8-5
いやーついに…
その悲鳴の1つに反応したように、男はその爛々と輝く瞳をさも楽しげにリヒター卿へ向けている。
「おや?ダニエル、何か問題でもあったか?」
煽るようなその声に、ダニエルさんはグッと堪えるように眉間のシワを深めた。
「いえ、………ただ殿下、前にもお伝えしましたが、国王の玉座を粗末に扱うのは、貴方様でも許されません。」
「そうだよなぁ?お前はコイツを殺したくてたまらない。そのはずだもんなぁ?」
苦々しい表情をしたリヒター卿答えを、全く聞いていないその少年は、残忍な笑みを湛え、満足気に彼を見つめている。
その様はオモチャを乱暴に扱って喜ぶ、子供そのもの。
その瞳が今度はこちらへと移される。
萌黄色の異質な瞳と、しっかり目があった。
「コレがアベルってことは…お前が狼の?」
些か乱暴な手つきで顎を掴まれ、時に横を向かされたりしながら観察される。
いや、観察というより、品定めされてると言ったところか。
「白金どころか黒犬もぐちゃぐちゃに刻まれたって聞いたからどんな大男かと思えば…見た目は人の子とそう変わらんな。だが……この色は先祖返りの兆候か、そりゃあそこらの人間ごときはゴミ屑扱いだろうなぁ?」
思わず己が瞳が驚愕に見開くのを感じ取る。
そんな俺の変化がお気に召したのか、少年はその瞳を細め、ニヤリと間近で笑った。
「へぇ〜……初めて見た。尻尾や耳があればなお愉快であったが、先の戦いでは途中で牙が出たと言うし、後天的に狼の要素が戻る可能性も…」
男はさらに観察するように俺の髪を口を、目を、肩まわりなどの筋肉のつき方を確認し、もう充分だというように乱暴に手を離す。
「さすがは神の遣わした"戦闘部族"。コレ1つで隊の1つや2つ、いやそれ以上の価値はあるな。」
少年はそう言うと、俺の前にストンとしゃがみこみ、床に座っている俺にわざと視線を合わせてくる。
その目にキラキラとした純粋な輝きは一切なく、"良いもの"を見つけた時の興味と執着が窺い知れた。
「お前、俺の物になる気ない?」
「ランスロット殿下!!」
ニヤニヤと下衆な笑みを浮かべた少年に対し、リヒター卿が噛み付くように言葉を発する。
だが、少年は俺から視線を逸らすことはない。
「その者が狼牙族なら、"燃える光を瞳に宿す者"に当てはまります!危険です!!」
「だからどうした?」
ダニエルさんの必死な進言にも、少年は見向きもせず軽く言葉のみであしらっている。
-"燃える光を瞳に宿す者"?
俺の困惑と疑問をよそに、そのペリドットの瞳が俺の深淵までもを覗き込もうと、俺の目を奥底まで覗き込む。
日差しの降り注ぐこの広すぎる部屋の中で、その姿はより威圧感を増す。
「俺様は力あるものが好きだ。その力が弱いものを挫くのは、当然の理。だろう?」
同意を求めるような男の物言いに、ただ目を逸らすことなく無言を貫く。
「ククッ…やはりお前、良いな。」
男はそう呟くと、より一層楽し気に声を深めた。
意図せず、この男に気に入られてしまったらしい。
「で、答えは?」
「依頼としてなら受けるか考えるが、今はシレーヌの護衛中だ。アンタに忠誠を誓う気もない。」
「ほぉ?あくまで用心棒のような役割としか関わる気はないと?」
俺のはっきりとした言葉に、奴はなお嬉しそうに声を躍らせた。
その美しい瞳に色濃く滲むのは、綺麗に言えば好奇心、しかしその現実的な見方をすれば狂気に近い執着心。
とにかく厄介なものとしか思えない。
「ふぅーん…じゃあ、この娘に一生仕えるっていうのはどうだ?」
少年はそう言うと今度はシレーヌの方を顎でしゃくった。
急に矛先を振られたシレーヌは、奴と俺の視線を一斉に受け、びくりと身体を震わせる。
「仕えるも何も…彼女はただの依頼人だ。」
