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魔王殺しノクト  作者: 藤原 光希
ベルナール革命編

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47/141

47話 街が立ち上がる日

ただいま全話を読みやすくするために改稿中です。編集日が2026年6月以降のものをお読み頂きたいです。よろしくお願い致します。

 革命の日。


 ベルナールを支配する魔王軍は、レンデルの街を総攻撃するために動き始めていた。


 夜明け前から降り続く雨が、街道を白く煙らせている。


 その雨の中を、黒い軍勢が進んでいた。


 魔王軍の兵士。


 異形の魔物。


 重い武器や攻城兵器を運ぶ部隊。


 足音は乱れていない。


 誰一人として余計な言葉を発さず、まるで一つの巨大な生き物のようにレンデルを目指している。


 今回の弾圧を指揮するのは、黒翼将ヴァイス=クロウフォードだった。


 三十代前半。


 銀色の長い髪を、後ろで一つに束ねている。


 薄い青灰色の瞳からは、感情の動きをほとんど読み取れない。


 口元には、礼儀正しい微笑だけが貼りついていた。


 身を包むのは漆黒の外套。


 風に揺れるたび、その内側にある深紅の布地が見える。


 胸元には、魔王軍を象徴する堕天の双翼。


 両手には真っ白な手袋をはめていた。


 ヴァイスは汚れ一つない指先を整えながら、静かな声で命令を下していく。


「東側の道を塞いでください」


「はっ!」


「住民が逃げ出した場合、追う必要はありません。目的は暁の殲滅です」


 声を荒らげない。


 兵士を威圧することもない。


 それでも、命令に逆らう者はいなかった。


 ヴァイスは戦場へ向かう将軍というより、街そのものを処理するために派遣された男だった。


「レンデルを包囲します」


 白い雨の向こう。


 ヴァイス=クロウフォードは、静かに包囲網を完成させていった。



 一方、暁の準備も整っていた。


 レンデルの通りを、暁の隊員たちが走り回っている。


 すでに避難を始めている住民も多かった。


 それでも自宅の窓や扉から顔を出し、革命の始まりを見守っている者もいる。


 暁の男が、街中へ響くほどの声で叫んだ。


「この国に救いを求める者は、家の中にある物をすべて投げてくれ!」


 住民たちが一斉に男を見る。


「壊れていても構わない!ゴミでもいい!大きければ大きいほど力になる!」


 男は両腕を広げた。


「俺たちに力を貸してくれ!」


 一瞬の静寂。


 その直後だった。


 一軒の家の窓が開き、古びた椅子が通りへ投げ落とされた。


 続いて、割れた木箱が落ちる。


 使えなくなった鍋。


 壊れた机。


 錆びた農具。


 穴の開いた樽。


 次々と、家の中から物が投げ出されていった。


「これも使ってくれ!」


「魔王軍を追い出してくれ!」


「頼むぞ、暁!」


 住民たちは、レンデルの若者たちへ希望を託していた。


 何人もの男たちが協力して、大きな箪笥を家から運び出す。


「せーの!」


 掛け声と共に、通りへ倒した。


 別の家からは、壊れた寝台が運び出される。


 古い扉。


 折れた柱。


 使われなくなった荷車。


 家を支えていた石材まで外し、差し出す者もいた。


 暁が何日もかけて集めてきた瓦礫。


 住民たちが差し出した家財。


 レンデルの通りは、あっという間にガラクタで埋め尽くされていった。


 ユリウスは、自らが率いるアジトを戦いの中心に選んでいた。


 地下の本拠地。


 その上にある広場で、ユリウスは街を見渡していた。


 周囲には山のようなガラクタが積まれている。


「ユリウス!」


 レオンが声を上げる。


「魔王軍が街を囲んだ!」


「ああ」


 ユリウスは静かに頷いた。


 その顔に迷いはなかった。


 革命前夜に交わした約束。


 エレーヌ。


 まだ見ぬ子ども。


 仲間たち。


 そして魔王軍に殺されたルネ。


