表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
魔王殺しノクト  作者: 藤原 光希
ベルナール革命編

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
52/109

52話 紅蓮炎龍と漆黒龍

ただいま全話を改稿しています。編集日が2026年6月以降のものをお読み下さい。

 暁の者たちがレンデルで魔王軍との戦闘を開始する頃。


 ノクトとエリシアは、ベルナール王城の外壁へ辿り着いていた。


 遠くからでも分かる。


 街の方角が赤く揺れていた。


 爆発音が、遅れて腹の奥へ響いてくる。


 叫び声までは届かない。


 それでも戦場の熱だけが、風に乗ってここまで流れてきていた。


「始まったわね……」


 エリシアが小さく呟いた。


 いつもの鋭さはある。


 だが、その声だけは妙に静かだった。


 レンデルでは、ライナたちが戦っている。


 ユリウスも。


 レオンも。


 ノエルも。


 リュカも。


 暁の者たちも。


 全員が、それぞれの場所で命を懸けている。


 だからこそ、自分たちは前へ進まなければならない。


 ノクトはベルナール王城を見上げた。


 巨大な石の獣のような城だった。


 高い尖塔。


 分厚い城壁。


 固く閉ざされた門。


 外壁の上には、黒い外套をまとった魔王軍の兵士たちが規則正しく並んでいる。


「警備は薄くなってる」


 ノクトは目を細めた。


「……けど、ゼロじゃないな」


 巡回している兵の数は、確かに少ない。


 ヴァルグランがレンデルへ兵を回したのだろう。


 だが残っている者たちの動きは、明らかに雑兵のものではなかった。


 足並みが揃いすぎている。


 気配も重い。


「ヴァルグランは戦場に兵を回した」


 エリシアが外壁を見上げながら言う。


「残したのは、王城を守れる精鋭だけ。まあ、当然ね」


「ああ」


 ノクトは頷いた。


 背中にある漆黒の杖の重さを確かめるように、手のひらを一度握る。


「行こう。音は立てないようにする。魔法も最小限だ」


「ええ」


 エリシアは腰の聖剣へ手を添えた。


「あなたが闇を漏らせば、すぐに気づかれる。私が光を使っても同じ」


 聖剣を静かに抜く。


「だから剣で行くわ」


 二人は王城へ潜入した。


 城壁の陰を抜ける。


 巡回兵の死角へ入り、無言で距離を詰める。


 ノクトの剣が兵士の意識を刈り取り、エリシアの聖剣が鎧の隙間を正確に断つ。


 大きな音は立てない。


 余計な魔法も使わない。


 城を守る精鋭たちは強かった。


 だが、ノクトとエリシアを止めるには足りなかった。


 二人は次々と護衛を突破していく。


 階段を駆け上がり、長い廊下を抜け、重い扉の前へ辿り着いた。


 その奥からは、熱が漏れている。


 扉の隙間から、赤い光が揺れていた。


「この先ね」


 エリシアが言う。


 ノクトは深く息を吸った。


 ここにいる。


 世界最強の火属性魔法使い。


 かつて自分を鍛えた男。


 そして、ザルベックで自分たちを圧倒した六魔星。


「行くぞ」


 二人は扉を押し開けた。


 そこは玉座の間だった。


 天井は高い。


 柱は太く、黒く焼け焦げている。


 かつて壁に掲げられていたベルナールの紋章は削り落とされ、その上から魔王軍の紋章である堕天の双翼が刻まれていた。


 床は白い大理石だったはずだ。


 だが今は灰色に煤け、熱で波打っているように見える。


 空気が重い。


 火の匂いではなかった。


 火そのものが、この空間で呼吸しているようだった。


 王座へ続く赤い絨毯は、途中で焦げて途切れている。


 焦げ跡の先。


 段差の上に、玉座があった。


 そこに一人の男が座っている。


 足を組み、肘掛けに腕を預け、頭を少しだけ傾けていた。


 まるで退屈な芝居でも見ているような姿勢だった。


 ヴァルグラン。


