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魔王殺しノクト  作者: 藤原 光希
ベルナール革命編

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45/142

45話 明日も生きるために

いつも読んで頂きありがとうございます。ただいま全話を改稿中です。編集された日付が2026年6月以降のものをお読み下さい。

 前夜祭は、ますます盛り上がっていた。


 歌う者。


 机を叩く者。


 抱き合って泣く者。


 酒瓶を片手に、明日の作戦を熱く語り始める者までいる。


 革命前夜とは思えないほど、レオンのアジトは笑い声に満ちていた。


 その中でも、誰より酒を飲んでいたのがライナだった。


「もう一杯!」


「まだ飲むのか!?」


「もちろんだよぉ!」


 最初は平気そうだったライナも、さすがに限界を迎えていた。


 頬は真っ赤。


 目はとろんとしている。


 真っすぐ歩いているつもりなのだろうが、体は右へ左へ大きく揺れていた。


「ライナ!」


 ノクトが慌てて近づく。


「さすがに飲みすぎだ!ちゃんと歩けてないじゃないか!」


「そんなことないよぉ!」


 ライナは両手を広げた。


 その場で一歩進もうとして、危うく転びかける。


「ほら、歩けてないだろ!」


「歩けてるもん!」


「今、倒れそうになってただろ」


「それよりノクト、全然飲んでなぁい!」


 ライナは不満そうに頬を膨らませた。


「もっと一緒に飲もうよぉ!」


「俺はもう充分だよ」


「だーめ!」


 突然、ライナがノクトへ飛びついた。


「うわっ!」


 勢いを受け止めきれず、ノクトは後ろへ倒れる。


 二人の持っていたジョッキが手から離れ、石床へ落ちた。


 乾いた破裂音が響く。


 割れたガラス。


 広がる泡。


 ぬるいビールが、ノクトの服と床を濡らした。


「痛っ……」


 ノクトは背中を押さえる。


 その上には、完全に酔いつぶれたライナが乗っていた。


「ライナ、重い……」


「うわぁ……」


 ライナはノクトの胸へ頬を寄せる。


「ふかふかのベッドだぁ……」


「誰がベッドだ!」


 ライナはノクトの声を聞いていない。


 両腕をノクトの体へ回し、そのまま強く抱きしめた。


「おやすみぃ……」


「おい!ライナ!」


 ノクトが体を起こそうとする。


 だがライナは離れない。


「こんなところで寝るなって!」


「むにゃ……」


 完全に眠っていた。


 ノクトは身動きが取れず、困り果てる。


 その様子を見ていた暁の者たちから、大きな笑い声が起こった。


「仲がいいなぁ!」


「そのまま寝かせてやれ!」


「うるさい!」


 ノクトが叫ぶ。


 そこへエリシアが歩いてきた。


 床に倒れたノクトと、その上で眠るライナを見下ろす。


「何をしているのよ」


「見れば分かるだろ。助けてくれ」


「情けないわね」


 エリシアはため息を吐くと、ライナの体をノクトから引き離した。


 そのまま軽々と肩へ担ぎ上げる。


「助かった……」


 ノクトが濡れた服を見ながら起き上がった。


 エリシアは眠るライナを担いだまま、ノエルを見る。


「ノエル」


「何?」


「酔っ払いに効く、異常回復の魔法なんてないの?」


 冗談のつもりだった。


 だがノエルは、少し考えてから頷いた。


「あるよ」


「え?」


 エリシアが目を見開く。


「本当にあるの!?」


「うん。お酒も、体にとっては一種の異常だからね」


 ノエルはエリシアに担がれているライナへ近づいた。


 そっと額へ指先を当てる。


「酔いを雪に変えるね」


 指先から淡い白色の光が広がる。


「醒華雪酔(せいかせつすい)……」


 ノエルが小さく指を鳴らした。


 ぱちん、と澄んだ音が響く。


 するとライナの口元が白く光った。


 吐き出した息と共に、小さな白い結晶がふわりと舞い上がる。


 まるで雪だった。


 白い結晶は空中で溶けるように消えていく。


 それと同時に、ライナがゆっくりと目を開いた。


「あれ……?」


 ライナは何度か瞬きをした。


「アタシ、何してるの?」


「私に担がれているわ」


 エリシアが冷静に答える。


「どうして?」


「それは自分で思い出しなさい」


 エリシアはライナを床へ下ろした。


 ライナは先ほどまでの酔いが嘘のように、しっかりと立っている。


「頭も痛くない……」


「すごいな」


 ノクトが驚いていると、ノエルはアジトの中を見渡した。


 そこには倒れて眠っている者や、まともに立てないほど酔っている者が何人もいる。


「せっかくだから、みんなの酔いも醒ますね」


