10話 光の戦士
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大地が蠢いていた。
ザイモンの巨体は、すでに地中へ消えている。
だが気配は消えていない。
むしろ校庭そのものから、あの不気味な殺気が滲み出していた。
「次ハ、下カラ喰イ千切ッテヤルンダァ」
地面の奥から、ザイモンの声が響く。
ノクトは剣を構えたまま、足元に意識を集中させた。
どこから来る。
前か。
後ろか。
それとも――
その瞬間、地面が爆ぜた。
黒い節足が、槍のようにノクトの足元から突き出される。
ノクトは横へ跳び、紙一重でかわした。
だがザイモンの攻撃は、それだけでは終わらない。
地面のあちこちが割れ、無数の脚が次々と飛び出してくる。
「ハァ……ハァ……イイゾォ……!」
地中から、ザイモンの笑い声が響いた。
「俺ヲ斬ッタナァ……ナラ、地ゴト潰シテヤルゥ!」
地鳴りが強くなる。
校庭の石畳が浮き、亀裂が一気に広がった。
ザイモンの魔力が大地に染み込んでいく。
空気が重い。
まるで地面そのものが、巨大な怪物の腹の中になったようだった。
「見セテヤルヨォ……地ノ怒リヲ!」
ザイモンの巨体が、地中から半分だけ姿を現す。
そして大地へ全身を叩きつけた。
「震厄蠱葬!!」
瞬間。
世界が鳴った。
まず地面が爆ぜた。
ザイモンの魔力が波紋のように広がり、校庭全体を揺らす。
石が跳ねる。
木が裂ける。
地表そのものが、内側から叩き割られた。
次に空気が震えた。
見えない衝撃波が、地面を這うように走る。
瓦礫が浮き、轟音が耳を貫いた。
「くっ……!」
ノクトは剣を地面に突き刺した。
衝撃を受け止める。
だが重い。
体の芯まで揺さぶられ、骨が軋む。
剣を握る腕にも、じんとした痛みが走った。
「クハハハハハァ!」
ザイモンが笑う。
「逃ゲ場ハ無ェェ!」
地鳴りは一度で終わらなかった。
二度。
三度。
波のように衝撃が押し寄せる。
大地が生き物のように跳ね、ノクトの体を弾き飛ばそうとした。
ノクトは歯を食いしばり、剣を支えにして耐えた。
やがて、音が止んだ。
校庭には無数の亀裂が走っていた。
空気は熱を帯び、土埃がゆっくりと舞っている。
「これが……奴の本気か」
ノクトは息を吐いた。
頬の血が顎へ落ちる。
その正面で、ザイモンは狂ったように笑っていた。
「アァ……地ノ音、堪ラネェ……!」
ザイモンの濁った目が、さらにぎらつく。
「潰レル音ガ最高ダァァ! モウ一発イクゾォ!」
再び魔力が大地へ流れ込む。
ノクトは剣を構え直した。
まずい。
あの衝撃をもう一度まともに受ければ、ゼルマンたちまで巻き込まれる。
自分一人で止めきれるか。
そう考えた、その時だった。
「ノクト!」
ライナが隣に並んだ。
「アタシもやる!」
「ライナ、下がってろ」
「嫌だ」
ライナははっきりと言った。
その声には震えがなかった。
「さっきは怖かった。でも、もう大丈夫」
彼女は拳を握る。
「アタシだって、誰かを守るためにここにいるんだから!」
ライナの体から、赤いマナが噴き上がった。
「この身、紅蓮と化す――」
炎が足元から巻き上がる。
「紅蓮爆装!」
次の瞬間、ライナの全身から紅蓮の炎が爆ぜた。
ただ燃えているだけではない。
炎と爆発が、鼓動のように脈打っている。
赤い髪が光を帯び、拳が灼熱に染まる。
踏みしめた地面が赤く焼け、土が蒸気となって弾けた。
炎はやがて、鎧のように彼女の体へ密着する。
