56話 ノクトの師匠
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ヴァルグランの召喚した三頭の炎龍が冥澄の女神に向かう。ノクトはエリシアと更なる魔法を生み出そうとしていた。
ノクトはエリシアの手を強く握る。そしてノクトはエリシアの目をじっと見た。その表情は固い決意を灯している。
「エリシア。俺がエリシアのマナを使って魔法を発動するには限界がある。魔法使い1人が一度に使える魔力は無限じゃない。なら2人で一緒に魔法を作ろう。」
「2人で一緒に?そんなの聞いたことないわ。自分1人でもマナの微妙な調整をすることが難しいのに、2人でマナを調整するなんてできるわけがないわ。」
ノクトは握るエリシアの手をそっと自分のおでこにつけた。ノクトは目を瞑る。そして口元は優しく笑っていた。
「エリシア。俺はマナの声が聞こえるんだ。」
エリシアはノクトの余りにも穏やかな様子に目を見開いた。
「マナは生きてる。誰のマナだって思いを寄せれば言葉にして答えてくれる。だから俺はエリシアのマナとも会話ができる。」
「どういうこと?さっぱり分からないわ。」
「俺のマナと本気で会話しようとしてみてくれ。俺はもうエリシアの体を流れるマナと会話をしているから。」
エリシアは本気でマナとの会話を試みた。当たり前だが上手いこといかない。
「焦ったら駄目だ。目を瞑って優しい気持ちになるんだ。じゃあ何だか温かい気持ちになるから。」
エリシアは目を瞑る。そして穏やかな気持ちになるこに努めた。焦ってはいけない。穏やかに。そしてマナとの会話を試みる。すると確かに何だか体が温かくなった気がした。
「エリシア。今だ。お互いにマナとの呼吸を合わせて。」
ノクトとエリシアが互いに魔力を放出する。光と闇。それぞれが重なり合って新たな魔力となった。
「これが冥澄のマナ。このマナをあの女神に送るんだ。」
ノクトとエリシアが魔力を最大限に放出して息を合わせる。すると何だか2人の心が通い合った気がした。
2人は互いの心を汲み取る。そして同時に呪文を詠唱した。
「冥澄輪葬・虚空輪墓」
言葉が重なった瞬間、瓦礫の上に広がる冥澄の気配が一段深くなる。それは光でも闇でもない。澄んだ無彩が世界の輪郭を薄くした。
冥澄の女神が、ゆっくりと顔を上げた。その輪郭はまだ曖昧だ。霧のようで、今にも消えそうで。だが背後に浮かぶ境界輪だけは、異様に鮮明だった。
三頭の炎龍が、唸り声と共に突進する。赤い顎が開き、灼熱が空間を噛み砕く勢いで迫ってくる。
ノクトは歯を食いしばり、エリシアの手をさらに強く握った。
「この魔法でこの戦いを終わらせるんだ!」
「ええ。あなたのマナの声が聞こえる。この魔法は強い!」
二人のマナが、女神へ流れ込む。円陣が澄み切り、境界の線が確定する。
――そして一瞬、時が止まったように見えた。
次の瞬間。
空が、静かに欠けた。
雲の上――いや、世界の上に、巨大な円が現れる。
白でも黒でもない輪郭。光が反射せず、闇が吸わない輪。
巨大な境界輪が、空に口を開けた。
そして――落ちてきた。
速くない。
だが、止めようがない。
落下そのものが、葬送だった。
三頭炎龍が、その落下へ噛みつく。
灼熱がぶつかる。
爆発が起きる――はずだった。
しかし、音が出ない。
熱が広がらない。
炎は炎であることを忘れたみたいに、輪の縁で“ほどけて”いく。
境界輪が地面へ触れた瞬間――
世界が、沈んだ。
瓦礫も、空気も、火の粉も。
赤い炎龍の巨体すら、輪の内側へ落ちるのではなく埋められる。
ギチ、と何かが軋む感覚だけが骨に残る。
物質も、熱も、音も。
輪の内側に吸い込まれ、二度と外へ戻らない。
三頭の炎龍は、吠える間もなく輪の墓へ沈み――
最後に、赤い瞳の光だけが一瞬揺れて、消えた。
冥澄の女神は、指先を下ろす。
巨大な輪は、痕跡すら残さない。
そこにあったはずの戦場の一部が、最初から存在しなかったように抜け落ちていた。
ヴァルグランの表情が、初めて歪んだ。
