31.邂逅
あの一件から心のざわつきが止まない日々。
真理亜と麗美と3人で遊びに行っても。
麻耶にちょっかい出して相変わらず呆れられても。
直人と甘いひとときを過ごしても。
それらは一時の気晴らしにしかならならなくて、少しずつ、少しずつ何かがあたしの中に溜まっていく。
それは苛立ちなのか、焦りなのか、不満なのか。
正体はわからないまま疑問が積もっていく一方だった。
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数週間経ったある日、あたしは偶然見つけた。
大学へ向かう電車の中で、いつもより空いている中、珍しく空いていた席に座り、何気なく車内を見回した時に。
車両の進行方向側の方にいたあたしからみて車両後ろの方。ドア付近にもたれかかっている女性をふと見た。
深く被ったキャップにメガネ姿。ひと目見て確信があった。間違いない。あの時の女性だ。
あたしは席を立ち、彼女に近づくため車内を移動し始めた。
とにかく彼女に話しかけてみよう。
何かわかるかもしれない。何でもいい。些細なものでも。
するとあたしの行動に気づいたのか、女は後ろの車両へ向かいだす。なぜあたしから離れようとするの?
決して逃がさない。
吊革を持ち立っている人をよけながら、あたしは足早に追いかけた。女も歩く速度をあげながらどんどん後ろの車両へと進んでいく。
一向に2人の距離がつまらないことに、あたしは痺れを切らして走りだした。
その時、電車の荒いブレーキで他の乗客にもたれかかるように前のめりに転けてしまう。
あたしはもたれかかってしまった人にすぐに謝ったが、怪訝そうな顔で睨まれ、その場を取り繕っているうちに電車が駅に着いてしまった。
遠目で彼女が電車を降りるのを見たあたしはここで降りられては見失ってしまうと焦り、急いで電車を降りた。
でもそこは大都会のターミナル駅。行き交う人の多さに紛れてしまい、結局彼女を見つけることができなかった。
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「茜香、どうしたの?最近ずっと上の空じゃない?」
真理亜があたしの顔を覗いてくる。
「わかった!彼氏とうまくいってないんでしょ!」
「違うから」
あたしはため息混じりに答えた。
お昼時、真理亜と麗美と3人で大学の学食でランチ。
今朝の電車での出来事が憂鬱な気分を加速させ、ご飯があまり喉に通っていかない。
「じゃあ他の悩み?少しでも話せないかな?ちょっとだけでも楽になるかも」
きっと気を遣ってくれてる麗美が優しいトーンであたしに話しかける。
「うーん、なんていうのかな。うまく言えないんだけど…」
濁しながらなんて伝えればいいか、あたしは言葉を選びながら話した。
「みんながいてくれてすごい嬉しくって楽しくって今が幸せで、いつまでも続いてほしいなって願ってるんだけど…このままでいいのかなって。でもいざ一歩踏みだしたら、みんなと会えなくなっちゃうんじゃないかなってすごく不安…そんな曖昧で言葉に表しにくい悩みかな」
「へえ、茜香がそんなセンチメンタルになるなんて珍しい。近いうちに天変地異が起こるかもね」
「からかわないでよ」
「ごめんって。でも別にそんなこと気にしたって仕方ないんじゃない?続く時は続くし、終わる時は終わる。そんなもんでしょ人生なんて」
「…なんか真理亜って達観してるね」
「そう?よく言われる」
真理亜は悪戯な笑みを浮かべながら言葉を続けた。
「何悩んでんだかわかんないけど、守りより攻めの方が大事だって。茜香らしく攻めていこうよ。その先には何も得られないかもしれない。それでも進んだ分だけ自分を誇りに思えるって」
「真理亜ってそういうこと言えるんだ。びっくり」
麗美に全くの同意。励まされたところもあるけど。
「真理亜の言葉を借りるわけじゃないけど、茜香のやりたいようにやったらいいんじゃない。でも忘れないでね。茜香が困ったら私も真理亜もそばにいること」
「麗美…」
「僕はいやだよ!」
「…麻耶?」
いつの間にかあたしの後ろには怖い顔をした麻耶が立っていた。
「嫌ってどういう…」
「このままでもいいじゃん!何がダメなの!みんなが楽しく過ごせる今の何がダメなの!」
「ダメなんて言っ…」
「茜香はきっとこのままだと壊してしまう!考え直して!」
「麻耶、あんたはなにを…」
「とにかく僕は反対だからね!」
あたしの話を一切聞かず、そう言い放つと麻耶は去っていった。
しばらくの沈黙の後、真理亜が口を開いた。
「はあ…茜香も麻耶もどうしちゃったの。なんかみんなおかしくなっていってない?」