腕には火の紋が浮かび、背中には爆炎が翼のように渦巻いた。
「行くよ!」
ライナが地を蹴った。
轟音。
爆炎の残光を引きながら、彼女はザイモンへ突っ込む。
その姿は、紅蓮の彗星のようだった。
拳が振るわれるたびに爆炎が咲く。
一撃。
二撃。
三撃。
ザイモンの黒い甲殻に、赤い亀裂が走った。
「グォォォォォ!」
ザイモンが地鳴りのような悲鳴を上げる。
硬すぎた甲殻が、ライナの爆炎で焼け始めていた。
ノクトもその隙を逃さない。
地面を蹴る。
ライナが焼いた亀裂へ、ノクトの剣が正確に叩き込まれた。
斬撃が走る。
ザイモンの甲殻が砕けた。
「いける!」
ライナが叫ぶ。
「ノクト、このまま押し切ろう!」
「ああ!」
二人が同時に攻める。
ライナが爆炎で硬い甲殻を焼き、ノクトがその隙間を斬る。
炎と剣。
熱と斬撃。
ザイモンの巨体が、少しずつ削られていく。
「グッ……調子ニ乗ルナァ!」
ザイモンの体から、黒紫の煙が噴き出した。
毒のガスだった。
吸えば、ただでは済まない。
だがライナが前へ出る。
「そんなの!」
拳を振るう。
爆炎が広がり、毒ガスを一瞬で焼き払った。
「アタシの炎で消し飛ばす!」
ザイモンの目がぎらりと光る。
「クソガァ……!」
次の瞬間、ザイモンは再び地中へ潜った。
巨体が土へ沈み、校庭から姿を消す。
「そんなのアリなの!?」
ライナが叫ぶ。
「ライナ!」
ノクトは周囲を見渡した。
「足元に集中しろ! 地面の揺れで、どこから出るか分かる!」
「分かった!」
ライナは息を整え、足裏に意識を向けた。
校庭が静かになる。
だがその静けさが、逆に不気味だった。
ノクトは集中を研ぎ澄ます。
右。
違う。
前。
違う。
もっと遠い。
まさか――
「しまった!」
ノクトが叫んだ。
ザイモンが現れたのは、ノクトたちの足元ではなかった。
ゼルマンたちのすぐ側だった。
「オマエラだけでも殺シテヤルゥ!」
地面が割れ、巨大なムカデの頭部が飛び出す。
「アハハハハハ!」
ゼルマンはすぐに剣を抜いた。
ミレオと気絶したアルトの前に立つ。
「下がってください!」
ゼルマンはザイモンへ斬りかかった。
だが相手が悪すぎた。
ザイモンの節足が横から叩きつけられ、ゼルマンの体が吹き飛ぶ。
「ぐっ……!」
「ゼルマン!」
ミレオが叫んだ。
だが体が動かなかった。
目の前にいるのは化け物だ。
人を喰い、地を壊し、笑いながら命を奪う怪物。
ミレオは初めて、本当の絶望を目の前で見た気がした。
強者に逆らえない弱者の気持ち。
奴隷たちが怯えていた理由。
アルトが心を折られていた理由。
それが今、体の奥まで流れ込んでくる。
怖い。
動けない。
魔法なんて使えない。
指先に灯した小さな火は、恐怖の前で消えてしまっていた。
「ミレオォォォ!」
ノクトが駆ける。
ライナも爆炎を纏って走る。
だが間に合わない。
ザイモンの巨大な牙が、ミレオへ迫った。
その時だった。
黄金の光が走った。
一瞬。
目にも見えない速さの斬撃が、ザイモンの牙を砕いた。
「ギャアァァァァ!」
ザイモンが絶叫する。
ミレオの前に、白い影が降り立った。
金の髪が風に揺れる。
白い衣が光を反射し、足元には金色の粒子が舞っていた。
手には、光り輝く聖剣。
焦げた空気の中に、静かな声が響く。
「私が来たからには、もう大丈夫よ」
その女性は、ミレオを庇うように立っていた。
「安心しなさい」
ミレオは目を見開いた。
「あなたは……」