 すべてを胸に抱きながら、ユリウスは両手を掲げた。


「始める」


 周囲の空気が震え始める。


 地面に散らばっていた小石が、かすかに跳ねた。


 ユリウスの体から、膨大なマナが街全体へ広がっていく。


「街よ」


 レンデルの通り。


 家々の壁。


 積み上げられた家具と瓦礫。


 ありとあらゆる物が、ユリウスの声へ耳を傾けているようだった。


「魂の器を受け取れ」


 ユリウスの目に、赤黒い光が灯る。


「万物付魂(ばんぶつふこん)!」


 その声が落ちた瞬間。


 レンデルの街そのものが、深く息を吸った。


 地面に散らばっていたガラクタが、一つ残らず震え始める。


 まるでユリウスの呼びかけに、返事をするように。


 古びた箪笥が軋(きし)みながら起き上がった。


 壊れた車輪が、誰にも触れられていないのに回り始める。


 鉄骨が互いに引き寄せられ、骨のように組み上がっていった。


 割れた石壁。


 砕けた瓦。


 錆びた釘。


 折れた板。


 それらが生き物の筋肉のように絡み合っていく。


 一体。


 二体。


 街角の至るところで、巨大な人型の兵士が立ち上がった。


 車輪を足にした兵士。


 箪笥を胴体にした兵士。


 石壁と鉄骨で作られた兵士。


 住民が差し出した物も。


 暁が集めた物も。


 壊れて捨てられるはずだった物すべてが、ベルナールを守る兵士へ生まれ変わっていく。


「すごい……」


 ライナが目を見開いた。


 レンデルは、街ごと戦場へ変わった。


「やっぱりお前はすごいな」


 レオンが口を開けたまま、立ち上がっていく兵士たちを見上げている。


 ユリウスは返事をしなかった。


 一度大きく息を吐き、両手を掲げ直す。


 これだけの物へ同時に魂を宿すだけでも、膨大な魔力を消耗していた。


 それでも、まだ終わりではない。


「壁を二枚」


 ユリウスが静かに命じた。


 その言葉だけで充分だった。


 街中のガラクタが一斉に反応する。


 次の瞬間。


 地鳴りが走った。


 まず一枚目。


 レンデルの外周。


 ヴァイスの作り上げた包囲網へ対抗するように、大量のガラクタが地面から盛り上がっていく。


 木材。


 鉄骨。


 石。


 家具。


 古い盾。


 馬車の残骸。


 それらが折り重なり、巨大な城壁となった。


 ただ積み上げられただけの山ではない。


 壁の表面からは、無数の棘が突き出している。


 隙間では、歯車が高速で回転していた。


 上部には長い腕を持った兵器が並び、巨大な石や家具を抱えている。


 触れれば切り裂かれる。


 登ろうとすれば振り落とされる。


 近づけば、投石によって撃ち抜かれる。


 それはレンデルを守るために作られた、巨大な外壁だった。


 そして二枚目。


 ユリウスの地下拠点を中心に、半円状の壁がせり上がる。


 外壁とは密度が違った。


 太い鉄骨が骨組みとなる。


 その隙間を分厚い石が埋める。


 さらに黒い布と金属片が、皮膚のように表面を覆っていく。


 内壁の中心。


 幾重もの石と鉄に隠された場所に、赤黒い光が灯った。


 魂核(こんかく)。


 ユリウスが街中のガラクタへ流し込んだ魂を、繋ぎ止めるための核。


 ここを破壊されれば、レンデルを守る兵士も壁も、すべて動きを止める。


 ユリウスは魂核を抱き込むように、何重もの壁を重ねていった。


 この内壁こそ、絶対に破られてはならない最後の防衛線だった。


「外壁で時間を稼ぐ」


 ユリウスは遠くに立つ壁を見つめた。


「内壁は、絶対に割らせない」


 声は落ち着いている。


 だが、その背中はわずかに震えていた。


 レンデルの街全体を動かす。


 その負担は、これまでに使ったどの魔法よりも大きかった。


 呼吸はすでに荒くなっている。


 それでも倒れることはできない。


 ユリウスが意識を失えば、この街を守るすべての物が止まってしまう。


(この人は……)


 ライナは拳を握った。


(たった一人で、街全体を支えてるんだ)


