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魔王殺しノクト(旧救世の闇魔法)  作者: 藤原 光希
ネフェルナ一族のライナ編

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80/102

80話 ヴォルツの王宮

今回も読んで頂きありがとうございます。とうとう3章も終盤に近づいてきています。ぜひお楽しみ下さいませ。

 その頃。


 ヴォルツは、王宮の一室でだらしなく寝台に横たわっていた。


 広い部屋だった。


 だが、そこに美しさはない。


 高価な布。


 金で飾られた家具。


 甘ったるい香の匂い。


 そのすべてが、ヴォルツの欲のためだけに集められたものだった。


 寝台のそばには、二人の女エルフがいた。


 どちらも美しかった。


 けれど、その顔に笑みはない。


 怯えを押し殺し、ただ命令を待つ人形のように黙っている。


 ヴォルツは、美しいエルフ以外を自分の部屋に入れなかった。


 この王宮を、自分の好きなものだけで埋め尽くしていた。


 女エルフたちは、ヴォルツを憎んでいる。


 だが逆らえば殺される。


 だから言うことを聞くしかなかった。


 ヴォルツはそんな彼女たちの恐怖すら、自分のものとして楽しんでいた。


「最高だな」


 ヴォルツは寝台の上で笑った。


「王ってのは、こういう暮らしをするためにいるんだよ」


 その声に、女エルフたちは何も答えない。


 答えられない。


 ただ、部屋の空気だけが重く沈んでいた。


 一方、その頃。


 セレーネを先頭に、ノクト、セレフィナ、そして数名のエルフたちは、グリュネヴァルトの森を進んでいた。


 森は静かだった。


 静かすぎるほどだった。


 鳥の声もない。


 風が枝葉を揺らす音すら、どこか遠い。


 湿った土の匂いと、古い木々の深い緑だけが、息をひそめるように一行を包んでいた。


 セレーネは何度か立ち止まり、指先を空中へ滑らせる。


 すると、淡い青白い光の筋が浮かび上がった。


 だがその光はすぐに歪み、いくつもの偽物の道へ分かれて消えていく。


「やはり、複数人で維持している大きな幻術ね……」


 セレーネが低く呟いた。


「王宮そのものを隠しているだけではありません。この森の景色、風、気配、音……すべてを少しずつずらしている」


 ノクトは周囲を見渡した。


 確かに、森の景色はどこも似ている。


 だが、それだけではない。


 さっき通ったはずの大樹が、また前方にあるようにも見えた。


「このまま進めば、同じ場所を歩かされるってことか」


「ええ。外から来た者なら、永遠に迷わされるでしょうね」


 セレーネの青い瞳が細くなる。


「でも、術の流れは読めます」


 セレフィナが母を見る。


「お母様、分かるの?」


「ええ。この幻術は、生きた魔力を杭のように打ち込んで保たれている」


 セレーネの声が少しだけ重くなった。


「囚われたエルフたちが、無理やり術式の核にされているのです」


 セレフィナの表情が曇る。


「やっぱり……」


「おそらく王宮の周囲に、円を描くように配置されています。その者たちの魔力を使って、森全体を幻で覆っているのでしょう」


 ノクトの目が鋭くなる。


「なら、そのエルフたちを解放すれば、幻術は崩れるんですね」


「ええ。ただし、簡単ではありません」


 セレーネは静かに言った。


「術式は互いにつながっています。一つを無理に壊せば、囚われた者の命まで傷つけるかもしれない」


 ノクトは頷いた。


「分かりました。慎重にやります」


 セレーネが手をかざす。


 すると、前方の空間が水面のように揺れた。


 何もない森のはずの場所に、一瞬だけ白い光の糸が見える。


 それは蜘蛛の巣のように絡み合い、中心から苦しげなエルフのマナが脈打っていた。


「見つけました。まずは第一の核です」


 ノクトたちは息を潜めて進んだ。


 木々の奥。


 巨大な古木の根元に、一人の若いエルフが座らされていた。


 両腕は黒い呪紋の鎖で縛られている。


 胸元には紫色の紋章が刻まれていた。


 瞳は虚ろだった。


 意識はある。


 けれど、自分では動けないようだった。


「……っ」


 セレフィナが息を呑む。


 セレーネはすぐに前へ出た。


「大丈夫。まだ助けられます」


 セレーネは若いエルフの額に、そっと手を当てた。


 淡い青い光が指先から流れ込み、黒い呪紋とぶつかり合う。


 周囲の空気がびりびりと震え、森の景色が一瞬だけ大きく歪んだ。


「ノクト、今です。この鎖だけを断ってください。紋章には触れないで」


「分かりました」


 ノクトは剣を抜いた。


 呼吸を整える。


 斬るべきなのは、命につながる本体ではない。


