47話 革命の始まり
最近寒いですね。体調には気をつけて下さいね。
革命の日。魔王軍はレンデルの街を総攻撃するために出発していた。今回の弾圧を仕切るのは黒翼将ヴァイス=クロウフォードだった。
ヴァイスは銀髪を後ろで束ねた、30代前半の黒翼将。薄い青灰の瞳で感情の起伏が読めず、口元には礼儀正しい微笑だけが貼りついている。
漆黒の外套――内側は深紅。胸には〈堕天の双翼〉。真白い手袋で指先を整えながら、怒鳴らずに命令を落とす。
戦場に立つというより、街そのものを処理する男。降り始めた白い雨の中で、ヴァイス=クロウフォードは静かに包囲を完成させていく。
暁も準備は完璧だった。暁の者がレンデルの住民に叫ぶ。
「この国に救いを求める者は、家の中にある全てのものを投げてくれ!大きければ大きいほど良い!ゴミでも良いから俺たちに力を貸してくれ!」
住民たちはレンデルの若者たちに希望を託して、家にあるものを色々と投げつける。複数人で力を合わせてタンスなど大きなものを投げてくれる人も少なくなかった。
レンデルの街がガラクタだらけになる。ユリウスは自らが率いるアジトを拠点に選んだ。そして最上位の魔法が放たれる。
「街よ。魂の器を受け取れ。万物付魂!」
ユリウスの声が落ちた瞬間――レンデルの街そのものが、息を吸った。
地面に散らばったガラクタが、ひとつ残らず“返事”をするように動き出す。
タンスが軋んで起き上がり、車輪が勝手に回り、鉄骨が骨のように組み上がる。割れた石壁が、砕けた瓦が、釘と板が――まるで生き物の筋肉みたいに絡まり合い、街角のあちこちで巨体が立ち上がっていった。
住民が投げたものも、暁が集めたものも、全部が“兵”になる。
レンデルは今、街ごと戦場になった。
「やっぱりお前は凄いな。」
レオンが口を開いたまま呟く。
ユリウスは息を吐き、両手を掲げ直す。目の奥の光は揺れていない。
「壁を、二枚」
その言葉だけで十分だった。
次の瞬間――
ドォン、と地鳴りが走る。
まず一枚目。
街の外周――ヴァイスの包囲網に対抗する形で、ガラクタの壁が一気に盛り上がった。木材、鉄骨、石、瓦礫、家具、古い盾、馬車の残骸……全部が折り重なり、巨大な“城壁”になる。
ただの山じゃない。
表面には無数の棘。隙間には回転する歯車。上部には、魂を宿した投石器みたいな腕がずらりと並ぶ。触れたら裂ける、登れば落ちる、近づけば撃ち抜かれる。それは街を守るための外壁。
そして、二枚目。
ユリウスの拠点――あの地下の本拠を中心に、半円状の内壁がせり上がった。
外壁よりも密度が違う。鉄骨が骨格になり、石が肉になり、最後に黒い布と金属片が“皮”みたいに貼りついていく。壁の中心には赤黒い光が灯り、脈打っていた。
魂核。
――ここが壊れたら、全てが止まる。
ユリウスはそれを隠すように、壁を“抱き込む”形で完成させる。それは拠点を守る最終ラインだった。
「外で時間を稼ぐ。中は絶対に割らせない」
ユリウスの声は静かだった。
だが、その背中は震えていた。魔力の消耗が大きすぎる。それでも倒れない。倒れたらこの街が死ぬ。
ライナが拳を握りしめる。
(この人は一人で街を持ち上げてるんだ……)
ノエルはすぐにユリウスの肩に手を添えた。冷たい雪の精が、淡く舞う。
「ユリウス、魔力を使い果たしては駄目だから。自分の呼吸だけは意識していて。僕はとうぶんここで魔力回復のサポートに入るよ。」
「……助かる」
ユリウスはそれだけ言って、前を見た。
