22話 命をかけた盾
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大地覇神バル=ガノスが咆哮した。
森全体が震える。
木々の葉が散り、地面に走った亀裂から熱を帯びた砂煙が噴き上がった。
ライナ、ゼルマン、アルト。
三人はミレオを背に庇うように立っていた。
目の前には、山のような巨体。
その背後には、黒翼将バサルトが冷たい目でこちらを見ている。
「ミレオ様、私の後ろへ」
ゼルマンが剣を構えたまま言った。
ミレオは震えながらも頷く。
「う、うん……」
「大丈夫です」
アルトが静かに言った。
その声は、以前のように怯えていなかった。
「今度は、私も一緒に戦います」
ライナは拳を握った。
紅蓮爆装の炎が、まだ彼女の全身を包んでいる。
だが相手はあまりにも大きい。
大きいだけではない。
先ほどまでのゴーレムとは、圧がまるで違っていた。
バル=ガノスの瞳に紅蓮の光が灯る。
次の瞬間、巨大な拳が振り下ろされた。
「散って!」
ライナの声と同時に、三人が別方向へ飛ぶ。
拳が地面を叩き割った。
衝撃波が走り、土砂が波のように広がる。
ミレオは木の陰で身を縮めた。
それでも目を逸らさなかった。
怖い。
今すぐ逃げたい。
けれど、自分のために戦ってくれている人たちを、もう見ないふりはできなかった。
ゼルマンが水魔法を放つ。
大きな水の流れがバル=ガノスの足元へ絡みついた。
少しでも動きを止めるためだ。
「ライナ殿!」
「分かってる!」
ライナが地面を蹴った。
紅蓮の炎をまとった拳が、バル=ガノスの膝へ叩き込まれる。
爆炎。
岩の表面が砕け、赤い亀裂が走った。
だがすぐに土砂が集まり、傷が塞がっていく。
「再生が速すぎる……!」
アルトが風の刃を放った。
透明な斬撃がバル=ガノスの腕を裂く。
だが、それも浅い。
裂け目から溶岩のような光が漏れ、すぐに岩で埋まっていく。
ライナ、ゼルマン、アルト。
三人が連携しても、決定打にならない。
バル=ガノスは止まらなかった。
巨体が振り向く。
狙いはミレオだった。
「ミレオ様!」
ゼルマンが叫ぶ。
バル=ガノスの足が、ミレオの方へ向く。
ライナが前へ出ようとした。
だが地面から石柱が突き出し、彼女の進路を塞ぐ。
アルトが風で石柱を切り裂く。
しかし、その間にもバル=ガノスは一歩ずつミレオへ近づいていく。
バサルトが後方で薄く笑った。
「俺は王子を殺せればそれでいい」
その声は冷たかった。
「お前たちと遊ぶのも、もう飽きた」
ライナの奥歯が鳴る。
ミレオを殺させるわけにはいかない。
この国を救うと約束した。
ゼルマンも、アルトも、ミレオも、みんな無事に帰す。
ノクトはきっと今、ザルベック城で戦っている。
エリシアも六魔星と向き合っている。
なら、自分もここで負けている場合ではない。
ライナは拳を握りしめた。
胸の奥で、火が大きく膨れ上がる。
(今ここでミレオくんを救えるのは、アタシたちだけ)
全身のマナが熱を帯びる。
紅蓮爆装の炎が、さらに勢いを増した。
ライナはバル=ガノスの胸を睨む。
表面を砕くだけでは駄目。
内側まで届く一撃。
再生する間もないほど、芯を吹き飛ばす拳。
そのイメージを、右腕へ集めた。
ライナは足元の砂を蹴る。
紅蓮の光が、腕に走った。
「この拳、炎帝に通ず――」
拳の炎が膨れ上がる。
「烈焔轟拳!」
炎が爆ぜた。
ライナの拳が赤く輝き、周囲の空気が熱で歪む。
突き出した瞬間、轟音が響いた。
直撃。
拳がバル=ガノスの胸を貫いた。
内部で火花が咲く。
次の瞬間、爆炎。
巨体の内側から光が漏れ、裂け目から炎が噴き出した。
バル=ガノスが地鳴りのような声を上げる。
岩盤が割れ、金属の層が砕け、巨大な体がゆっくりと崩れ落ちた。
「やった……!」
ミレオが声を漏らす。
ゼルマンもアルトも、一瞬だけ息をついた。
だが、ライナだけは構えを解かなかった。
嫌な予感がした。
その予感はすぐに当たった。
崩れた岩が、再び動き出す。
土砂が集まり、砕けた破片が元の形へ戻っていく。
溶岩の光が血管のように走り、バル=ガノスの巨体が少しずつ修復されていった。
「そんなのありなの!?」
ライナが叫ぶ。
バサルトは笑った。
「バル=ガノスは大地そのものだ。砕いた程度で消えるわけないだろ」
ライナは息を荒げながら、もう一度拳を構える。
同じ攻撃をしても、また再生される。
倒すだけでは意味がない。
再生できない状態にしなければならない。
その時、アルトがライナの横へ駆け寄った。
「ライナさん」
「何?」
「砕いたあとです」
アルトは早口で言った。