 豪奢な鎧をまとっているわけではない。


 派手な装飾もない。


 だが、その存在だけが異常だった。


 目が合った瞬間、ノクトは体の内側の水分が一気に奪われるような錯覚を覚えた。


 周囲には護衛がいない。


 当たり前だった。


 世界最強の火属性魔法使いに、護衛など必要ない。


「……来たか」


 ヴァルグランが言った。


 低い声。


 驚きは一切ない。


 最初からノクトたちがここへ来ると分かっていたような口ぶりだった。


 ノクトは一歩も下がらない。


 剣を構えることもなく、ただヴァルグランを見つめた。


「ヴァルグラン」


 ノクトは静かに口を開いた。


「幼い頃の俺は、あんたに育てられた」


 エリシアは隣で黙って聞いている。


「あんたに教わったことは、今でも俺の中に残ってる。感謝もしてる」


 それは嘘ではなかった。


 ヴァルグランは、ノクトに戦いを教えた。


 魔王の息子としての在り方も、力の扱い方も、何度も叩き込まれた。


 だが。


「それでも、俺はあんたたちを倒さなきゃいけない」


 ノクトの瞳に、強い光が宿る。


「そうしないと、世界は変わらない」


 ヴァルグランは鼻で笑った。


 ゆっくりと玉座から立ち上がる。


「ノクト」


 その名を呼ぶ声に、どこか懐かしさが混じっていた。


「お前が本気でこの世界を変えたいのなら」


 ヴァルグランの周囲で炎が揺らめく。


「俺を殺してみろ」


 次の瞬間。


 ヴァルグランは、最初から最上級の魔法を唱えた。


熾印点火しいんてんか――紅蓮炎龍ぐれんえんりゅう招来しょうらい


 玉座の間の空気が爆ぜた。


 真紅の炎が渦を巻き、天井へ向かって伸びていく。


 それはただの炎ではない。


 龍の形を取った、圧倒的な魔力だった。


 巨大な爪。


 うねる胴体。


 燃え盛る鱗。


 紅蓮炎龍が吠えた瞬間、天井が内側から弾け飛んだ。


 石と瓦礫が降り注ぐ。


 熱風が玉座の間を満たした。


 ノクトはエリシアの手を取った。


 もう片方の手で、漆黒の杖を握る。


「エリシア」


「何?」


「もう俺たちは負けない」


 ノクトは紅蓮炎龍を見上げる。


「俺たちには、救わなきゃいけない世界があるからな」


 エリシアは、ノクトの手を強く握り返した。


「当たり前よ」


 光のマナが、彼女の体からノクトへ流れ込んでくる。


「魔王軍を滅ぼすまで、あなたを死なせない」


 エリシアは強気に笑った。


「その闇魔法で、世界を救ってもらわないと困るもの」


 ノクトも小さく笑った。


 そして目を閉じる。


 エリシアから流れてくる光のマナを、自分の体内へ取り込む。


 以前のノクトなら、闇は闇だけで扱っていた。


 だがザルベックでヴァルグランに敗れてから、彼はずっと鍛えてきた。


 他者のマナを受け入れる技術。


 エリシアの光を借り、自分の闇と混ぜるのではなく、支えとして使う感覚。


 闇のマナだけでは足りない。


 暴走する。


 だから光で闇の輪郭を支える。


 ノクトは、その感覚を何度も練習してきた。


 今、その成果を見せる時だった。


冥印解放めいいんかいほう――」


 ノクトの足元に、黒い紋が浮かび上がる。


 そこに、エリシアの光が細い糸のように絡みついた。


 光でも闇でもない。


 境界の色。


 深く沈む闇の縁だけが、淡い金色に発光する。


漆黒龍しっこくりゅう降臨こうりん


 床が鳴いた。


 石が砕ける音ではない。


 空間そのものが裂ける音だった。


 紋の中心が穴になる。


 底なしの夜が開く。


 そこから、黒い龍がせり上がってきた。


 漆黒龍。


 紅蓮炎龍が炎でできた形なら、漆黒龍は闇でできた重さだった。


 鱗は光を吸い込む。


 影は影を喰う。


 吐息さえ見えないのに、存在するだけで周囲の温度が落ちていく。


 寒い。


 先ほどまで熱で乾いていた喉が、今度は凍りつきそうになる。


 エリシアが一度だけ息を詰めた。


 それでも、ノクトの手を離さない。