「……輪の……墓……?」
冥澄の女神は答えない。
ただ、境界の気配だけで宣告する。
――ここは、墳。
――触れたものは、世界から退場する。
ノクトとエリシアは息を呑んだ。
二人の手のひらから、冥澄のマナがまだ流れている。
そして女神の輪郭は、さっきより少しだけ確かになっていた。
女神は握った境界輪をヴァルグランに振り下ろした。ヴァルグランはその攻撃に対抗したが、もう殆どの魔力を使っていた。そのために反撃の魔法も無駄に終わった。
ヴァルグランは境界輪に埋もれた。すると意識を失う瞬間、走馬灯のように過去の記憶が蘇った。
ヴァルグランはもともと名のある貴族の生まれだった。しかしヴァルグランの一家は親族の裏切りによって崩壊した。
まだ幼いヴァルグランは父母や兄弟を全て失った。親族による嘘の告げ口によって一家は皆殺しにあったが、母が幼いヴァルグランだけを物置に隠したのだった。
ヴァルグランは途方にくれた。当分の間は盗みで命を繋いだ。誰も助けてはくれない。餓死一歩手前だった。そんな彼を助けたのがノクトの父であるバルカディアスだった。
バルカディアスは一目見てヴァルグランの才能を見抜いた。彼には世界一の火属性魔法使いになれるマナが流れている、魔王はヴァルグランを連れ帰ってありとあらゆる指導を施した。
ヴァルグランにとってバルカディアスは父も同然だった。たまたま自分の命を救ってくれた人が魔王だっただけで、自分の半生以上を育ててくれたのはバルカディアスだ。
ヴァルグランは過去の記憶を一つ一つ巡っていく。そして彼が最も印象的だったのはノクトとの出会いだった。
みなし児であるノクトを見てヴァルグランは過去の自分を思い出した。この子は自分と全く一緒だと思った。だからこそノクトのことを誰よりも思いやっていた。
ヴァルグランはノクトに初めて稽古をつけた日のことを思い出す。ヴァルグランの指導は厳しかった。まだ幼いノクトは何度も何度もヴァルグランの前で涙を流した。ヴァルグランはノクトに戦いの英才教育を施した。しかしそれもノクトに対する愛からだった。
この世界は力が全て。武力がないと大切なものを全て失ってしまう。幼いヴァルグランが経験した家族の皆殺しは彼に永遠の傷を与えた。ヴァルグランはその企てに加担した全てのものを後ほど殺害したが、その傷は癒えることがない。力がないがために失うものは、いつも一生と戻ってこないものばかり。それを1番に分かっていたのはヴァルグランだった。
ノクトと過ごした日々が走馬灯のように巡る。彼はノクトの父であるバルカディアスよりもノクトと一緒にいた。我が子のように思っていた。それもあってノクトこそが次期の魔王であって欲しいとヴァルグランはずっと願っていた。異母兄のゼルクよりも自らが育てたノクトに魔王様から全てを引き継いで欲しかった。だからこそノクトが実の父を暗殺したことを知って大変なショックを受けた。ノクトのことが分からなくなった。自らの地位を落としてでも手に入れたかったものがなんなのか。だがヴァルグランは最後の瞬間にそれを悟った。
ヴァルグランの目の前には、幼いときに別れた父や母、兄弟たちがいた。自分だけが歳をのうのうと重ねている。ヴァルグランはすまないと涙を流す。だが父母や兄弟たちはヴァルグランの全てを許して受け入れた。そしてヴァルグランは自らを許してくれた家族を見て、ノクトの守りたかったものが分かったような気がした。
優しさ。幸せ。それの裏にある理不尽や不条理。全てがごちゃごちゃに混ざり合って、その境界線に引かれた一本の線。その確かに存在する線にヴァルグランは生命の強さを感じた気がした。
ヴァルグランは泣きながら自らの家族たちに抱きついた。そして境界輪がヴァルグランの家族に降りかかる。その魔法はヴァルグランにとって何だか救いのように思われた。
ヴァルグランは死んだ。ノクトはヴァルグランの遺体を見る。そしてエリシアにばれないようにそっと涙を流したのだった。
これからもじゃんじゃん描き続けます!