ノクトも足を止めた。
その姿を見て、表情がわずかに変わる。
エリシア。
勇者ルシエルの妹。
光の剣士。
彼女は聖剣を構えたまま、ザイモンを冷たく見つめていた。
「キサマ……光ノ剣士カァ?」
ザイモンが低く唸る。
エリシアは答えなかった。
ただ一歩、前へ出る。
「悪いけど、あなたに使う時間はないわ」
その声は冷たかった。
「さっさと片付けて、あの男を処刑する」
エリシアの視線が、ノクトへ向けられる。
鋭い殺気。
ライナは息を呑んだ。
「え……?」
エリシアはノクトを敵として見ている。
明らかにそうだった。
ノクトは何も言わなかった。
ただ、静かにエリシアを見返している。
「ナメヤガッテ……」
ザイモンの体が軋んだ。
「殺シテヤルヨォォォ!」
ザイモンの背中から、黒い蒸気が噴き出す。
闇の魔力が液体のように流れ出し、足元の地面を腐らせていった。
「スベテ喰ライ尽クシテヤル……!」
ザイモンの甲殻が割れる。
その隙間から、無数の黒炎の脚が飛び出した。
脚の先には、赤黒く光る牙が生えている。
「黒蝕蠢牙!」
無数の脚が、一斉にエリシアへ襲いかかった。
大地が盛り上がり、闇の触手のように押し寄せる。
その光景は、地獄の群れだった。
だがエリシアは動じなかった。
聖剣を静かに構える。
その剣は、光属性のマナで形作られた奇跡の剣。
闇の中でも、その輝きは少しも揺らがない。
「粛清を始めるわ」
エリシアが地を蹴った。
速い。
白い衣が光の残像を引く。
一瞬でザイモンの間合いへ入り、聖剣が閃いた。
一閃。
黒い脚が斬り落とされる。
二閃。
闇の触手が消し飛ぶ。
三閃。
ザイモンの甲殻に、光の傷が刻まれた。
斬撃の軌跡が金色に咲く。
まるで空中に花が開いていくようだった。
「グァァァァァ!」
ザイモンが暴れる。
だがエリシアは止まらない。
光の剣が、無数の斬撃を生む。
右から。
左から。
上から。
下から。
ザイモンの黒い巨体が、光に刻まれていく。
最後に、エリシアは体をひねった。
そして聖剣を天へ突き上げる。
「天裂連華!」
百を超える光の斬撃が、一斉に弾けた。
金色の花弁のような残光が、ザイモンの巨体を包み込む。
音が消えた。
次の瞬間。
ザイモンの体が、内側から崩れ落ちた。
「バ……カナ……」
ザイモンの濁った瞳から、光が消えていく。
「ザイモン様ガ……コンナ……」
最後の言葉は、土埃に飲まれた。
巨大なムカデの体は崩れ、黒い霧となって消えていった。
校庭に静寂が戻る。
金色の光が、花弁のように舞っていた。
ミレオは呆然としていた。
ゼルマンも、ライナも、アルトも、言葉を失っている。
エリシアは聖剣を下ろした。
そしてゆっくりと振り返る。
その視線の先にいたのは、ノクトだった。
ノクトは剣を握ったまま、黙って立っている。
エリシアは光の剣を構え直した。
その瞳には、ザイモンへ向けたものよりも深い殺意が宿っていた。
「久しぶりね、ノクト」
静かな声だった。
けれど校庭の空気が、一瞬で凍りつく。
「魔王を殺した裏切り者」
ライナが息を止めた。
ミレオも、ゼルマンも、目を見開く。
誰も知らなかった名が、そこで初めて形を持った。
ノクトは何も答えない。
エリシアは聖剣の切っ先を、まっすぐノクトへ向けた。
「今度はあなたの番よ」
お読み頂きありがとうございました!ただいま一話から最新話まで改稿済みです。編集日を確認して貰ってお読み頂きたいです。よろしくお願い致します。