 ノクトは視線を上げる。


 漆黒龍の赤い瞳が、紅蓮炎龍を捉えた。


 紅と黒。


 二体の龍が、空中で睨み合う。


 ヴァルグランが肩を揺らして笑った。


「そうだ。それだ」


 燃えるような瞳で、漆黒龍を見る。


「その漆黒龍こそが、元魔王バルカディアス様の形見」


 ヴァルグランは、どこか懐かしむように言った。


「さすが実の子だな」


「俺はあんたを超えてみせる」


 ノクトが言う。


「懐かしいな」


 ヴァルグランは低く笑った。


「お前の成長も感じる」


 そして、紅蓮炎龍へ手をかざした。


「だが、まだ早い」


 ヴァルグランが指を鳴らす。


 紅蓮炎龍が吠えた。


 天井の穴から、一気に落ちてくる。


 落下の衝撃で瓦礫が舞い、熱の波が押し寄せた。


 ノクトは杖を前へ突き出す。


「漆黒龍、迎え撃て」


 漆黒龍が音もなく跳ねた。


 紅の龍が、熱で押し潰そうとする。


 黒の龍が、重さで呑み込もうとする。


 二体の龍が激突した。


 爆発は起きなかった。


 互いが互いの存在を否定し合い、空間そのものが無音になる。


 炎の轟きも。


 石の崩れる音も。


 何も聞こえない。


 ただ視界の端だけが歪む。


 世界が、紅と黒の間で引き裂かれかけていた。


 エリシアが歯を食いしばる。


「このままじゃ……王城がもたない!」


 その声が、無音の裂け目を貫いた。


 次の瞬間。


 天井の梁が悲鳴を上げた。


 紅蓮炎龍と漆黒龍のぶつかり合いによって生まれた圧が、石造りの玉座の間を内側から押し広げていく。


 ミシ。


 ミシミシッ。


 柱の根元に、蜘蛛の巣のような亀裂が走る。


 床の大理石が浮き上がった。


 崩落の予兆が、王城全体へ伝わっていく。


 ノクトは唇を噛んだ。


 漆黒龍は、紅蓮炎龍を呑み込みきれない。


 紅蓮炎龍も、漆黒龍を燃やし尽くせない。


 力が拮抗している。


 だから相殺ではない。


 押し合いになっている。


 その歪みが、空間と王城そのものを壊そうとしていた。


「ノクト!」


 エリシアが叫ぶ。


「分かってる!」


 ノクトはさらにエリシアの光を受け取る。


 漆黒龍の輪郭が、淡い金色を帯びた。


 だがヴァルグランも引かない。


熾印点火しいんてんか――」


 紅蓮炎龍がさらに巨大化する。


 天井の穴から炎が溢れ、玉座の間全体を赤く染めた。


「紅蓮炎龍、燃やせ!」


冥印解放めいいんかいほう――」


 ノクトも杖を握りしめる。


 腕に血管が浮き上がった。


「漆黒龍、喰らえ!」


 紅と黒が、正面から噛み合った。


 その瞬間。


 音が戻った。


 だがそれは、炎の轟きでも、石の崩れる音でもなかった。


 世界が割れる音だった。


 バキィン。


 視界の端から端まで、空間に亀裂が走る。


 玉座の間の床が割れた。


 柱が折れる。


 天井が崩れ落ちる。


 王城が、内側から崩壊していく。


「……っ!」


 エリシアはとっさにノクトへ飛びついた。


 その胸倉を掴む。


「落ちる!」


「落ちるなら――」


 ノクトはエリシアを抱き寄せた。


「一緒に落ちる!」


 闇を広げる。


 二人の周囲だけを包み込むように、黒い膜が展開された。


 瓦礫が叩きつけられる。


 熱が押し寄せる。


 衝撃が骨を揺らす。


 耳元で、石が砕ける音が何度も響いた。


 紅蓮炎龍と漆黒龍の衝突によって、玉座の間は形を保てなくなっていた。


 王城の上層部が崩れる。


 柱も。


 壁も。


 玉座も。


 何もかもが落ちていく。


 ノクトはエリシアを抱きしめ、闇の膜を必死に維持した。


 彼女だけは守る。


 ここで失うわけにはいかない。


 そして――


 すべてが、崩れ落ちた。

マイペースに投稿していくので、ブックマーク登録して貰えたら嬉しいです!

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