 術だけを流している外側の鎖。


 そこだけだ。


 ノクトの剣に、黒い光が走る。


 刃が一閃した。


 黒い鎖だけが、正確に断たれる。


 次の瞬間、若いエルフの体から黒い霧が噴き出した。


 足元の魔法陣が砕ける。


 セレーネがすぐに青い光でその体を包み込むと、虚ろだった瞳に少しずつ光が戻っていった。


「ひとつ目……成功です」


 同時に、森の奥で何かがきしむような音がした。


 見えない幻の幕が、ほんの少し薄くなったのだ。


 それから、ノクトたちは森の中を巡った。


 二人目。


 三人目。


 四人目。


 囚われたエルフたちは皆、古木や岩場、蔦の絡む祭壇跡に縛られていた。


 城を守るための、生きた杭として使われていたのだ。


 解放するたびに幻術の網は弱まり、景色の歪みが少しずつ消えていく。


 そして、最後の核に辿り着いた時。


 森の空気が変わった。


 重い。


 冷たい。


 そこだけ夜が固まっているようだった。


 最後の核にされていたのは、年老いたエルフの男だった。


 全身に深い呪紋が走っている。


 足元の魔法陣も、他の核よりずっと大きかった。


 おそらく、この者が王宮そのものを隠す中心なのだ。


「これが最後です」


 セレーネの声にも緊張が混じる。


「この方を解放すれば、幻術は完全に崩れます。ただし同時に、城を守る本体の結界も姿を現すでしょう」


「本体の結界?」


「ええ。幻術の奥に、もう一つあります。ヴォルツが直接張った防壁です」


 ノクトは無言で頷いた。


 セレーネが最後の解除に入る。


 青白い光が年老いたエルフを包み、黒紫の呪紋と激しくぶつかり合う。


 空間が揺れた。


 木々がざわめく。


 森そのものが苦しんでいるようだった。


「ノクト!」


「ああ!」


 ノクトは地面を蹴った。


 剣に闇をまとわせる。


 今度はただ斬るだけでは足りない。


 解放と同時に、奥にある防壁まで押し切る必要がある。


 ノクトは闇のマナを集めた。


 胸の奥で、あの黒い塊がどくんと脈打つ。


「……っ」


 気味が悪い。


 だが、闇の力は以前よりはっきりと流れていた。


 ノクトはその感覚を振り払い、剣を振り抜く。


 黒い斬撃が、呪紋の核を貫いた。


 硬い音が響く。


 鎖が砕け、魔法陣が崩れた。


 最後のエルフの体から、黒紫の光が弾け飛ぶ。


 その瞬間だった。


 森全体を覆っていた幻術が、音を立てて割れた。


 景色が剥がれる。


 偽物の木々が消える。


 歪んだ道が崩れる。


 霧の奥に隠されていた本当の空間が、ついに姿を現した。


 そこにあったのは、王宮だった。


 巨大な黒い城。


 森を切り裂くようにそびえ立つその城は、自然の中にあるものではなかった。


 岩と鉄を無理やり押し込んだような外壁。


 塔の先では、赤い火花が脈打っている。


 そして城全体を、半球状の結界が包み込んでいた。


 その結界は、赤黒く光っていた。


 まるで巨大な爆弾の膜だった。


「これが……ヴォルツの城……」


 セレフィナが息を呑む。


 だが次の瞬間、城を覆う結界が反応した。


 幻術が消えたことを感じ取ったのだ。


 赤黒い膜の表面に、無数の火花が走る。


 周囲の空気が焼けるように震え始めた。


「来ます!」


 セレーネが叫ぶ。


 結界から、爆発の光が一直線に放たれた。


 ノクトはすぐに前へ出る。


「下がってろ!」


 漆黒の杖を呼び出す。


 闇が走る。


 黒焔こくえんが弧を描き、迫る爆光と正面からぶつかった。


 大きな爆音が森を揺らす。


 木々がしなり、地面がえぐれた。


 ノクトは歯を食いしばる。


「この結界……思ったより硬いな」


「ヴォルツの魔法です。正面から壊すのは簡単ではありません」


 セレーネが言う。


「ですが今なら、囚われたエルフたちの魔力は外れています。結界を支える力は、ヴォルツ自身のものだけです」


 ノクトは城を見上げた。


 赤黒い膜は、まだ消えていない。


 だが、さっきより明らかに不安定になっている。


 火花の動きは乱れ、膜の表面には細かな亀裂が走り始めていた。


「十分だ」


 ノクトの声が低くなる。


「ここまで剥がれたなら、あとは力ずくでこじ開ける」


 ノクトは杖を強く握った。


 黒いマナが足元に広がり、冷たい闇が森の地面を這っていく。


「城を守る結界だろうが、まとめて斬り裂いてやる」


 その言葉とともに、ノクトの周囲で黒焔こくえんが渦を巻いた。


 幻術は破られた。


 そしてついに、ヴォルツの王宮はその禍々しい姿を現した。

今回もありがとうございました!

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