「何だと!?」


 近くにいたマルクが、床に寝転がったまま反応する。


「ちょっと待て!それは酒に対する冒涜だぞ!」


「明日は戦いなんだから、ちゃんと寝ないと駄目だよ」


 ノエルが困ったように笑う。


 両手を胸元で重ねた。


「醒華雪酔(せいかせつすい)」


 もう一度、指が鳴る。


 淡い雪が、アジト全体へ広がった。


 冷たいはずなのに、肌に触れても寒さは感じない。


 柔らかな雪が、頬や髪を優しく撫でていく。


 頭の奥にこもっていた熱だけが、静かに引いていった。


「……うわ」


 一人の男が目を見開く。


「酔いが抜けていく……」


「本当だ!」


「さっきまで世界が回ってたのに!」


 千鳥足だった者たちが、次々と背筋を伸ばした。


 床で眠っていた者も、ゆっくりと体を起こす。


 笑い声は残っている。


 だが、濁っていた視線が急に澄んでいた。


 マルクも頭を押さえながら起き上がった。


「どうせ明日死ぬなら今日飲む……って言いたいところだけどよ」


 不満そうに口を尖らせる。


「反則だろ、その雪!」


「明日も生きるために、今夜はちゃんと眠らないと」


 ノエルが答えた。


「くそぉ……正論なのが腹立つな」


 マルクは空になったジョッキを寂しそうに見つめた。


 ライナもようやく周囲の様子を確認した。


 床に散らばったガラス。


 広がったビール。


 びしょ濡れになったノクトの服。


「……あれ?」


 ライナの顔が引きつる。


「もしかしてアタシ、何かやらかした?」


「やらかした」


 ノクトが即答した。


「俺に飛びついて倒して、ベッド扱いして、そのまま寝た」


「えっ!?」


 ライナの顔が、酔っていた時以上に赤くなる。


「ア、アタシが!?」


「ずっと抱きつかれて動けなかった」


「そ、それは……」


 ライナは両手で顔を覆った。


「覚えてないよぉ……」


「俺は覚えてる」


「忘れて!」


「無理だよ」


 周囲の暁の者たちが、再び笑い始めた。


 エリシアは肩をすくめる。


「まあ、楽しそうで何よりだわ」


「絶対にそう思ってないでしょ!」


 ライナが叫ぶ。


 その時、レオンが人混みをかき分けて近づいてきた。


 酔いは醒めている。


 だが顔には、少し悔しそうな笑みが浮かんでいた。


「俺が酒で潰されたのは初めてだ」


 レオンはライナの前で立ち止まる。


「面白い奴だな、お前」


「レオンも結構飲んでたもんね」


「お前より先に倒れるとは思わなかった」


 二人は最後まで酒を飲み続けていた。


 酒飲みの中で最後まで立っていたのは、レオンとライナ。


 そして先に潰れたのは、レオンの方だったらしい。


「ライナ」


 レオンが拳を差し出す。


「明日は頑張ろうな」


 ライナは、その拳へ自分の拳を軽くぶつけた。


「うん!」


 先ほどまでの恥ずかしさを忘れたように、明るく笑う。


「明日はアタシとノエルも全力で戦うからね!」


「ああ。頼りにしてるぞ」


 酒を通じて、二人はすっかり打ち解けていた。


「そういえば」


 ノクトはアジトの中を見回した。


「ユリウスがいないな」


 演説を終えたあと、姿を見ていない。


 ノクトの言葉を聞いたリュカが、意味ありげに笑った。


「ユリウスなら、愛する人のところへ行ったよ」


「愛する人!?」


 ノクトたちの声が重なった。


「ユリウスに恋人がいるの?」


 ライナが驚いて尋ねる。


「いるよ」


 リュカは楽しそうに頷いた。


「しかも、王族の娘さんらしいよ」


「王族……」


 ノクトたちは、同時にある人物を思い浮かべた。


 ベルナール王家の生き残り。


 アルマンの家で出会った、金髪の女性。


「まさか……エレーヌ?」


 ノクトが呟く。


「さあ、どうでしょう」


 リュカはニヤニヤしていた。


「笑っちゃうよね。革命の指導者と王族の娘だよ?」


「別に笑うことではないでしょう」


 エリシアが冷静に言う。


「本人たちが愛し合っているなら、立場は関係ないわ」


「そうなんだけどさ」


 リュカが笑っていると、一人の女性が近づいてきた。


 赤茶色の髪を緩く結んだ、小柄な女性。


 頬には、うっすらとそばかすがある。


 ミレイユ・ヴァルモン。


 ノクトたちが今日訪れた拠点の一つを任されている、暁の中心人物だった。


 ユリウスとレオンがいない時には、ジャン・ルーセルと共に組織をまとめている。


 ミレイユは不機嫌そうな顔で腕を組んだ。


「革命の前日に女のところへ行くなんて、ユリウスの奴は本当に大丈夫なのかよ」


「ミレイユはユリウスのことが好きだったんだよ」


 リュカが即座に言った。