肩をすくめながらそう言った。
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大学からの帰り道、あたしはコンビニに寄った。目的はスイーツ…じゃなくて中村と会いたかった。
どうしてなんだろう。誰かと話がしたかっただけかも。
しかしながら店内を見渡しても中村はいない。しばらく雑誌コーナーで物色しながら待ったものの今日は休みみたい。
仕方なく、この前買ったカップケーキの違う種類のものを購入してコンビニを出た。
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足は自然と中村とこの前行った公園に向かっていた。
中村がベンチに座って缶コーヒーを飲んでいる…そんな都合よくいる訳ないと思いつつ、来てしまった。
前と同じで人がいないくて寂しい小さな公園。もちろん中村はいなかった。
あたしはベンチに座り込み、しばらくの間何も考えずにただほーっと空を見上げてた。
「あっ、お姉さん」
可愛らしい声があたしにかけられる。
中村の妹、かやちゃんだった。
「かやちゃん、久しぶり」
「お久しぶりです。お姉さん」
かやちゃんはごく自然な動作であたしの隣に座る。
「お姉さん、兄を知りませんか?買い物頼んだら全然帰ってこなくて、ひょっとしたらここにいるかもって来たんですけど」
「ううん、ごめんね。あたしも知らないんだ」
「ところでこんなところで何してたんです?」
かやちゃんは間を開けずに質問してきた。
「空…見てただけかな」
「狭いですよね、都会の空は。あたしの持論なんですけど、空を眺めてる人は大体何かで悩んでる。合ってます?」
察しがいい子。あたしが悩んでるのわかってて聞いてきてるんだ。
「うん、合ってる」
「それでその悩みは本当に今の自分はこのままでいいのかって漠然とした悩み…合ってます?」
何この子。心でも読めるの?
「かやちゃんってエスパーなの?」
あたしは笑いながら言った。
「でも分からないことがあります。お姉さんはもう決めてるはず。どうしたいか、どうすべきかってこと。なぜためらってるんですか?」
今までのは答え合わせみたいなもので、かやちゃんの本当の質問はこれだったんだろう。
「何でもお見通しなんだね」
あたしは少し間を開けて答え始めた。
「うん…とね、笑わないで聞いてほしいんだけど、全てを失うような気がするの。大好きなみんなのことや楽しかった思い出…全て全部ね。だから決められないの、迷ってるの…なんて、よくわかんないよね言ってること」
かやちゃんは空を見上げ、おもむろに話し始めた。
「知ってますか?今世で出会う人は前世でも出会った人たちだって。きっと来世でも。繋がってるんですよ、私たちみんな。姿、形を変えようと。だから寂しがらないでください。また会えます」
「…繋がってる…ね」
かやちゃんは笑顔を浮かべた。
「その時にはもっとお姉さんとお話しできて仲良くなれる…そんな世界がいいですね」
儚げなその笑顔は、本当にそう願っているようだった。
「…うん…そうだね」
あたしはベンチから立ち上がり、スマホをとりだした。
アプリでメッセージを送り、後ろポケットにしまいなおす。
「じゃあ、あたし行くね。かやちゃん、ありがとう」
「こちらこそ、お姉さんとお話できて楽しかったです。お姉さんもそう思ってるはず…合ってます?」
「合ってるって」
あたしは笑顔で頷き、手を振ってかやちゃんと別れた。
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夜、東京タワーのメインデッキ展望台。
あたしはひとり、そこにいた。
理由は夜景が見たかった…っていうのと久しぶりに行きたかった。それだけ。
夜景を見るならもっといい場所があるかもしれないし、単に高いところからの景色が見たいなら東京タワーよりスカイツリーに行けばいい。
でもあたしは昔から東京タワーが好きだった。
見下ろすビル群の光や高速道路の走るライトをぼんやりと眺める。
メインデッキにいた人たちはいつのまにかまばらになり少なくなってきた。
「ねえ、いるんでしょ?こっち来たら?」
あたしは夜景から目を離さずに、どこか近くにいるはずの人物に声をかけた。
そうするとひとり、あたしの左側にやってきて、立ち止まる。
「こうやって会って話すことになるなんて不思議な話ね、セリカ・ビスタ」
あたしがそう言ったのをきっかけに、そいつはキャップとメガネを外した。
「なあんだ、バレてたんだ」
あたしとうりふたつの顔がそこにあった。
「初めまして、松田 茜香さん」




