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魔王殺しノクト  作者: 藤原 光希
ザルベック解放編

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25/142

25話 光の王女

いつも読んで頂きありがとうございます!

とうとう一章もラストスパートです!

 紅蓮炎龍が落ちてくる。


 灼熱の牙。


 白く燃える双眸(そうぼう)。


 庭園そのものを焼き尽くすほどの炎が、ノクトとエリシアへ迫っていた。


 ノクトは動けない。


 漆黒龍を呼び出した反動で、指先にすら力が入っていなかった。


 エリシアはノクトの前に立つ。


 聖剣を両手で握った。


 体は限界に近い。


 魔力も、ほとんど残っていない。


 それでも退かなかった。


「今度は、私が守る」


 エリシアは静かに息を吸い込んだ。


 胸の奥から、光のマナが溢れてくる。


 それは怒りの光ではなかった。


 誰かを裁くための光でもなかった。


 目の前の命を守りたい。


 その願いが、彼女の中で新しい形を持とうとしていた。


 エリシアは聖剣を高く振りかぶる。


 紅蓮炎龍が咆哮した。


 熱が肌を焼く。


 髪が風に煽られる。


 それでもエリシアの瞳は揺れなかった。


「天断光刃(てんだんこうじん)!」


 聖剣が振り下ろされた。


 その軌跡が、眩い光の刃へ変わる。


 光の斬撃は一瞬で巨大化し、城壁よりも高く膨れ上がった。


 そして、紅蓮炎龍の巨体を真正面から斬り裂いた。


 静寂。


 ほんの一瞬、世界から音が消えた。


 次の瞬間、炎龍が悲鳴を上げる。


 縦一文字に裂かれた炎の体から、赤い火の粉が雨のように散った。


 だが、炎龍は消えない。


 裂かれながらも、まだ牙を剥いて突進してくる。


「まだ……!」


 エリシアはもう一度、聖剣を構えようとした。


 だがその時。


 紅蓮炎龍が、ふっと消えた。


 炎がほどけるように空へ散り、庭園に残ったのは焦げた匂いだけだった。


 エリシアは息を呑む。


 消したのは自分ではない。


 ヴァルグランだった。


 彼は少し離れた場所で、静かにエリシアを見ていた。


「光の王女よ」


 ヴァルグランが口を開く。


「ノクトを置いて去るなら、お前の命は助けてやる」


 エリシアは聖剣を構えたまま、ヴァルグランを睨んだ。


「何を言っているの」


「お前は魔王軍を憎んでいるはずだ」


 ヴァルグランは淡々と言った。


「そこに倒れている男は、かつて魔王軍の中枢にいた。魔王様の血を引き、闇魔法を扱い、俺たちと同じ場所にいた男だ」


 ノクトは倒れたまま、かすかに目を開けていた。


 声は出ない。


 ただ、エリシアの背中を見ていた。


「憎くないのか?」


 ヴァルグランが問う。


「そいつを置いていけ。そうすれば、お前だけは見逃してやる」


 エリシアは少しだけ目を伏せた。


 たしかに、憎んでいた。


 魔王軍を。


 魔王の血を引く者を。


 闇のマナを持つ者を。


 ノクトのことも、殺すべき相手だと思っていた。


 でも今は違う。


 ノクトは魔王軍そのものではない。


 彼もまた、魔王軍に壊された一人だった。


 そして今、自分と同じ敵を見ている。


「私はノクトを置いていかないわ」


 エリシアははっきりと言った。


 ヴァルグランの眉が、わずかに動く。


「なぜだ?」


「この人となら、世界を変えられるかもしれないと思ったからよ」


「世界を変える?」


 ヴァルグランは声に出して笑った。


 その笑いは、馬鹿にしているようでもあり、少しだけ懐かしんでいるようでもあった。


「魔王の子と勇者の妹が手を組めば、本気で世界を救えると?」


「ええ」


 エリシアは迷わなかった。


「少なくとも、あなたたちが支配する世界よりはマシな未来を作れるつもりよ、」


 ヴァルグランはしばらく黙った。


 そして、倒れているノクトを見た。


「ノクト」


 彼は小さく呟く。


「お前は、面白い仲間を得たな」


 ノクトは答えない。


 答えられる状態ではなかった。


 ヴァルグランは空を見上げる。


