10-5
最初に感じたのは大地がガンッと縦に落ちる衝撃だった。
次いでガタガタと足元を崩されるような細かな、しかし激しい横揺れ。
「なっ、なんだこれ!?」
「…チッ、まずいな。」
いきなり突き落とされた天変地異。
地響きを轟かせ、大地を揺るがす衝撃に俺がただ驚きと焦りの声を上げたのに対し、ランスロットはこれが何かわかっていて焦ってるような、そんな強張った声を上げた。
「おいっ、何が起きてるんだ!」
「…魔法石を使った巨大な土魔法だ。たぶんこの後すぐ、王国騎士軍がここに移動魔法で飛んでくる。」
「はぁっ!?」
-魔法石?巨大な魔法?そして王国騎士軍だと?
「追手ってことか。」
「あぁ、お前の、そしてもしかしたら、俺の…可能性もあるな。」
「はぁ?なんで…」
そんな俺らの会話の後ろで、混乱から暴れ狂う家畜たちを必死に纏めようと、ミアが他の者たちに怒号を浴びせながら指示している。
「説明は後だ…おいっ、ガミガミ女っ!戦闘に備えて周りを固めさせろっ!!」
距離にして400メートルは離れている人と家畜の列の先。
ランスロットの響く声にきちんと反応したミアが、怪訝そうなおっかない顔でこちらを睨みながら、同じように大声を返してくる。
「はぁ!?なんで…守れるだけで戦えないわよっ?」
「良いから早くしろ!!」
「…みんな、周囲警戒!自分の身を第一に、出来るだけ動物たちを避難させつつ動くよっ!!」
ミアのその一言で、他の奴らも皆それぞれに武器を持ち、手分けして家畜たちの担当を決め、何やら配置を固め始める。
しかし、
「ワタワタ野郎、お前もさっさとなんか武装しろ。」
「いや、俺の武器、お前に城で全部取られただろっ!てか、ここは戦いに圧倒的不利だ。大人数を相手にこんな開けた土地なんて…囲い込まれるぞ。」
そう、ここは広大な面積を持つ英雄平原。
もとはこの地にあった森も山も、何もかも500年前の人間と魔物との大戦で焼き払われたのだ。
そして残ったのは視界に何も覆うことのない、見晴らしの良い緑の大地。
「そうだろうな。」
「そうだろうなって…」
「アベル。」
苦味を含みながらも淡々としたランスロットの返事。
そして、まだ続いている地響きと揺れに混じり、蹄の音と共にこちらにやってきたミアが俺に声をかける。
「お前たちはタイミング見てウチらから離れてくれる?巻き込まれて多数の死者を出すなんてしたくないし、上手くやれば…戦力を削げる。」
「おい、それじゃあ…」
-目隠しになった挙句、俺たちを逃すと言ってるようなもんだろ…
嫌でも思い出すのは10年前、同じような方法で俺を逃し、そしてアイツに殺されたリィナの姿。
そんな俺の感情を感じ取ってだろう。
俺の言葉を遮り、厳しい表情のまま俺を睨みつける。
「勘違いすんな。こっちも大罪人ととんでもない王子座に巻き込まれたくないだけ。あと、」
グッと胸の前に突き出されたのは鞘に納められた、少し細身の剣。
見たことは何度もあった。
植物の蔦のような模様が刃から柄にまで入った美しいそれは間違いなく…
「姉さんの剣。折っても、失くしても許さないから…ちゃんと返しに来い。」
それをミアが言い終わるか、言い終わらないかのタイミングで、俺たちのすぐそばて激しい閃光と轟音が、奴らを連れてやってきた。
***
-やはりな…
「皆、命を第一に!散り散りにだけはなるなっ!」
女らしさをかなぐり捨てたような野蛮人が叫び、駆けて行く様子を見ながら、その後ろに見えた見知った隣と同じ髪色に自分の予想は当たったのだと理解する。
陽の光を受け白く輝くその服の縁取りは太陽を連想させる金。
白馬に跨り、槍を携えたその姿は紛れもない我が王国の軍神、虐殺の業火、ダニエル カイン リヒター。
こうして見えることになるなんて、今まで一度でも考えたことのなかった過去の自分を痛烈に罵ってやりたい気分になる。
あの男はいつも、俺を跡継ぎだと言いながら、殺す機会を虎視眈々と狙っていた。
そしてアイツへ愚かなほどに忠誠を誓っていたこの男が、俺と敵対することなどあり得ない未来なわけなかったのだ。
しかし、そう思い至るには、ダニエルは俺の側に居すぎたのかもしれない。
それは父の命を受けた、ただの監視のはずだったのに。
「もはやヴァジュランダの力のない俺なら、逆賊に仕立て上げて殺すことは容易いと考えたか…舐められたものだな。」
そう口にしながら、自分の口調に余裕がないことにまた苛立つ。
-くそっ……だから力がないのは嫌なんだ。
力がなければ、人間という矮小な存在に生まれた俺らなど、簡単に他の存在に踏みにじられる。
それは権力であったり、この自然のもたらす災厄であったり、もしくはこの世界の悪戯のすぎる神であったり…
しかし、己の力のなさを嘆いた所で今ここで終わってやる気はない。
「赤いの、離れるぞ!」
「…そうだな。アイツが出てきたなら早々に離れるのが安全か。飛ばすぞっ!落馬すんなよっ!」
「ふんっ、誰に言ってる?」
威勢よく馬の腹を蹴り、促せば、訪れるのはまだ慣れ切らない独特のリズムを刻む揺れと衝撃。
それにうまく成長し切らない身体でいなしながら、隣の男に置いていかれないように必死でスピードを上げ続ける。
-コイツ、上手いな。
片手で手綱を操り、猛スピードで大地を駆けながら、時折飛んでくる矢を的確にその細身の片手剣で叩き落とす姿は、とても堂に入っている。
-まるで500年前の戦争で英雄となったソル ケーニッヒの伝承のようだな。
"風のように馬を駆け、華麗な剣捌きで道を切り開きてその者、人々の窮地を打ち砕く"。
いまいち癪に触る、そんな柄にもないことを思い浮かべては舌打ちをする。
-では、ソルの腹心で、影のもうひとり英雄と呼ばれたシエロ ディアスは?
この時、なぜそんな思考になったのか後から思い返してもわからない。
だが、何故かそんなことを考え、そして気がついたら自分の手を振り上げていた。
「なんで俺様が従者役なのかねぇ?」
一瞬にして立ち込める暗雲。
蛇がとぐろを巻くようにぐるぐると集まるその塊はやがて小さく稲妻を光らせながら、その時を待つ。
「さて、"英雄様のため、足踏みでもしててもらおうか"。」
そうして振り下ろした手を合図に、巨大な雷が眩いばかりに空を切り裂き、
そして、
大地を真っ二つに切り裂いた。
10章、次の章書き始めて繋がりが悪かったらもう1話書くかもしれないです。