――外壁の向こう。
白い雨のカーテンの奥に、黒い影が整列している。
魔王軍。
その中心に、漆黒の外套の男がひとり。
ヴァイス=クロウフォードは、壁を見上げた。
「……街ごと動かすのか。面倒だな」
怒鳴らない。驚かない。声色すら変わらない。
ただ、白い手袋の指先で、空中に線を引くような仕草をする。
「配置を変える。正面突破は捨てろ。壁は壊すんじゃなく、削る。」
周囲の兵隊たちが一斉に動いた。まるで歯車みたいに、無駄がない。
「魔物班。前へ」
ヴァイスの背後から、異様な気配が進み出る。
足音が多すぎる。
……いや、足が多すぎる。
黒い甲殻。ぬめるような節。腹の下で無数の脚が波打ち、地面を擦るたびに火花が散る。
――弾圧用魔物《葬脚蟲》。
群れで壁を削り、酸と刃で“城壁”を食い荒らすために作られた魔物だ。
もう一体。
白い雨の中で、ゆっくり首を上げる巨体。骨格が外に露出しているみたいに鋭く、背からは槍状の突起が生えている。呼吸するたび、霧が凍るほど冷える。
――殲滅用魔物《白骸獣》。
壁を“押し倒す”ための怪物。
ヴァイスは淡々と指示を落とす。
「葬脚蟲は外壁へ。白骸獣は壁の一点を狙え。穴を開けたら、兵隊を流し込む」
「了解!」
黒い影が走る。
次の瞬間――
外壁が、鳴いた。
ガガガガガッ!!
葬脚蟲の群れが壁に取りつき、脚の刃で削り始める。酸が垂れ、木材が泡立って溶け、鉄が悲鳴を上げる。
外壁の投石腕が唸る。
ドゴォン!
巨大なタンスが弾丸みたいに飛び、葬脚蟲をまとめて叩き潰す。だが次の群れがすぐに穴を埋める。止まらない。数が多すぎる。
「来た来た来たァ!!」
レオンが笑いながら雷をまとわせる。酒臭い息のままでも、目だけは獣みたいに鋭い。
「雷鳴、落とすぞ!」
稲妻が走り、壁に群がる蟲の背を焼く。焦げた匂いと酸の匂いが混ざって、吐き気がするほど濃くなる。
暁の弓兵が叫ぶ。
「右!右の壁が削られてる!」
「補修班!ガラクタ持ってこい!」
「走れぇ!!」
街中で、みんなが連携して動く。立ち止まっている者など1人もいなかった。全員が忙しそうに全力を尽くして動き回っている。
その光景を、ライナは歯を食いしばって見ていた。
(これが、革命……)
守るための戦い。
そして――突破されれば終わる戦い。もう既に外壁の穴が開きそうだった。ライナは一歩前へ出る。雨が髪を濡らす。拳を握るたび、湯気みたいな熱が立った。
「外で止める。ユリウスのところまで行かせない。」
ライナは魔王軍を睨む。
その側でリュカがナイフを逆手に握り、笑った。
「じゃあ僕は、穴が開いたところに飛び込んで、嫌がらせする!」
――その時。
外壁の向こうで、白骸獣が動いた。
巨体が、踏み込む。
ドン――と地面が沈むような重さ。
壁の一点へ、肩をぶつけるように突進した。
轟音。
外壁が、きしみ、歪み、音を立てて割れ始める。
「っ、まずい!」
ユリウスの額に汗が滲む。魂核が揺れる。外壁の制御が一瞬乱れた。
その乱れを――ヴァイスは見逃さない。
「今だ」
たった一言。
兵隊が走る。壁の割れ目へ、黒い波が流れ込んでくる。
――レンデルの街に、魔王軍が侵入した。
ライナは炎を纏った。
「行くよ!!」
足元の水たまりが、一瞬で蒸発する。
彼女は外壁の割れ目へ、一直線に飛び込んだ。
その先で待っているのは、魔王軍の群れと、白骸獣の影。
革命の日の“本当の始まり”が、今――開いた。
今回も読んで頂きありがとうございました!