「それなのに、突然現れた女の人に取られたから嫉妬してるんだ」


 一瞬。


 ミレイユの顔から表情が消えた。


「リュカ」


「何?」


「ぶっ殺してやる!」


「うわぁぁぁ!嫉妬した女が怒ったぁぁぁ!」


 リュカがふざけた悲鳴を上げて逃げ出した。


「待て!」


 ミレイユも全力で追いかける。


 机の間を抜ける。


 酒樽の横を走る。


 暁の者たちは笑いながら道を空けた。


「捕まえてみろー!」


「絶対に許さないからな!」


 リュカは路地を走り回ってきただけあり、非常にすばしっこい。


 ミレイユが何度手を伸ばしても、あと少しのところで逃げられる。


 しばらく追いかけた末、ミレイユは息を切らして足を止めた。


「あいつだけは……絶対に許さない……!」


 遠くからリュカの笑い声が聞こえてくる。


 ノクトも思わず小さく笑った。


 周囲を見渡す。


 マルクはまた酒を探している。


 レオンはライナと酒の強さについて言い争っている。


 ノエルは酔いを醒ましてくれた礼を、何人もの隊員から言われていた。


 エリシアは割れたジョッキを誰かに片づけさせている。


 ミレイユはリュカへの文句を叫んでいる。


 誰もが楽しそうだった。


 この笑い声を、明日も聞きたい。


 ここにいる者たちの日常を、一つでも多く守りたい。


 暁を構成しているのは、若い者たちばかりだ。


 九歳のリュカ。


 二十歳ほどのマルク。


 ミレイユやジャンも、まだ人生のすべてを生きたわけではない。


 誰にも未来がある。


 それを奪っていい者など、いるはずがない。


(魔王軍が、この人たちの未来を奪おうとしている)


 ノクトは拳を握った。


 自分の父が残した魔王軍。


 兄のゼルクが率いる六魔星。


 そのために、大切なものを奪われていく人々。


 それを止めなければならない。


(俺が絶対にヴァルグランを倒す)


 もう負けない。


 ヴァルグランを倒せなければ、この先に待つ六魔星にも勝てない。


 魔王軍を止めることもできない。


 ノクトは決意した。


 このベルナールで、必ず魔王軍に勝つ。


「エリシア。ライナ。ノエル」


 ノクトが三人を呼ぶ。


「どうしたの?」


 ライナが振り返る。


 ノクトは仲間たちをまっすぐ見た。


「明日は必ず勝とう」


 三人の表情が引き締まる。


「それと、もう一つ約束してほしい」


 ノクトは続けた。


「みんな、必ず生き残ってくれ」


 ライナが静かにノクトを見つめる。


「俺たちは、まだ魔王と戦っていない」


 兄であるゼルク。


 世界を支配しようとする新たな魔王。


 そこへたどり着く前に、誰一人として失いたくない。


「こんなところで負けるわけにはいかないんだ」


 ノクトは強く拳を握った。


「だから明日は絶対に勝って、全員で生き残ろう」


 エリシアは、いつもの強気な表情を浮かべた。


「当然よ」


 聖剣を持つ手を軽く握る。


「あなたこそ、私の足を引っ張らないようにしなさい」


「言うと思ったよ」


「私はもう、負ける気なんてしないわ」


 エリシアは不敵に笑った。


「明日はヴァルグランの野郎を粛清する」


 あまりにもエリシアらしい言葉に、ノクトは思わず笑った。


「頼もしいな」


「あなたも同じくらい働きなさい」


「ああ」


 ライナも笑顔で拳を掲げる。


「アタシは暁のみんなと一緒に、この街を守るよ!」


 以前のような不安は、その顔にはなかった。


「リュカといっぱい修行したんだからね。黒翼将が来ても、もう何もできないままでは終わらない」


 ノクトへ向かって胸を張る。


「この街のことは、アタシに任せてよ!」


「任せた」


 ノエルも穏やかに頷いた。


「僕は、みんなを支える」


 いつもと変わらない落ち着いた声だった。


「怪我をした人を治して、敵の攻撃を防いで、みんなが最後まで戦えるようにするよ」


「無理はするなよ」


 ノクトが言う。


「うん。でも必要なら、魔力を使い切るまで支える」


 ノエルの瞳にも、少しの迷いもなかった。


 ノクト。


 エリシア。


 ライナ。


 ノエル。


 四人は互いの顔を見つめる。


 明日、ベルナールの歴史が変わる。


 魔王軍の支配が終わるのか。


 それとも暁が滅ぼされるのか。


 まだ誰にも分からない。


 それでも、彼らの決意は一つだった。


 必ず勝つ。


 そして全員で生き残る。


 前夜祭の笑い声が響く中。


 ノクトたちは同じ覚悟を胸に、革命の朝を迎えようとしていた。

お読み頂きありがとうございました!ポイント評価をよろしくお願い致します。

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