52話 ヴァルグランとの再戦
今日も読んで頂きありがとうございます!
暁の者たちがレンデルで魔王軍と戦闘を開始する頃、ノクトとエリシアはベルナール王城の外壁に辿り着いていた。
遠くからでも分かる。街の方角が赤く揺れている。爆発音が、石畳の下から腹に響くように遅れて届く。叫び声はここまで届かないのに、戦場の熱だけが風に乗って流れてきた。
「始まったわね……」
エリシアが小さく呟く。いつもの鋭さがあるのに、声だけは妙に静かだった。
王城は、石でできた巨大な獣のようにも見えた。尖塔と城壁。門は閉ざされ、外壁の上には黒い外套の兵が規則正しく並ぶ。
「警備、薄くなってる……とはいえ、ゼロじゃないな」
ノクトは目を細める。巡回の数は確かに減っている。だが、残っているのは“雑兵”じゃない。動きが揃いすぎている。気配が重い。
「ヴァルグランは戦場に兵を回した。残したのは城を守れる精鋭だけ。……当然よね」
エリシアが唇の端を上げた。
「でも、こっちは当然を崩しに来たのよ」
ノクトは頷く。背中にある漆黒の杖の重さを思い出すように、手のひらを一度握り直した。
「行こうか。。音は立てないようにしよう。魔法も最小限に。」
「ええ。あなたが闇を漏らせば噂が広がる。私が光を使っても同じ。……だから剣で行くわ」
彼らは王城に潜入した。そして次々と城を護衛する精鋭たちを突破していく。彼らは無傷でヴァルグランのいる王室まで辿り着いたのだった。
天井は高く、柱は太く、石は黒く焼けていた。壁にはベルナールの紋章が削ぎ落とされ、その上から〈堕天の双翼〉が塗り潰すように刻まれている。床は白い大理石だったはずなのに、今は灰色に煤け、熱で波打って見えた。
空気が、重い。
火の匂いじゃない。火そのものが、呼吸するみたいに満ちている。
王座へ続く赤い絨毯は、途中で焦げて途切れていた。焦げ跡の先――段差の上に、玉座。
そこに、男が座っている。
足を組み、肘掛けに腕を預け、頭を少しだけ傾けていた。まるで退屈な芝居を観ているみたいに。
ヴァルグラン。
姿は派手じゃない。豪奢な鎧も纏っていない。だが、存在だけが異常だった。目が合った瞬間、体の内側の水分が一気に奪われるような錯覚がした。
そして、その周囲には――護衛がいない。そもそも世界最強の火魔法使いに護衛など必要ではなかった。
「……来たか」
ヴァルグランが言った。
声は低く、驚きが一切ない。最初からここに来ると知っていた口ぶり。
ノクトは一歩も下がらなかった。剣を構えるわけでもなく、ただ目を逸らさない。
「ヴァルグラン。幼い俺はあんたに育てられた。感謝はしてる。でも俺があんた達を倒さなきゃならないんだ。そうしないと世界は変わらない。」
ヴァルグランが鼻で笑った。そして彼は王座から立ち上がった。
「ノクト!お前がこの世界を本気で変えたいなら俺のことを殺してみろ!」
ヴァルグランは最初から最上級の魔法を唱えた。
熾印点火――紅蓮炎龍、招来。
真っ赤な炎で形作った巨大な龍が現れた。紅蓮炎龍が天井を突き破る。瓦礫が上から落ちてきた。
ノクトはエリシアの手を取る。そして黒い杖を握った。
「エリシア。もう俺たちは負けない。だって俺たちには救わないといけない世界があるからさ。」
「当たり前よ。魔王軍を滅ぼすまであなたを死なせないわ。その闇魔法で世界を救って貰わないとね。」
ノクトはエリシアに微笑んだ後、呪文を詠唱した。
ノクトはエリシアから流れてくる光のマナを自らの体内に取り入れることを意識する。そしてその魔力をそのまま魔法生成に使用する意識。闇のマナだけでなく光のマナも借りて魔法を作ること。彼はヴァルグランとの敗戦以降に、この他者のマナを自らに取り入れる技術獲得に励んでいた。
冥印解放――漆黒龍、降臨。
