9-3
シレーヌはその夜から3日間熱を出した。
急に寒い地域に来たこと、精神的なこと、色々理由はあったのかもしれない。
下がらない熱に苦しむシレーヌに、俺はただ必死に看病することしかできなかった。
この冬に閉ざされた北の森に、"魔物以外の食べ物はほぼない。
唯一この森のずっと東、海に面する場所に小さくて酸っぱいベリーの実がなるくらいだ。
それほどまでにこの土地は生き物に厳しい凍てつく大地なのだ。
4日目にして、ようやく熱が下がり始めたシレーヌの華奢な身体を、自分の腕に抱き込み、とってきた果物をその口に押し込む。
岩肌がむき出しになったこの狭い洞穴では、いくら昔使っていた藁や毛皮が残っていて、それを敷いていようと大地から伝わってくる冷たさは誤魔化せやしない。
それを言い訳に、力なくぐんにゃりとしたシレーヌの身体を自分の腕の中に閉じ込めると、何故だかとても安心した。
熱はあるのかもしれないが…大丈夫。
ここに、シレーヌはいる。
自分が死にかけたことは何度かあった。
その時はぼんやりこのまま死ぬのかな?と、ただ成り行きを受け入れる凪いだ気持ちしかなかった。
生き物の命を奪ったことだって何度もある。
死は、いつだって俺の身近なところにいたはずだった。
なのに、
"シレーヌの死"、
それは耐え難い恐怖に感じた。
姫巫女として死ななければならない?
それはなんとも憤りを隠せない、激情を呼び起こした。
手が離れたら、姿が見えなければ、
狂いそうなほどに荒れる心の闇が、何もかもを破壊し尽くしそうだ。
初めて感じる凶暴な負の感情。
そしてそれの連鎖。
次々とベリーの実をシレーヌの柔らかな唇に押し入れながら、きちんと腕に収まるその身体に、帰ってくる反応にホッと息を吐き出す。
失いたくない。離したくない。
他者に初めて抱いた執着が、簡単に俺を振り回す。
もういっそ、このまま…
そんなことを考えてしまう自分のズルさを笑いながら、意識の曖昧なシレーヌの前髪をそっと掻き上げ、そのまろい額に唇を寄せる。
絶対に…離してなるものか。
そんな身勝手な決意を俺が抱いてるとも知らず、シレーヌは俺の腕の中で静かに眠りへと戻っていった。
***
竜巻から北の森へと飛ばされたあの日からの3日間、私は高熱を出し、ずっと寝込んでいたらしい。
「もう大丈夫よ?」
「…ここは寒い。」
あれから熱は下がったというのに、テヤンの過保護が抜けない。
外に魔物を狩りに行くときは『大人しく待っててくれ』とか言いながら心配そうに私を見つめ、渋々外へと出かける。
帰ってきたと思ったら腕の中に私を囲い込み、そのままの体制で調理やら食事やら、何から何まで私の世話しながら済まそうとする。
『もう熱ないからいいわよ?』
『…いいから食べろ。』
そう言いながら口元に運ばれた食べ物を渋々食べたのは、もう数えきれない程となっている。
今だって、外から帰ってきて早々、私をその綺麗な筋肉のついた腕でギュッと抱きしめている。
それがまるで何かに怯えている子供のようにも思えて…
-私のせい…なのかしらね。
倒れる前、支離滅裂な欲望を曝け出した私。
それがテヤンに何らかの変化を起こしたのだろう。
離れるべきだ。
そうわかっているのに…
パチッパチッと、絶えず火を保ためている焚き火の前に、テヤンが私を抱き込んだまま胡坐をかく。
自然のテヤンの膝の上で横抱きにされる体勢、ここ数日の間で、すっかり慣れきってしまった定位置だ。
こうなってしまったのはたぶん私のせいだから…
そんなずるい言い訳をしながら、その腕に収まることに喜んで甘んじる。
ジワリと広がるのは苦味を帯びるのは国への後ろめたさと自身に向けた嫌悪感。
それらから目をそらすように、そっとその瞼を閉じる。
熱が下がり、目覚めてから、
テヤンは必要なこと以外なにも話さない。
あの王宮での話も、
あの北の森に吹き飛ばされた日のことも、
これから先に待つ、未来さえも…
このままでいいのか。
そんな焦りを感じながらこの穏やかな時間から抜け出せない。
このままではよくない。
そう理解してるはずの思考を、浅ましい感情で抑え込む。
「…どうした?」
思考が沈んだからだろう。
テヤンが、そんな私の様子を気にして、その筋張った手を私の頬へと伸ばし、包み込む。
皮膚が厚く、タコでゴツゴツとした掌の感覚がとても愛おしい。
「…なんでもないわ。」
ごめんなさい神様、もう手放すことができそうにないの。
そんな懺悔を繰り返しながら、今日も夜が更けていった。
両思いなのも互いにわかってるし、ダメだと思いながら抑えきれない気持ちに引きずられるし、でも別れないといけないって理性と責務に苛まれるし…
この面倒臭さすら感じる2人の描写書きながら、あれ?この子らなんか不倫でもしてるの??なんて思った私を自分で殴りたい。