「あれは破片が近くに残っているから再生できる。なら、粉々にした直後に全部吹き飛ばせば、形を戻せないはずです」
ライナの目が見開かれる。
そして、すぐに笑った。
「アルトくん天才だね!」
「成功する保証はありません」
「でも、それしかないでしょ!」
ライナはゼルマンへ視線を向ける。
「ゼルマンさん!一瞬だけ足を止めて!」
「承知しました!」
復活したバル=ガノスが、先ほどよりも激しく暴れ出す。
岩の腕が森を薙ぎ払い、地面から石柱が突き出す。
ゼルマンはその足元へ水を走らせた。
ただ濡らすだけではない。
水を渦にする。
バル=ガノスの足元を巻き込み、土を削り、重い体勢を崩す。
「ぐっ……!」
ゼルマンの腕に負担がかかる。
傷口から血が滲む。
それでも水流を止めなかった。
バル=ガノスの巨体が、ほんの一瞬だけ傾いた。
「今です!」
ライナが駆けた。
「紅蓮爆装!」
全身の炎がさらに強くなる。
続いて、彼女の足元に紅い魔法陣が広がった。
「紅蓮獅霊召喚!」
炎が獅子の形を作る。
燃える鬣。
鋭い牙。
紅蓮の獅子が咆哮し、ライナの横に並んだ。
「行くよ!」
ライナは獅子の背に飛び乗った。
紅蓮の獅子が地を蹴る。
炎の軌跡を残しながら、バル=ガノスへ突進した。
ゴーレムの腕が振るわれる。
獅子はそれを高く跳び越えた。
巨体の胸元へ迫る。
その瞬間、ライナは獅子の背を踏み台にして、さらに前へ飛んだ。
拳に炎が宿る。
「灼魂連砕――ッ!」
叫びと同時に、爆ぜるような連撃が走った。
ライナの拳が、バル=ガノスの胸を何度も打ち抜く。
紅蓮の獅子も爪と牙で巨体を裂いた。
一撃ごとに火花が咲く。
岩が割れる。
溶岩の光が漏れる。
そして最後の一撃。
轟音と共に、バル=ガノスの巨体が内側から爆散した。
岩も土砂も、細かく砕けて空へ舞い上がる。
「アルト! 今だよ!」
「はい!」
アルトは両腕を広げた。
風が集まる。
森の木々が大きく揺れた。
粉々になった岩や土砂を、ひとつも逃さないように。
再生する前に、すべて遠くへ吹き飛ばす。
「はああああっ!」
巨大な竜巻が生まれた。
粉砕されたバル=ガノスの破片が、四方八方へ巻き上げられる。
岩も。
土も。
溶岩の欠片も。
すべてが竜巻に呑まれ、森の彼方へ吹き飛ばされた。
大地覇神バル=ガノスは、もう形を保てなかった。
再生するための破片すら、散り散りになって消えていく。
やがて竜巻が収まった。
森に、静けさが戻る。
バサルトは呆然としていた。
「嘘だろ……」
彼の声が初めて揺れた。
「俺の最大魔法が……」
ライナはすぐに地面を蹴った。
バサルトへ向かって一直線に走る。
バサルトは距離を取ろうとした。
だが遅い。
近距離戦でライナに勝てるはずがない。
「逃がさない!」
ライナの拳が、バサルトの腹に突き刺さった。
「がっ……!」
バサルトの体が吹き飛び、地面を転がる。
ライナはさらに踏み込んだ。
次の一撃で終わらせる。
そう思った瞬間、バサルトの周囲に土が集まった。
土は彼の体を包み、硬い球体となる。
「隠れても無駄!」
ライナは何度も拳を叩き込んだ。
炎が爆ぜる。
だが球体は壊れない。
それどころか、少しずつ膨らんでいく。
「何これ……?」
アルトの表情が変わった。
「ライナさん、離れてください!」
その直後だった。
土の球体が、一本の鋭い刃へ変形した。
防御に使われていた土のすべてが、一点に集まる。
細く。
鋭く。
速く。
バサルトの全魔力を込めた土の矢が、凄まじい速度で放たれた。
狙いはライナではなかった。
ミレオだった。
「ミレオくん!」
ライナが叫ぶ。
アルトがすぐに風を放つ。
矢の軌道を逸らそうとする。
だが威力が強すぎる。
風の刃は弾かれ、土の矢はほとんど勢いを失わない。
ミレオは動けなかった。
目の前に、死が迫っている。
その時。
ゼルマンが飛び出した。
「ミレオ様!」
ゼルマンはミレオを突き飛ばす。
そして自分の前に水の盾を作った。
だが、土の矢は止まらない。
水の盾を貫いた。
ゼルマンの体を、貫いた。
時間が止まったようだった。
ミレオが地面に倒れ込む。
ライナが息を呑む。
アルトの目が大きく見開かれる。
ゼルマンの口から、血がこぼれた。
それでも彼は、倒れなかった。
震える足で立ち、ミレオの前にいた。
まるで最後まで、盾であろうとするように。
「ゼルマン……?」
ミレオの声が震える。
ゼルマンはゆっくりと振り返った。
苦しそうに、けれど穏やかに笑う。
「ご無事で……何よりです……ミレオ様……」
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