66話 勝たなきゃいけない
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レオニルは、長身の青年だった。
引き締まった体に無駄な肉はなく、派手さのない戦士の強さがそのまま形になったような男だ。髪は深い赤銅色。ライナと同じ一族の血を思わせる赤だが、彼のそれは鮮やかというより少し沈んでいて、長い年月の迷いと疲れをそのまま映したような色をしていた。鋭い灰色の瞳は静かで、感情を押し殺すことに慣れた人間の目だった。
顔立ちは整っている。だが優しさより先に影が見える。市長として民の前に立つ者の顔と、何かを隠して生きてきた者の顔が、同じ場所に同居していた。
ライナはその姿を見て、胸の奥が少しだけ痛んだ。
(……レオニル兄さん)
昔の面影は確かに残っている。けれど、その赤髪はもう、自分の知っている頃よりもずっとくすんで見えた。
対するレオニルは、仮面の少女を見つめたまま動かない。
細い。小さい。だが、ここまで勝ち上がってきた。それだけでただ者じゃない。彼は油断を捨て、低く構えを取った。
開始の鐘が鳴る。最初に動いたのは、レオニルだった。
踏み込みが速い。これまでの相手とは違う。重さと鋭さを同時に持っている。ライナの間合いへ一気に入り込み、迷いのない拳を打ち込んだ。
ライナは半歩退いてかわす。
だが、レオニルの攻撃は一発で終わらない。拳を引く動作と同時に膝が飛び、膝が外れた瞬間には回し蹴りへ繋がる。流れるような連撃だった。
ライナは両腕で受け流し、足元をずらして距離を取る。
(速い……!)
力押しじゃない。技術で詰めてくる。しかも一つ一つの打撃が重い。
観客席が沸く。
「やっぱりレオニル様だ!」
「やっちまぇ!!」
「仮面の女を潰せ!!」
レオニルは歓声など聞いていないみたいに、静かな目でライナを見ていた。
もう一歩、前へ出る。
ライナは迎え撃つように踏み込んだ。拳と蹴りが交差する。乾いた音が連続し、土が舞う。どちらも魔法は使わない。ただ肉体と技術だけの応酬。
レオニルの右拳。ライナが外へ流す。すぐに左肘。ライナが仮面ぎりぎりでかわす。そこへライナの前蹴りが返る。レオニルは腕で受けるが、体がわずかに後ろへ滑った。
会場がどよめく。
「おお!?」
「今の押したぞ!」
レオニルの目が細くなる。
「なかなかやるな」
低い声だった。
ライナは答えない。答えたら声で気づかれるかもしれない。仮面の下で唇を噛み、ただ構えを直す。
レオニルが再び踏み込んだ。
今度は真正面からのぶつかり合いだった。拳と拳がぶつかる。ライナの小柄な体が押される。だが沈まない。レオニルの脇を抜けようとした瞬間、男の腕が蛇みたいに伸び、ライナの手首を掴んだ。
「……っ!」
そのまま投げにくる。
ライナは宙で体を捻り、片手を地面について着地する。だが着地の隙に、レオニルの蹴りが飛んだ。脇腹をかすめ、ライナの体が横へ弾かれる。
会場が一気に熱を帯びた。
「入ったぁ!!」
「いけー!レオニル様ぁ!!」
ライナは土の上を滑ったあと、すぐに立ち上がる。
脇腹が痛い。息が少し浅くなる。
(やっぱり強い……)
ただ勝ち上がってきた男じゃない。この街の頂点に立っている理由がある。
観客席でノエルが身を乗り出した。
「ライナ……!」
ノクトは黙って見つめていた。エリシアも腕を組んだままだが、視線は鋭い。
「ここからね」とエリシアが呟く。
リングの中央で、ライナはゆっくり息を整えた。
そして――小さく深呼吸する。
目の前にいるのは、アタシが勝たないといけない相手だ。真実を知るために、必ず越えなきゃいけない相手。
レオニルがまた構える。
「来ないのか?」
ライナは、静かに地を蹴った。
今度はライナから前へ出る。小柄な体が低く沈み、一直線に間合いを潰す。レオニルの視線がわずかに揺れる。さっきまで受けに回っていた少女が、獣みたいな速度で飛び込んできたからだ。
拳が走る。
レオニルは受けた。だがそれは本命じゃない。ライナは拳を見せ球にして、次の瞬間には軸足を切り替えていた。足払い。レオニルが跳んで避ける。その着地を狙って、ライナの膝が突き上がる。
ドッ!