 ノエルもユリウスの消耗に気づいていた。


 すぐに近づき、その肩へ手を添える。


 淡い光をまとった雪の精が現れ、ユリウスの周囲を舞い始めた。


「ユリウス」


 ノエルが穏やかに呼びかける。


「魔力を使い切っては駄目だからね」


「ああ」


「自分の呼吸だけは意識していて。苦しくなっても、無理に魔力を流そうとしないで」


 雪の精がユリウスの体へ溶け込む。


 乱れていた魔力の流れが、少しずつ整っていった。


「僕はしばらくここに残るよ」


 ノエルが言う。


「魔力回復の支援を続ける」


「……助かる」


 ユリウスはそれだけ答え、外壁の向こうを見た。


 白い雨の幕。


 その奥に、黒い影が並んでいる。


 魔王軍。


 軍勢の中心には、漆黒の外套をまとった一人の男がいた。



 ヴァイス=クロウフォードは、目の前に出現した巨大な壁を静かに見上げていた。


 驚いた様子はない。


 怒りも見せない。


 白い手袋へ落ちた雨粒を、指先で軽く払う。


「街全体を動かしましたか」


 薄い微笑を浮かべたまま呟く。


「少々、面倒ですね」


 ヴァイスは外壁を見つめた。


 正面から力任せに破壊しようとすれば、かなりの犠牲が出る。


 壁の上部には投石兵器。


 表面には棘と回転する刃。


 それだけではない。


 壁そのものに意思があり、魔王軍の動きに合わせて形を変えている。


 ヴァイスは白い手袋の指先で、空中へ線を引いた。


「配置を変更します」


 周囲の兵士たちが、一斉にヴァイスを見る。


「正面突破は中止してください」


「では、いかがいたしますか?」


「壁は壊すのではありません」


 ヴァイスは穏やかな口調で答えた。


「少しずつ削ります」


 その一言で、軍勢が動き始めた。


 左右の部隊が広がり、外壁の各所へ配置されていく。


 無駄な動きはない。


 一人一人が、巨大な機械を構成する歯車のようだった。


「魔物班。前へ」


 ヴァイスの命令に応じ、軍勢の奥から異様な気配が進み出た。


 地面を擦る、不快な音。


 足音が多すぎる。


 いや。


 足そのものが多すぎた。


 黒い甲殻。


 ぬめるように光る無数の節。


 腹部の下では、数え切れないほどの脚が波打っている。


 刃のような脚が地面を擦るたび、火花が散った。


 弾圧用魔物、葬脚蟲(そうきゃくちゅう)。


 群れで城壁へ取りつき、酸と刃によって削り取るために作られた魔物だった。


 さらに、その後方。


 白い雨の中で、巨大な影がゆっくりと首を上げた。


 四本の足。


 外側へ露出した鋭い骨格。


 背中からは、何本もの槍状の突起が伸びている。


 呼吸をするたび、周囲の雨粒が白く凍った。


 殲滅用魔物、白骸獣(はくがいじゅう)。


 城門や城壁を、圧倒的な重量で押し倒すための怪物だった。


「葬脚蟲は外壁へ」


 ヴァイスが命じる。


「白骸獣は、一点だけを狙ってください」


 兵士たちが武器を構える。


「穴が開けば、そこから兵を流し込みます」


「了解!」


 魔王軍が一斉に動いた。


 次の瞬間。


 外壁が悲鳴を上げた。


 葬脚蟲の群れが、黒い波となって壁へ殺到する。


 無数の脚が表面へ突き刺さった。


 鋭い刃が、木材や石を削り始める。


 口元から垂れた酸が壁へ降りかかり、木材が泡を立てながら溶けていった。


 鉄骨が赤く錆び、嫌な音を響かせる。


「攻撃開始!」


 暁の隊員が叫んだ。


 外壁の上部に並ぶ巨大な腕が動く。


 石。


 樽。


 壊れた荷車。


 そして、大きな箪笥。


 住民から託された家財が、巨大な弾丸となって宙を飛んだ。


 箪笥が葬脚蟲の群れへ直撃する。


 何体もの魔物が、甲殻ごと押し潰された。


 黒い体液が飛び散る。


 だが、後ろから次の群れが押し寄せる。


 倒れた仲間の死体を踏み越え、外壁へ取りついていく。


「多すぎる!」


 暁の弓兵が矢を放ちながら叫んだ。


 いくら倒しても、穴を埋めるように魔物が現れる。


「来た来た来たぁ!」


 レオンが楽しそうに笑った。


 全身へ雷をまとわせる。


 酒の臭いは残っている。


 だが、その琥珀色の瞳は獣のように鋭かった。


「まとめて焼いてやる!」


 レオンが片手を空へ掲げた。


 厚い雲の中で雷鳴が響く。


 直後。


 巨大な稲妻が外壁へ落ちた。


 壁を伝った雷が、群がる葬脚蟲の体を一斉に駆け抜けていく。


 魔物たちの体が弾けた。


 焦げた甲殻の臭い。


 酸によって溶けた木材の臭い。


 濡れた土と血の臭い。


 それらが混ざり合い、吐き気を覚えるほど濃くなる。


「右側!」


 外壁を監視していた隊員が叫ぶ。


「右の壁が削られている!」


「補修班!」


「ガラクタを持ってこい!」


「急げ!」


 街中で、暁の者たちが一斉に動いた。


 壁へ向かって廃材を運ぶ者。


 傷ついた仲間を下がらせる者。


 弓で葬脚蟲を撃ち落とす者。


 ユリウスの兵士へ命令を伝える者。


 立ち止まっている者は一人もいなかった。


 誰もが自分にできることを探し、必死に走り回っている。


 ライナは、その光景を歯を食いしばって見つめた。


(これが革命なんだ)


