139話 自分の意思で
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エリシアたちが部屋を出ると、扉が静かに閉じられた。
ノクティルは席へ戻り、ノクトの向かいに腰を下ろす。
「何を聞きたい?」
ノクトは机の上で両手を組んだ。
ルシエルが目を覚ましてから、ずっと考えていた。
幻術で人の意識に入り込める。
深い眠りから呼び戻すこともできる。
ならば、あのときの自分はどうだったのか。
「俺が父を殺したときのことだ」
ノクティルの表情が変わった。
「お前は、俺に幻術をかけていたんだな」
「……ああ」
ノクトは組んだ手に力を込めた。
何となく分かっていた。
それでも、本人の口から聞くと胸の奥が冷たくなった。
「俺が父を殺すように仕向けたのか?」
ノクティルは目を逸らさなかった。
「そうだ」
ノクトは俯いた。
父へ向けた憎しみも杖を握ったときの覚悟も、全て自分のものだと思っていた。
今はその記憶さえ信じられない。
「……俺は自分の意思で父を殺したのか?」
声が震えた。
「それともお前にそうさせられただけなのか」
ノクティルはすぐには答えなかった。
「いったい、どうなんだ!」
ノクトは顔を上げた。
「俺は父を殺したことを、背負って生きてきたつもりだ」
机の上で拳を握る。
「なのに、自分が何を選んだのかさえ分からないんだ」
ノクティルは静かに息を吐いた。
「お前が魔王様をどう思っていようと、俺は殺させるつもりだった」
ノクトは言葉を失った。
「俺が幻術で干渉した以上、あれがお前だけの意思だったとは言えない」
「……どうして、俺だったんだ」
「ゼルクを操れるほどの魔力は、俺にはない。だがお前には干渉できた」
ノクティルは言葉を続けた。
「魔王様の力を借りているお前なら、倒せると思ったからだ」
「都合がよかったってことか」
ノクティルは否定しなかった。
ノクトは唇を噛んだ。
「だったら……俺が本当は父をどう思っていたのか、お前に分かるのか?」
「……分からない」
「憎んでいたのか、愛していたのか。それさえ、もう分からないんだぞ」
ノクティルは黙っていた。
「何か言えよ」
「俺に、お前の本当の気持ちを決めることはできない」
ノクトは怒りを押し殺すように息を吐いた。
その気持ちを分からなくしたのは、目の前の男だった。
「ただ、お前は俺の呪いに打ち勝った」
「……呪い?」
「セレナリアで、もう一人の自分に会っただろう」
ノクトの顔が強張った。
仲間との関わりを諦めろと囁いた、あの声。
「お前の幻術だとは知っていた。でも何のために、あんなことをしたんだ」
「お前を試した。魔王の子として魔王軍へ戻るのか、それとも仲間たちを選ぶのか」
「……俺が、どれだけ苦しんだと思ってるんだ」
ノクトの声が震えた。
「自分がみんなを不幸にするんじゃないかって、本気で離れようとしたんだ」
「すまなかった」
ノクティルは頭を下げた。
「だが、お前は仲間と生きることを選んだ。俺の幻術を退け、自分の意思であの部屋を出たんだ」
ノクトは黙ったまま、彼を睨んでいた。
仲間を大切に思う気持ちは本物だ。
それだけは今も変わらない。
だからといって、この男を許せるわけではなかった。
「お前はもう魔王軍の人間じゃない。これからどう生きるかは、お前自身が決めていい」
「お前に言われなくても分かってる」
「……ああ」
「謝れば済むと思ってるのか」
「思っていない。俺がしたことの責任は、 俺が負う」
ノクティルは顔を上げた。
「魔王軍を倒しこの世界に平和を取り戻す。そのために俺はここへ来た」
ノクトはしばらく彼を見つめていた。
「どうして魔王軍を裏切ろうと思ったんだ」
「俺はもともと、魔王軍に忠誠を誓っていたわけじゃない」
ノクティルは静かに答えた。
「ある禁忌魔法を調べるために潜り込んだ。秘密に近づくために、地位を求め続けた」
「それで六魔星にまでなったのか」
「ああ」
「何の魔法だ?」
「死んだ人間を生き返らせる魔法だ」
ノクトは目を見開いた。
「そんなものがあるのか?」
「あると信じていた」
ノクティルは視線を落とした。
「だが、どれだけ調べても見つからなかった。今はもう分かっている。一度失われた命を、本当の意味で取り戻す魔法は存在しない」
「……誰か、生き返らせたい人がいたのか」
ノクティルは答えなかった。
ノクトも、それ以上は尋ねなかった。
「調べている間にも魔王軍は国を滅ぼし、人を殺し続けていた。俺もその中で手を汚した」
ノクティルは机の上の両手を見つめた。
「魔法を見つけられなくても、俺が奪ったものは戻らない。それでも、このまま魔王軍に世界を壊させるわけにはいかないと思った」
「それで、俺に父を殺させたのか」
「……ああ」
ノクトの拳に力がこもった。
「だが、魔王様を倒しても魔王軍はなくならなかった。ゼルクが後を継ぎ、侵略は続いた」
「俺が父を殺しても、何も終わらなかったんだな」
「……終わらせられなかった」
ノクティルは顔を上げた。
「そんなとき、お前が再び現れた。エリシアたちを連れてな」
ノクトは閉じられた扉へ目を向けた。
「お前たちは魔王軍と戦い、各地で人を救っていた。俺が利用したお前が、仲間とともに自分で選んだ道を歩いていたんだ」
「それなのに、また幻術で試したのか」
「……ああ。俺は最後まで、お前の意思を信じようとしなかった」
ノクティルはノクトの目を見た。
「今度こそ、操って戦わせるつもりはない。話を聞いた上で、お前自身に選んでほしい」
しばらく二人とも口を開かなかった。
ノクトは握っていた拳をほどき、ゆっくりと立ち上がった。
「俺はお前を一生許さない」
ノクティルを見下ろす。
「父を殺させたことも、ライナの村でしたことも。魔王軍を倒したからって、なかったことにはならない」
「ああ」
「それでも今はお前の力を借りるしかない」
父へ抱いていた気持ちは、まだ分からない。
けれど、これから誰と生きたいかは分かっていた。
「俺もあいつらと一緒にこの世界を救いたいからだ」
ノクティルは黙って聞いていた。
「だが、今度裏切ったら……」
「分かっている。安心しろ」
ノクティルも立ち上がった。
「必ずこの世界を救ってやる」
ノクトは何も答えなかった。
そのまま背を向け、会議室を出ていった。
一人残されたノクティルは、しばらく扉を見つめていた。
やがて部屋を出ると、侍女の案内で、客人として与えられた部屋へ向かった。
寝台と机が置かれた、静かな部屋だった。
侍女が退出すると、ノクティルは椅子に腰を下ろした。
『誰か、生き返らせたい人がいたのか』
ノクトの問いが、耳に残っていた。
ゆっくりと目を閉じる。
忘れたことなど、一日もなかった。
あの声も、笑顔も。
懐かしい日々の記憶を、ノクティルは静かに辿り始めた。
ありがとうございました!