 庭園には、焼け焦げた花と砕けた石が散らばっていた。


「この国は、お前たちに譲ってやる」


 エリシアの目が鋭くなる。


「何ですって?」


「俺はベルナールを占領したついでに、このザルベックも支配したにすぎない」


 ヴァルグランは肩をすくめた。


「黒翼将も失った。ここでこれ以上続けても、得るものが少ない」


「逃げるつもり?」


「見逃してやると言っている」


 ヴァルグランの声が低くなった。


「勘違いするな。お前たちでは、まだ俺を倒せない」


 エリシアは歯を食いしばった。


 否定できなかった。


 ノクトと力を合わせても、ヴァルグランを追い詰めきれなかった。


 むしろ、最後は自分たちの方が限界だった。


「次に俺たちの邪魔をするなら、その時は殺す」


 ヴァルグランはエリシアを見た。


「今回は見逃してやる。俺も、ノクトのことは嫌いではないからな」


 その言葉を残し、ヴァルグランは背を向けた。


 エリシアは聖剣を握りしめる。


 追うべきだ。


 倒すべき相手だ。


 六魔星を逃がすなど、本来ならありえない。


 だが、足が動かなかった。


 自分の傷。


 残り少ない魔力。


 そして背後で倒れているノクト。


 今追えば、確実に負ける。


 エリシアは悔しさを噛み殺した。


 ヴァルグランの背中が、城門の方へ遠ざかっていく。


 赤い炎が、彼の姿を包むように揺れた。


 やがて、その姿は庭園から消えた。


 エリシアはしばらく立ち尽くしていた。


 聖剣を握る手が震えている。


「……届かなかった」


 小さく呟く。


 ノクトと組めば、勝てるかもしれない。


 そう思った。


 実際、今まで誰も崩せなかったヴァルグランの魔法に傷をつけた。


 だが、それだけだった。


 まだ足りない。


 自分たちの連携も。


 魔力の使い方も。


 覚悟も。


 もっと高めなければ、あの男には届かない。


「エリシア……」


 かすれた声が聞こえた。


 ノクトだった。


 エリシアはすぐに駆け寄る。


「しゃべらないで。今のあなた、かなりひどい顔をしているわ」


「……勝ったのか?」


「いいえ」


 エリシアは短く答えた。


「見逃されたのよ。腹が立つくらいにね」


 ノクトは弱く息を吐いた。


「そうか……」


「悔しがるのは後。今は動かないで」


 エリシアはノクトの腕を自分の肩に回した。


「立てる?」


「無理だな」


「でしょうね」


 エリシアは呆れたように言いながら、ノクトの体を支えた。


 ノクトは思ったより重かった。


 戦いの疲労で、エリシアの足も震えている。


 それでも彼女は、ノクトを置いていかなかった。


 城の中へ戻る。


 崩れた廊下を抜ける。


 焦げた壁。


 割れた窓。


 落ちた燭台。


 魔王軍に荒らされた城の中を、エリシアはノクトを支えながら進んだ。


 やがて、奥の一室に寝台のある部屋を見つけた。


 かつては王族や重臣のための休息室だったのかもしれない。


 埃は積もっていたが、ベッドは使えそうだった。


 エリシアはノクトをそこへ寝かせる。


 ノクトは目を閉じた。


 呼吸は浅いが、さっきよりは落ち着いている。


 エリシアは椅子に座り込み、大きく息を吐いた。


 自分も限界だった。


 だが眠るわけにはいかない。


 ノクトの体には、まだ闇魔法の反動が残っている。


 エリシアはそっとノクトの手を握った。


 光のマナを流す。


 少しずつ。


 強すぎないように。


 ノクトの顔に残っていた苦しさが、わずかに和らいだ。


「本当に、面倒な人ね」


 エリシアは小さく呟いた。


「殺すつもりだった相手を、今度は私が介抱しているなんて」


 自分で言って、少しだけおかしくなる。


 けれど手は離さなかった。


 ノクトを守る。


 さっき自分でそう決めた。


 なら、ここで投げ出すわけにはいかない。


 窓の外では、ザルベックの空が少しずつ明るくなり始めていた。


 長い夜が、ようやく終わろうとしていた。

今回も読んで頂きありがとうございました!

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