45話 明日も生きるために
いつも読んで頂きありがとうございます。ただいま全話を改稿中です。編集された日付が2026年6月以降のものをお読み下さい。
前夜祭は、ますます盛り上がっていた。
歌う者。
机を叩く者。
抱き合って泣く者。
酒瓶を片手に、明日の作戦を熱く語り始める者までいる。
革命前夜とは思えないほど、レオンのアジトは笑い声に満ちていた。
その中でも、誰より酒を飲んでいたのがライナだった。
「もう一杯!」
「まだ飲むのか!?」
「もちろんだよぉ!」
最初は平気そうだったライナも、さすがに限界を迎えていた。
頬は真っ赤。
目はとろんとしている。
真っすぐ歩いているつもりなのだろうが、体は右へ左へ大きく揺れていた。
「ライナ!」
ノクトが慌てて近づく。
「さすがに飲みすぎだ!ちゃんと歩けてないじゃないか!」
「そんなことないよぉ!」
ライナは両手を広げた。
その場で一歩進もうとして、危うく転びかける。
「ほら、歩けてないだろ!」
「歩けてるもん!」
「今、倒れそうになってただろ」
「それよりノクト、全然飲んでなぁい!」
ライナは不満そうに頬を膨らませた。
「もっと一緒に飲もうよぉ!」
「俺はもう充分だよ」
「だーめ!」
突然、ライナがノクトへ飛びついた。
「うわっ!」
勢いを受け止めきれず、ノクトは後ろへ倒れる。
二人の持っていたジョッキが手から離れ、石床へ落ちた。
乾いた破裂音が響く。
割れたガラス。
広がる泡。
ぬるいビールが、ノクトの服と床を濡らした。
「痛っ……」
ノクトは背中を押さえる。
その上には、完全に酔いつぶれたライナが乗っていた。
「ライナ、重い……」
「うわぁ……」
ライナはノクトの胸へ頬を寄せる。
「ふかふかのベッドだぁ……」
「誰がベッドだ!」
ライナはノクトの声を聞いていない。
両腕をノクトの体へ回し、そのまま強く抱きしめた。
「おやすみぃ……」
「おい!ライナ!」
ノクトが体を起こそうとする。
だがライナは離れない。
「こんなところで寝るなって!」
「むにゃ……」
完全に眠っていた。
ノクトは身動きが取れず、困り果てる。
その様子を見ていた暁の者たちから、大きな笑い声が起こった。
「仲がいいなぁ!」
「そのまま寝かせてやれ!」
「うるさい!」
ノクトが叫ぶ。
そこへエリシアが歩いてきた。
床に倒れたノクトと、その上で眠るライナを見下ろす。
「何をしているのよ」
「見れば分かるだろ。助けてくれ」
「情けないわね」
エリシアはため息を吐くと、ライナの体をノクトから引き離した。
そのまま軽々と肩へ担ぎ上げる。
「助かった……」
ノクトが濡れた服を見ながら起き上がった。
エリシアは眠るライナを担いだまま、ノエルを見る。
「ノエル」
「何?」
「酔っ払いに効く、異常回復の魔法なんてないの?」
冗談のつもりだった。
だがノエルは、少し考えてから頷いた。
「あるよ」
「え?」
エリシアが目を見開く。
「本当にあるの!?」
「うん。お酒も、体にとっては一種の異常だからね」
ノエルはエリシアに担がれているライナへ近づいた。
そっと額へ指先を当てる。
「酔いを雪に変えるね」
指先から淡い白色の光が広がる。
「醒華雪酔……」
ノエルが小さく指を鳴らした。
ぱちん、と澄んだ音が響く。
するとライナの口元が白く光った。
吐き出した息と共に、小さな白い結晶がふわりと舞い上がる。
まるで雪だった。
白い結晶は空中で溶けるように消えていく。
それと同時に、ライナがゆっくりと目を開いた。
「あれ……?」
ライナは何度か瞬きをした。
「アタシ、何してるの?」
「私に担がれているわ」
エリシアが冷静に答える。
「どうして?」
「それは自分で思い出しなさい」
エリシアはライナを床へ下ろした。
ライナは先ほどまでの酔いが嘘のように、しっかりと立っている。
「頭も痛くない……」
「すごいな」
ノクトが驚いていると、ノエルはアジトの中を見渡した。
そこには倒れて眠っている者や、まともに立てないほど酔っている者が何人もいる。
「せっかくだから、みんなの酔いも醒ますね」
「何だと!?」
近くにいたマルクが、床に寝転がったまま反応する。
「ちょっと待て!それは酒に対する冒涜だぞ!」
「明日は戦いなんだから、ちゃんと寝ないと駄目だよ」
