10話 戦いの決着
ザイモンの表情が、はじめて僅かに歪む。
「ハァハァ……イイゾ……イイゾォ……コレダァァ!!」
その目に宿るのは、恐怖ではなく興奮。痛みすら快楽に変える狂気。
「俺ヲ斬ッタナァ……ナラ、地ゴト潰シテヤル!!」
ザイモンの全身から、鈍い地鳴りが響き始めた。脚の一本一本が震え、地面を叩くたびに砂塵が跳ね上がる。
「……見セテヤルヨォ、地ノ怒リヲ!」
彼の魔力が大地に吸い込まれていく。空気が重くなり、地面が不気味にうねった。
ザイモンは大地に巨体を叩きつけた。
「震厄蠱葬!!!」
――瞬間、世界が鳴動した。
まず、地面が爆ぜた。大地の奥底に叩き込まれた魔力が、波紋のように広がっていく。
石が浮き、草木が裂け、地表そのものが弾け飛んだ。
次に、空気が震えた。
見えない衝撃波が奔り、音速の刃のように地を這う。瓦礫が浮かび、地響きが鼓膜を破るほどに膨れ上がる。
そして、ノクトを襲う。衝撃が全身を貫き、重力が崩壊したかのように体が宙に放り出された。
剣で受けようとしても、刃そのものが共鳴し、軋むほどの圧力。
「クハハハハハァ!!逃ゲ場ハ無ェェ!!」
ザイモンの笑い声とともに、地鳴りが波打つように繰り返し襲いかかる。
振動が連鎖し、地そのものが生きているように跳ねた。
ノクトは歯を食いしばり、剣を地面に突き刺して衝撃を受け止める。地が沈み込み、衝撃が背骨まで響く。
――やがて、音が止んだ。
大地には、深く穿たれた無数の亀裂が残る。空気は焦げたように熱を帯び、ザイモンの足元からは薄く蒸気が立ちのぼっていた。
「これが奴の本気か ……」
ノクトは息を荒げながら呟く。その眼前で、ザイモンが狂った笑みを浮かべていた。
「アァ……地ノ音、堪ラネェ……潰レル音ガ、最高ダァァ!!モウイッパツいくゾォ⁉︎」
また同じ魔法がきた。ノクトは剣を構える。自分は一人であの技を処理できるのか?するとライナがノクトの側に寄ってきた。
「この身、紅蓮と化す――紅蓮爆装!!」
次の瞬間、彼女の体から轟音とともに紅蓮の炎が爆ぜた。それはただの火ではない。燃焼と爆発が同時に脈打つ、生きた炎。
その炎がライナの全身を覆い、揺れる髪すらも光の尾を引いた。
彼女は一歩、前へ出る。踏みしめた足跡が赤熱し、土が蒸気となって弾ける。
呼吸のたびに、炎が噴き上がった。そして爆炎が一気に収束し、まるで鎧のように彼女の体に密着して形を成す。
腕には炎の紋が浮かび、背中には巨大な爆炎が渦巻く
彼女の拳が赤く光り、熱波が四方へ走った。そして次の瞬間、轟音とともに地を蹴り、爆炎の残光を残して突進。
その姿は、まるで紅蓮の彗星。拳を振るうたびに炎が咲き、爆ぜ、黒鎧を焼き尽くしていく。
紅蓮爆装――それは、炎を纏うのではなく、炎そのものになる魔法だった。ザイモンの黒鎧は損傷した。
ザイモンが地響きのような悲鳴を上げる。ノクトもこの機を逃さずに激しい攻撃を繰り出した。
「いける!いけるぞ!」
ノクトとライナが同時に繰り出す激しい攻撃にザイモンは耐えられなかった。すると一度、体内から毒ガスを噴射する。
だがライナの爆炎でその毒ガスは一瞬の内に消えてしまった。そして窮地に立たされたザイモンは一度、地面の中に潜った。
ライナが叫ぶ。
「そんなのアリなの⁉︎」
「ライナ!足元に意識を向けるんだ!そうすればどこから奴が出てくるか分かる!」
ノクトは集中力を研ぎ澄ましていた。そして叫ぶ。
「しまった!」
ザイモンはゼルマンたちのすぐ側から現れた。
「オマエラだけでも殺してヤルゥゥ!アハハハハ!」
ザイモンの攻撃にゼルマンが反撃するが、ゼルマンはすぐに吹き飛ばされた。
ミレオは目の前の化け物に怯えてしまって、魔法すらも使うことができなかった。
彼は初めて絶望の恐怖を目にした気がした。弱者が強者に逆らえないわけを改めて理解したのだった。少しも体が動かない。動かすことができなかった。
ザイモンの牙がミレオに襲いかかる。
---そのときだった。目にも見えない速さの斬撃がザイモンの牙を砕いた。ザイモンは強烈な痛みに喘ぐ。
誰もが息を呑む中、ミレオの前に黄金の光が差し込んだのだった。
「私が来たからにはもう大丈夫よ。安心しなさい。」
静かな声が、焦げた空気の中に響く。白装束が光を反射し、金の粒子が彼女の足元に舞った。手元には光輝く聖剣を握っている。
エリシア。その姿を見た瞬間、ミレオの瞳が大きく見開かれた。彼女は聖剣を構え、瞳に冷たい光を宿す。
ザイモンが低く唸る。
「キサマはヒカリの剣士カァ⁉︎」
エリシアの返答はなかった。ただ一歩、前へ。
「悪いけどあなたに使える時間はないわ。さっさとあなたを始末して、奴を処刑する。」
エリシアはノクトの方を見て、その瞳に殺気を込めていた。
「ナメヤガッテ‥‥‥殺してヤルヨォォォ!」
「粛清を始めるわ。」
ザイモンの身体が軋む音を立て、無数の脚が地を這う。その背中からは黒い蒸気が吹き上がり、闇の魔力が液体のように流れ出していた。
「スベテ喰らい尽くシテヤル……!」
地を叩くたび、足元から黒い波紋が広がる。それは毒と呪いの混ざった魔気――大地そのものを腐食させる闇の蠢動。
次の瞬間、彼の体表を覆う甲殻がパキリと割れ、無数の黒炎の脚が飛び出した。
脚は一本一本が生きているかのようにうねり、その先端には赤黒く光る牙が生えている。
「黒蝕蠢牙!」
咆哮と共に、無数の脚の群れが一斉に襲いかかる。地面が盛り上がり、闇の触手が波のように走る。
その光景はまるで大地を這う地獄の群れ。もはやザイモンの姿は人ではなかった。
だがエリシアは落ち着いていた。静かに光輝く聖剣を構える。この剣こそ光属性のマナから成る奇跡の剣だった。聖剣はずっと光を失わないでいる。
地を蹴った。目にも止まらぬ速さで間合いを詰め、剣が閃く。
一閃。二閃。三閃――音が遅れて響く。それぞれの斬撃が光の軌跡を描き、空中に金の花が咲く。
ザイモンの黒殻を貫き、斬撃が連鎖的に炸裂。まるで無数の光が、獲物を中心に踊るようだった。
最後の一撃。エリシアは体をひねり、天へと剣を突き上げた。
「天裂連華‼︎」
轟く光の衝撃。百を超える斬撃の残光が一斉に弾け、その中心でザイモンの巨体が音もなく崩れ落ちた。
風が吹き抜け、金色の花弁のような光が散る。静寂の中、エリシアは剣を握りしめたまま、ノクトの方に向かったのだった。




