口振りでプイッ、とそっぽを向く美少女先生。
……………………。
………………………………………………は?
「(聞こえなかった振り)……先生、念のため、飲んでおきましょう……?」
「それ、おいしくないからヤです」
は? はあぁぁぁぁっ……!? あまりの酷い味わいにわたしが「先生、もう少し……こう、味の改良とか……しません?(青い顔)」「薬で一番大事なのは効能です。効果を落としてまで味を変えようとは思いません(キリッ)」って、研究者らしいこと言って取り合わなかったのは誰です!? 先生じゃないですか!
なのに嫌!? おいしくないから嫌!?
「ちょっ、先生! 何かあってからでは遅いんです! 飲みましょう!」
「ヤです」
くっ、子供ですか! ……まあ、十代は少なくとも大人とはいえませんけど!(冷静)
しかし困りましたね。完全にへそを曲げられました。こうなったら顔を押さえて無理やりにでも――ふぬぅ、子供の腕力じゃ力負けしますね! しかも無駄に肌が綺麗! すべすべして掴みづらい!
イヤイヤと首を振り抵抗するセシリア先生に、なんとかポーションを飲ませようと奮闘するメイド。
「へえ、面白そうなことしてるじゃない。…………………………………わたしもまぜてよ」
ゾワッ……とした感覚が、背筋を突き抜けます。
反射的に声の聞こえた方向に振り返ると――――そこには。
「え? お師匠……?」
いつの間にやってきたのか、いつも通りのメイド服姿のアベリア師匠が、部屋の入り口に立っていました。……あ、いえ、珍しくスカートの裾が乱れてますし、頭のホワイトブリム(フリルの付いたカチューシャです)がありません。いつも隙のないお師匠のこんな姿は初めてです。
「…………ねえ、シア。わたし、今、すっごく忙しいって、言ったわよね?」
ものすっごい笑顔で、こちらに向かってゆっくりと近づいてくるお師匠。
……あれ、なんでしょう? 急に寒気が……。
「……ア、アリア?」
「リーシャの言うことを聞いて、大人しくしてて、って、言ったわよね?」
なんでしょう……? お互いにセシリア、アベリアと愛称で呼び合う、いつも通りの見慣れた光景。ごくごく普通の日常の会話。……のはずですが、なんだか胃がキリキリするような感覚が……。
わたしの隣に膝を着いて座り、先生の顔をジッ、と覗き込むお師匠。
「リーシャ」
「はいっ……!」
お師匠に名前を呼ばれ、とっさに返事。
「ポーション」
「どうぞっ……!」
差し出された手に、サッ、と手渡します。
冷静で落ち着いた、普段通りのお師匠の声なのですが、気が付けば無意識の内にポーションを差し出していました。
ななな、何でしょう? なんというかこう……余計なことを言ってはいけない、逆らってはいけない、と、そんな気がしたのですっ……!
「はい、シア。口を開けて? ……お薬の時間よ」
「ア、アリア? ……あ! わ、わたくし、治りましたっ! もうお腹痛くないのでお薬はいりませんっ!」
激マズポーションを回避するため、青い顔で明らかに嘘の申告をするセシリア先生。まるで病院を前に駄々をこねる子供のようです。
「そう……それはよかったわ。あ、なら、お土産の飴があるのだけど――食べる?」
「飴ですか!? た、食べま――」
甘いもので釣ってごく自然に先生を喋らせ、口を開かせたところにポーションの瓶をカポッ、と突っ込むお師匠。
おお、上手いっ! なるほど、そういう手段がありましたか。大変勉強になります(メイド見習い的感想)
「むー! むー!(嫌です! ヤです!)」
「あら大変。言葉にならないくらい調子が悪いのね? でも安心して? このポーションとてもよく効くから。……………………とっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっっても、不味いけど」
そう言ってお師匠は、先生の口に突っ込んだポーションの瓶を、ぐいっ、と傾けました――――満面の笑みで。
…………お師匠も飲んだんですね、そのポーション。