ノエルが困ったように笑う。
両手を胸元で重ねた。
「醒華雪酔」
もう一度、指が鳴る。
淡い雪が、アジト全体へ広がった。
冷たいはずなのに、肌に触れても寒さは感じない。
柔らかな雪が、頬や髪を優しく撫でていく。
頭の奥にこもっていた熱だけが、静かに引いていった。
「……うわ」
一人の男が目を見開く。
「酔いが抜けていく……」
「本当だ!」
「さっきまで世界が回ってたのに!」
千鳥足だった者たちが、次々と背筋を伸ばした。
床で眠っていた者も、ゆっくりと体を起こす。
笑い声は残っている。
だが、濁っていた視線が急に澄んでいた。
マルクも頭を押さえながら起き上がった。
「どうせ明日死ぬなら今日飲む……って言いたいところだけどよ」
不満そうに口を尖らせる。
「反則だろ、その雪!」
「明日も生きるために、今夜はちゃんと眠らないと」
ノエルが答えた。
「くそぉ……正論なのが腹立つな」
マルクは空になったジョッキを寂しそうに見つめた。
ライナもようやく周囲の様子を確認した。
床に散らばったガラス。
広がったビール。
びしょ濡れになったノクトの服。
「……あれ?」
ライナの顔が引きつる。
「もしかしてアタシ、何かやらかした?」
「やらかした」
ノクトが即答した。
「俺に飛びついて倒して、ベッド扱いして、そのまま寝た」
「えっ!?」
ライナの顔が、酔っていた時以上に赤くなる。
「ア、アタシが!?」
「ずっと抱きつかれて動けなかった」
「そ、それは……」
ライナは両手で顔を覆った。
「覚えてないよぉ……」
「俺は覚えてる」
「忘れて!」
「無理だよ」
周囲の暁の者たちが、再び笑い始めた。
エリシアは肩をすくめる。
「まあ、楽しそうで何よりだわ」
「絶対にそう思ってないでしょ!」
ライナが叫ぶ。
その時、レオンが人混みをかき分けて近づいてきた。
酔いは醒めている。
だが顔には、少し悔しそうな笑みが浮かんでいた。
「俺が酒で潰されたのは初めてだ」
レオンはライナの前で立ち止まる。
「面白い奴だな、お前」
「レオンも結構飲んでたもんね」
「お前より先に倒れるとは思わなかった」
二人は最後まで酒を飲み続けていた。
酒飲みの中で最後まで立っていたのは、レオンとライナ。
そして先に潰れたのは、レオンの方だったらしい。
「ライナ」
レオンが拳を差し出す。
「明日は頑張ろうな」
ライナは、その拳へ自分の拳を軽くぶつけた。
「うん!」
先ほどまでの恥ずかしさを忘れたように、明るく笑う。
「明日はアタシとノエルも全力で戦うからね!」
「ああ。頼りにしてるぞ」
酒を通じて、二人はすっかり打ち解けていた。
「そういえば」
ノクトはアジトの中を見回した。
「ユリウスがいないな」
演説を終えたあと、姿を見ていない。
ノクトの言葉を聞いたリュカが、意味ありげに笑った。
「ユリウスなら、愛する人のところへ行ったよ」
「愛する人!?」
ノクトたちの声が重なった。
「ユリウスに恋人がいるの?」
ライナが驚いて尋ねる。
「いるよ」
リュカは楽しそうに頷いた。
「しかも、王族の娘さんらしいよ」
「王族……」
ノクトたちは、同時にある人物を思い浮かべた。
ベルナール王家の生き残り。
アルマンの家で出会った、金髪の女性。
「まさか……エレーヌ?」
ノクトが呟く。
「さあ、どうでしょう」
リュカはニヤニヤしていた。
「笑っちゃうよね。革命の指導者と王族の娘だよ?」
「別に笑うことではないでしょう」
エリシアが冷静に言う。
「本人たちが愛し合っているなら、立場は関係ないわ」
「そうなんだけどさ」
リュカが笑っていると、一人の女性が近づいてきた。
赤茶色の髪を緩く結んだ、小柄な女性。
頬には、うっすらとそばかすがある。
ミレイユ・ヴァルモン。
ノクトたちが今日訪れた拠点の一つを任されている、暁の中心人物だった。
ユリウスとレオンがいない時には、ジャン・ルーセルと共に組織をまとめている。
ミレイユは不機嫌そうな顔で腕を組んだ。
「革命の前日に女のところへ行くなんて、ユリウスの奴は本当に大丈夫なのかよ」
「ミレイユはユリウスのことが好きだったんだよ」
リュカが即座に言った。
「それなのに、突然現れた女の人に取られたから嫉妬してるんだ」
一瞬。