 誰か一人が戦っているのではない。


 街にいる全員が、自分たちの未来を守ろうとしている。


 家を投げ出した住民も。


 壁を修復する者も。


 前線で戦う者も。


 全員が同じ戦場に立っていた。


 守るための戦い。


 そして一度でも突破されれば、すべてが終わる戦いだった。


 葬脚蟲によって削られた外壁には、すでに大きな亀裂が入り始めている。


「外で止める」


 ライナが一歩前へ出た。


 白い雨が、赤い髪を濡らしていく。


 拳を握るたび、体から立ち上る熱が雨を蒸発させた。


「ユリウスのところまでは行かせない」


 その隣で、リュカがナイフを逆手に握った。


「じゃあ僕は、穴が開いたところに入って嫌がらせする!」


「危ないから、あんまり前に出ないでよ!」


「それはライナも同じだろ?」


「アタシは強いからいいの!」


「僕だって強いよ!」


 二人が言い合っている、その時だった。


 外壁の向こう。


 白骸獣が動いた。


 巨大な頭を低く下げる。


 四本の足が地面を強く踏みしめた。


「来るぞ!」


 誰かが叫ぶ。


 白骸獣が走り出した。


 一歩ごとに地面が沈む。


 その巨体からは想像できない速さで、外壁との距離を縮めていく。


 背中の骨が雨を弾く。


 冷たい息が白い霧となって広がった。


 白骸獣は速度を落とさない。


 そのまま巨大な肩を、外壁の一点へ叩きつけた。


 轟音。


 地面が激しく揺れる。


 外壁全体が大きく軋んだ。


 積み上げられていた家具や鉄骨がずれ、無数の亀裂が走っていく。


「もう一度来る!」


 白骸獣が後ろへ下がった。


 再び地面を蹴る。


 二度目の突進。


 巨体が、まったく同じ場所へ激突した。


 外壁の一部が大きく歪む。


 石が落ちる。


 鉄骨が折れる。


「まずい!」


 ユリウスの額から汗が流れた。


 街中へ流している魔力が、一瞬だけ乱れる。


 内壁の奥。


 魂核が激しく揺れた。


 外壁を構成している兵士たちの動きも、わずかに止まる。


 その一瞬の乱れを。


 ヴァイスは見逃さなかった。


「今です」


 静かな声が、雨の中へ落ちる。


 魔王軍の兵士たちが一斉に走り出した。


 白骸獣が三度目の突進を放つ。


 巨大な肩が、亀裂の中心へ激突した。


 外壁が破裂する。


 木材。


 石。


 鉄骨。


 大量のガラクタが、爆発したように内側へ吹き飛んだ。


 壁に大きな穴が開く。


「突入してください」


 ヴァイスが命じた。


「暁を、一人残らず処理します」


「おおおおおっ!」


 魔王軍の兵士たちが、壁の割れ目へ殺到した。


 黒い波が、レンデルの中へ流れ込んでくる。


「入られた!」


「前線班、迎え撃て!」


「壁の補修を急げ!」


 怒号が飛び交う。


 魔王軍が、ついにレンデルの街へ侵入した。


 ライナは両拳を打ち合わせた。


 全身から紅蓮の炎が噴き出す。


「行くよ!」


 足元に広がっていた水たまりが、一瞬で蒸発した。


 ライナは地面を蹴る。


 外壁の割れ目へ向かい、一直線に駆け出した。


 その後ろを、リュカや暁の前線部隊が追いかける。


 割れた壁の向こう。


 押し寄せる魔王軍。


 黒く波打つ葬脚蟲。


 そして、冷たい息を吐く白骸獣。


 ライナは燃える拳を構えた。


 ベルナールの歴史を変える戦い。


 革命の日の本当の始まりが、今、幕を開けた。

今回も読んで頂きありがとうございました!

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