ノクトの足元に、黒い紋が浮かび上がった。
光でも闇でもない、“境界”の色。闇が深く沈み、そこへエリシアの光が細い糸のように絡みつき、縁取りだけが淡金に発光する。
次の瞬間――床が、鳴いた。
ゴゴ……ッ。
石が砕ける音ではない。空間そのものが“裂ける”音だ。紋の中心が穴になる。底なしの夜が開き、そこから、黒い龍がせり上がってくる。
漆黒龍。
紅蓮炎龍が炎でできた“形”なら、こっちは闇でできた“重さ”だった。鱗は光を吸い、影は影を喰う。吐息さえ見えないのに、ただ存在するだけで温度が下がる。
――寒い。
さっきまで熱で乾いていた喉が、逆に凍りつきそうになる。
エリシアが一度だけ息を詰め、ノクトの手を強く握り返した。
ノクトは視線を上げる。漆黒龍の瞳が、赤い炎龍を捉えた。
紅と黒が、空中で睨み合う。
ヴァルグランが肩を揺らして笑った。
「そうだ。それだ。……その漆黒龍こそが元魔王バルカディアス様の形見だ。さすが実の子なだけあるな。」
「俺はあんたを超えてみせる。」
「懐かしいな。お前に成長も感じる。だがまだまだ早い。」
ヴァルグランが指を鳴らす。
紅蓮炎龍が吠え、天井の穴から一気に落ちてきた。落下の衝撃で瓦礫が舞い、熱の波が押し寄せる。
ノクトは杖を前に突き出した。
「漆黒龍――迎え撃て」
漆黒龍が、音もなく跳ねた。
紅の龍が“熱”で押し潰そうとする。
黒の龍が“重さ”で呑み込もうとする。
激突。
――爆発しない。
互いが互いの存在を否定し合い、空間が“無音”になった。炎の轟きも、石の崩れる音も、何も聞こえない。代わりに、視界の端が歪む。世界が二つの属性の間で引き裂かれかけている。
エリシアが歯を食いしばる。
「このままじゃ……王城がもたない!」
エリシアの声が、無音の裂け目を貫いた。
次の瞬間、天井の梁が悲鳴を上げる。赤と黒のぶつかり合いが生む“圧”が、石造りの王室を内側から押し広げていく。
ミシ……ミシミシ……ッ。
柱の根元に蜘蛛の巣みたいな亀裂が走り、床の大理石が浮き上がった。崩落の予兆が、建物全体に伝播していく。
ノクトは唇を噛む。
漆黒龍は紅蓮炎龍を呑み込みきれない。紅蓮炎龍も漆黒龍を燃やし尽くせない。力が拮抗している――だからこそ、相殺じゃない。“押し合い”が生まれて、空間が歪む。
そして歪みは、もう限界に近かった。
柱の亀裂が、音を立てて開く。
天井の梁が、最後の耐えを見せるみたいに震える。
このまま続ければ、王城は崩れる。
闇が波打ち、漆黒龍が吠える。音はない。だが、空間が裂ける感覚だけが、骨に響いた。
「冥印解放――」
そこへ、ヴァルグランが重ねて唱えた。
「熾印点火――」
紅蓮炎龍がさらに巨大化する。炎が天井の穴から溢れ、王室そのものを赤く染めた。
この瞬間、王城は“器”であることをやめた。
ただの戦場になった。
ノクトは吠える。
「漆黒龍――喰らえ!!」
ヴァルグランも、同じ熱量で嗤う。
「紅蓮炎龍――燃やせ!!」
黒と紅が、正面から噛み合った。
次の瞬間。
――音が、戻った。
しかしそれは、炎の轟きでも、石の崩れる音でもない。
世界が割れる音だった。
バキィン、と。
視界の端から端まで、空間に“亀裂”が走った。
王室の床が、割れる。
柱が折れる。
天井が落ちる。
王城が、内側から崩壊していく。
エリシアはとっさにノクトへ飛びつき、その胸倉を掴んだ。
「……っ! 落ちる!!」
「落ちるなら――一緒に落ちる!!」
ノクトはエリシアを抱き寄せ、闇を広げた。
黒い膜が、二人の周囲だけを包む。
瓦礫が叩きつけられる。
熱が押し寄せる。
衝撃が骨を揺らす。
そして――
全てが、崩れ落ちたのだった。
マイペースに投稿していくので、ブックマーク登録して貰えたら嬉しいです!