ミレイユの顔から表情が消えた。
「リュカ」
「何?」
「ぶっ殺してやる!」
「うわぁぁぁ!嫉妬した女が怒ったぁぁぁ!」
リュカがふざけた悲鳴を上げて逃げ出した。
「待て!」
ミレイユも全力で追いかける。
机の間を抜ける。
酒樽の横を走る。
暁の者たちは笑いながら道を空けた。
「捕まえてみろー!」
「絶対に許さないからな!」
リュカは路地を走り回ってきただけあり、非常にすばしっこい。
ミレイユが何度手を伸ばしても、あと少しのところで逃げられる。
しばらく追いかけた末、ミレイユは息を切らして足を止めた。
「あいつだけは……絶対に許さない……!」
遠くからリュカの笑い声が聞こえてくる。
ノクトも思わず小さく笑った。
周囲を見渡す。
マルクはまた酒を探している。
レオンはライナと酒の強さについて言い争っている。
ノエルは酔いを醒ましてくれた礼を、何人もの隊員から言われていた。
エリシアは割れたジョッキを誰かに片づけさせている。
ミレイユはリュカへの文句を叫んでいる。
誰もが楽しそうだった。
この笑い声を、明日も聞きたい。
ここにいる者たちの日常を、一つでも多く守りたい。
暁を構成しているのは、若い者たちばかりだ。
九歳のリュカ。
二十歳ほどのマルク。
ミレイユやジャンも、まだ人生のすべてを生きたわけではない。
誰にも未来がある。
それを奪っていい者など、いるはずがない。
(魔王軍が、この人たちの未来を奪おうとしている)
ノクトは拳を握った。
自分の父が残した魔王軍。
兄のゼルクが率いる六魔星。
そのために、大切なものを奪われていく人々。
それを止めなければならない。
(俺が絶対にヴァルグランを倒す)
もう負けない。
ヴァルグランを倒せなければ、この先に待つ六魔星にも勝てない。
魔王軍を止めることもできない。
ノクトは決意した。
このベルナールで、必ず魔王軍に勝つ。
「エリシア。ライナ。ノエル」
ノクトが三人を呼ぶ。
「どうしたの?」
ライナが振り返る。
ノクトは仲間たちをまっすぐ見た。
「明日は必ず勝とう」
三人の表情が引き締まる。
「それと、もう一つ約束してほしい」
ノクトは続けた。
「みんな、必ず生き残ってくれ」
ライナが静かにノクトを見つめる。
「俺たちは、まだ魔王と戦っていない」
兄であるゼルク。
世界を支配しようとする新たな魔王。
そこへたどり着く前に、誰一人として失いたくない。
「こんなところで負けるわけにはいかないんだ」
ノクトは強く拳を握った。
「だから明日は絶対に勝って、全員で生き残ろう」
エリシアは、いつもの強気な表情を浮かべた。
「当然よ」
聖剣を持つ手を軽く握る。
「あなたこそ、私の足を引っ張らないようにしなさい」
「言うと思ったよ」
「私はもう、負ける気なんてしないわ」
エリシアは不敵に笑った。
「明日はヴァルグランの野郎を粛清する」
あまりにもエリシアらしい言葉に、ノクトは思わず笑った。
「頼もしいな」
「あなたも同じくらい働きなさい」
「ああ」
ライナも笑顔で拳を掲げる。
「アタシは暁のみんなと一緒に、この街を守るよ!」
以前のような不安は、その顔にはなかった。
「リュカといっぱい修行したんだからね。黒翼将が来ても、もう何もできないままでは終わらない」
ノクトへ向かって胸を張る。
「この街のことは、アタシに任せてよ!」
「任せた」
ノエルも穏やかに頷いた。
「僕は、みんなを支える」
いつもと変わらない落ち着いた声だった。
「怪我をした人を治して、敵の攻撃を防いで、みんなが最後まで戦えるようにするよ」
「無理はするなよ」
ノクトが言う。
「うん。でも必要なら、魔力を使い切るまで支える」
ノエルの瞳にも、少しの迷いもなかった。
ノクト。
エリシア。
ライナ。
ノエル。
四人は互いの顔を見つめる。
明日、ベルナールの歴史が変わる。
魔王軍の支配が終わるのか。
それとも暁が滅ぼされるのか。
まだ誰にも分からない。
それでも、彼らの決意は一つだった。
必ず勝つ。
そして全員で生き残る。
前夜祭の笑い声が響く中。
ノクトたちは同じ覚悟を胸に、革命の朝を迎えようとしていた。
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