今度はレオニルが仰け反った。
会場がまたどよめく。
「入った!」
「仮面の女もやべぇ!!」
レオニルは口元の血を親指で拭い笑った。
「……面白い」
その声にライナの胸が少しだけざわつく。
昔と同じ声だった。けれど自分たちの置かれた境遇はあの頃と比べて何もかもが違ってしまった。
ライナは仮面の奥で目を細める。
(勝つ。絶対に)
こうして決勝戦は、誰も予想しなかった激戦へと変わっていくのだった。
レオニルが一歩、また一歩と距離を詰める。
さっきまでと違う。今度は明らかに倒しに来ている足取りだった。呼吸も乱れていない。むしろ、戦いの熱で身体が更に研ぎ澄まされていくようだった。
ライナはその変化をすぐに感じ取る。次の瞬間、レオニルの拳が真っ直ぐ飛んだ。
ライナは首を逸らしてかわす。だがその拳は囮だった。すぐ下から掌底が伸び、ライナの顎を狙う。ライナは咄嗟に両腕を交差させて受けた。
ドンッ!!
重い衝撃が腕の骨まで響く。
受け切った――そう思った瞬間、今度は足元を刈りに来る低い蹴り。ライナは跳ぶ。けれど跳んだ先に、レオニルの肩が待っていた。
体当たりだった。
ライナの小さな身体が宙で弾かれ、土の上を転がる。
観客席が総立ちになる。
「押してるぞ!」
「レオニル様ぁ!!」
「そのまま決めろ!!」
ノエルが息を呑んだ。
「ライナ……!」
ライナはすぐに膝をつき、立ち上がる。息は荒い。肩も脇腹も痛む。けれど仮面の奥の瞳はまだ燃えていた。
レオニルは距離を詰めながら言う。
「さっきからの動き。体術。お前、どこで覚えた」
ライナの心臓が強く鳴る。
答えない。
答えられない。
レオニルの動きには、フェルナ村で叩き込まれた一族の体術が混ざっていた。踏み込みの角度、腰の捻り、打撃の繋ぎ。全部、見覚えがある。
ライナは痛みを押し込み、構えを下げた。
少しだけ低く。少しだけ柔らかく。
その構えにレオニルは困惑をした。対戦相手の体術にどこか見覚えがあった。いったい何者だ?その一瞬の揺れを、ライナは見逃さなかった。
地を蹴る。今までで最速の踏み込みだった。低く滑り込み、レオニルの死角へ潜る。レオニルは咄嗟に肘を落とす。ライナはそれを肩で受け、体を沈めながら脇腹へ拳を叩き込む。
ドッ!
レオニルの息がわずかに止まる。
さらにライナは反転し、下から蹴り上げるように足を振った。レオニルは腕で防ぐが、完全には止め切れない。体勢が崩れ、一歩後ろへ下がる。
会場が揺れた。
「押し返した!」
「仮面の女だ!!」
ライナは間を置かず追撃する。
拳。
膝。
回し蹴り。
全部が速い。けれど、ただ速いだけじゃない。小柄な体を最大限に活かし、大きな相手の懐に潜って打ち込み、離れる。打っては消え、消えては打つ。
レオニルも負けていない。腕で受け、肘で迎撃し、体をぶつけて距離を潰す。両者の打撃が交差するたび、乾いた音が闘技場に響いた。
何度目かのぶつかり合いのあと、二人は同時に後ろへ跳んだ。
距離が開く。土煙の向こうで、二人が睨み合う。
ライナの呼吸は荒い。レオニルの額にも、汗が滲んでいた。
そしてレオニルが一気に踏み込んだ。決着をつけにきた。ライナも同時に地を蹴る。
二つの影が、リングの中央で正面からぶつかった。
拳がぶつかる。レオニルの一撃は重かった。ライナの細い腕がきしむ。だが、ライナは引かなかった。
もう一度、拳。
もう一度、蹴り。
互いの間合いで、最後の打ち合いが始まる。
レオニルが右を振るう。ライナは紙一重でかわした。続く肘打ちも身を沈めて外す。
その瞬間だった。
ライナは、レオニルの懐に深く入り込んだ。
「……っ!」
低い体勢のまま、腹へ一撃。レオニルの息が止まる。
さらに、踏み込み。ライナの身体がばねみたいに跳ねた。
渾身の蹴りが、真っ直ぐレオニルの顎を打ち抜く。
ドゴッ!!
鈍い音が響いた。
レオニルの身体が大きく仰け反る。二歩、三歩とよろめき、最後には膝から崩れ落ちた。
静寂。
そして次の瞬間、会場が爆発した。
「勝ったああああ!!」
「仮面の女だ!!」
「優勝だあああ!!」
ライナは荒い息を吐きながら、倒れたレオニルを見つめた。
レオニルは土の上で薄く目を開き、仮面の奥のライナを見上げる。
「お前はいったい誰なんだ。」
ライナはゆっくりとレオニルに歩み寄る。そして、震える手で仮面に触れた。
会場の歓声が、少しずつ静まっていく。
仮面が外れる。鮮やかな赤髪が、土埃の中で揺れたのだった。
これからもよろしくお願いします!




