11-2
洞穴と入り口、外の光に背を向けるように佇む2つの影。
その姿を認識した途端、身体がビクッと大きく震えた。
迎えが来たのだ。
嫌でも理解する。
この生活は終わりなのだと。
夢など見ては、いけないのだと。
瞳をギュッと閉ざした。
夢であってくれたならと、せめてあと少しその事実から浅ましくも逃れようとするように。
その心をそのまま写したように、身体が小刻みに震える。
その瞬間、
自分を包んでいたはずの温もりが一気に遠ざかり、洞穴の奥から外へと突風が走る。
強く鳴ったのは激しく金属同士がぶつかり、軋み合う、重たく骨にまで響いて来そうな衝突音。
そこに混ざるのは誰かの呻くような、低く唸る苦しげな声。
思わず視界を開けてそこに映るのは、洞穴の入り口で背を向け、剣を振り切っテヤンの後ろ姿。
鈍く、雪のクッションが敷き詰められた地面へと何かが、叩きつけられる音が2つ。
追撃を加えるため、躊躇なく洞穴から地上へと飛び降りたテヤン。
その後また聞こえてくるのは先ほどの比ではない激しい衝撃音。
静かだったはずの森に、争いの音が広がっていく。
その背を反射的に追いかけ、洞穴の入り口から下の地面を覗き込めば、その目に映るのは剣を剣を重ね、時に蹴飛ばしながら2人相手に戦うテヤンの姿。
それも片方は、仲間であるはずのアベルだ。もう1人の王子の方であればわかるが、テヤンがアベルと戦う理由はないはず。
なんでっ…
急ぎ3人の元へ行こうと駆け出す。
熱が下がってから、テヤンに過保護に囲われていた代償か、雪に足を取られ、思うように前へと進んでいかない。
躓き、転けそうになら足でゴツゴツとした岩肌に手をつくことで、なんとか地上へと続く坂を降りていく。
「テメーッ!テヤン、いい加減にしろっ!なんでっっ、おい、話は最後まで、」
「…フッ、一度力比べしてみたいとは思ってはいたが。この状況では中々に厳しい」
激しい剣の撃ち合いをしながら、力負けしてるのか、どんどん後退していくアベルが、必死にテヤンに声をかけるが、テヤンはその手を緩めようとはしない。
その琥珀の瞳は彼が戦闘中に見せるそれ以上にぎらついており、攻撃され怒り狂った魔物を思わせた。
ぞくりっと、ただでさえ頼りない自分の身体が震える。
先に、木の幹へと叩きつけられたらしいランスロットは荒い息をしながら、痛めたらしい肩を押さえ、顔を歪めていた。
しかしそれも束の間、雷魔法を応用した瞬間移動で一瞬でテヤンへと近づいたランスロット。
背後に姿を現したランスロットにいち早く気がついたテヤンはすぐに、目の前のアベルを力任せに地面へと叩きつけ、振り返るが、間に合わず、ランスロットが至近距離から電撃をテヤンへとお見舞いする。
激しい爆裂音と共に目眩しのような光を纏う電撃がテヤンの右腕に、そして全身に襲いかかる。
しかし、テヤンはその電撃をモロに受け、表情を歪めながらも、そのランスロットの腕を掴み上げるとそのまま地面に転がったアベルの上へと片手で投げ飛ばした。
ランスロットが叩きつけられた衝撃で、周囲の雪が吹雪のように周囲に飛び散り、その瞬間を逃さないようにテヤンが2人へと刃を定め、飛びかかる。
「やめて、テヤンッ!!」
とっさに口から出た叫び。
私のそれに反応するように一瞬動きを躊躇したテヤン。
その一瞬を見逃さなかったアベルが炎を纏わせた一閃をテヤンへと斬り込む。
それを済んでで腹部にくらうのを躱し、代わりに左腕に火傷を負うと、そのまま私のすぐそばまで、飛ぶように戻ってきた。
「オマエ、ふっざけんなよっ!!迎えにきた仲間殺そうとする奴がどこいるっ!」
容赦ないテヤンの攻撃を受け続け、もうズタボロ、血も所々流れているアベルが吠えるようにテヤンへそう言葉を吐き捨てた。
その言葉に私は、ある可能性に思い至り、すぐ斜め前に私を守るように剣を構えるテヤンを仰ぎ見る。
全身に雷と炎の火傷の跡を大小様々につけながら、なお仇でも見るような瞳でアベルを睨みつけるテヤン。
-もしかして…私が怯えたから。
迎えにきたアベルを見て、元の旅へと戻らないといけないことを私が恐れたから。
そんな私の考えを肯定するように、テヤンが纏うのは濃密な殺気であり、なんとしても目の前の"敵"を駆除しようとする明確な意志だ。
-私が…浅ましくも未来を望んだから…
血の気が引き、座り込んだ地面の冷たさも気にならないほど、身体の芯がどんどん凍えていく。
また始まった3人の戦闘も、遠くの出来事のように耳に入らない。
-どうしよう。どうしたら…
何もわからない。
テヤンに縋ってしまった今、その温もりに手を伸ばしてしまった今、私は何も選べない。
だって"最善"を選べば、私は彼を手放し、死ぬための道を歩まないといけない。
-そんなの、無理よ…でも、
でも、だからと言って、テヤンが私のためにアベルを殺すことがあってはならない。
アベルはテヤンにとって、きっと家族を持たない彼の唯一、義兄弟と呼べる家族な筈だ。
大切なものがほとんどない私と同じ、彼の数少ない大切にしたいはずの場所だ。
「…テヤン、やめてっ!」
私がそう叫ぶのと、急に現れた人影が私を捕らえたのは同時だった。
耳元でバチバチと激しい音を鳴らしながら、首元に突きつけられているのは雷の塊のような鋭いもの。動けないように体を押さえつけているのは、まだ子供と思えるような小柄な男、ランスロットだ。
血だらけで、疲労困憊で、荒い息を吐きながらもその少年は名一杯の本気をその瞳に宿し、テヤンの暴挙を止めようと睨みつけている。
「動くな。大切な女っ、…傷つけられたくはない、だろう?」
こちらに駆け寄ろうとするテヤンを牽制するように、ランスロットが挑発的な言葉を発した。
でも、その声は整わない息で途切れ、その身体も大きく呼吸に合わせ上下している。
好戦的とも取れるその態度。
しかし、敵意はなかった。
「テヤン、」
少し離れたところからこちらを見る琥珀色の瞳に、大丈夫だと伝えるように真っ直ぐ訴える。
-ごめんなさい…
テヤンはそのゆらゆらと燃やし、揺らしていた瞳をゆっくりと落ち着かせ、手にしていた剣を背に戻した。
それを見て、どこか安心したようにアベルが地面に片膝をついたまま力を抜き、剣の支えに寄りかかる。
「あーあーあー、派手にやったのぉ〜」
そんな私たちの頭上から降ってきたのは、いつからそこに現れていたのか、空中に浮き私たちを見下ろしていたターニャの声だった。
ターニャはそのままくるりと空中で遊びながら、戯れにこちらに近づいてきて、ストンと私の隣へと着地した。
「とりあえず、話し合おうにもその見すぼらしい格好をなんとかせねばのぉ?」
そんな言葉を続けながら、ターニャは私にニヤリと笑いかける。
「シレーヌ、悪いがこの哀れな男どもに回復魔法をかけてやれ」
その言葉に私は、大人しく静かに従った。
続きは上がり次第です。