何がコイツの起爆剤になるかわからない。
慎重に言葉を選び、無感情にそう答えれば、奴は面白くなさそうに肩を竦めた。
「なんだ。コイツが良いってわけじゃないのか。」
少年は含みをもたせながらそう言うとすっと、俺の視線の前から立ち上がる。
「直々に名乗ってやる。ランスロットだ。あの老いぼれがくたばった後、俺に仕えたくなったらいつでも来い。歓迎してやる。」
「殿下!!良い加減にしてください!」
俺を見下ろし、不敵に笑いそう言い放ったその少年は、天からの後光のせいかより神々しく見えた。
王家は"神に選ばれし子"。
数年前、王都のどこかで聞いたことのある迷信だが、それを納得させるだけのものが彼にはある。
ダニエルさんが、耐えきれないと言うように彼、ランスロットに荒々しく声をかける。
主従というより、制御の効かない面倒な子供に、振り回される大人といった図に見えた。
その声にようやく、ランスロットは視線のみをダニエルに返す。
「…なんだ?喧しい。」
「百歩譲って、その者のことは戯れと片付けるとして。現国王陛下への態度、物言い、限度があります!」
君主に向けるにはあるまじき、反抗的な金の瞳で、ダニエルさんはランスロットを睨みつけている。
しかし、ランスロットはそれを見慣れているというように、咎めることもせず、無感情に見返している。
「事実を言って何が悪い?年老い、死にかけ、それでもなお己の権力に執着するみすぼらしい人間を、ジジイと、老いぼれと称して、なんの問題がある?」
「…っ!?」
その言葉にダニエルさんも答えることができず、グッと感情を飲み込んだのが見て取れた。
どんな傍若無人な態度、物言いをしても、その立場の差により、強く言い含めることができないのか。
はたまた、まだ俺が窺い知れぬこの男の底知れぬ闇からか。
どちらにしろ、リヒター卿を黙らせたランスロットはその隣、青ざめた顔で震えながら成り行きを見守っていたシレーヌの前へとその身を動かした。
シレーヌのか細い肩が大きく揺れる。
その隙に、痛みのあまり自力で起きれなかったアベルに素早く手を貸し、その身を起こす。
「待たせたな、娘。お前があの、"難攻不落の海の要塞"、帝国の姫巫女だろう?」
ランスロットはそう言うと俺の時と同様、顎をつかみ無理やりシレーヌと視線を合わせた。
そして、また同じようにシレーヌのことを一通り観察し始める。
腹の底から上がってくる不快感を、拳を握りこむことでグッとその場に止める。
少年の女性ということを配慮しない粗雑な扱いに、シレーヌが辛そうに眉を寄せている。
恐怖心が上回っているのだろうか、普段なら顎を掴んでいる手などはねのけてしまいそうなのに、彼女はただ必死に耐え、身体を震わせている。
逸らすことの許されない碧い瞳が、それを表すようにグラグラと揺らぐのが見て取れる。
自分の爪が掌に食い込む感覚が鮮明に伝わってくる。
「なるほど、悪くない見目をしている。…これを食うだけで欲しがるとはあの耄碌もそれほど余裕がないらしい。」
独り言のような小さな声。
シレーヌの不安そうに訴える瞳に男は何かを見て取ったように、意地悪い笑みを浮かべる。
「別に、俺は貴様に興味はなかったぞ?あのジジイがお前を欲しがってたから俺が奪った。それだけだ。」
その言葉に隣にいたリヒター卿が大きく息を飲む音が聞こえた。
どうやら彼も知らなかったのだろう。
アベルはその言葉にピクリと身体を揺らし、顔をより一層歪めさせた。
当のシレーヌも意味がわからず、その視線はグラグラと揺らいだままだ。
「お前らの種族、人魚の血肉はひとたび口に含めば永遠の命を手に入れられると言い伝えられている。」
その言葉にシレーヌの瞳がピタリと止まった。
身体も震えどころか、一切動かず、恐怖に固まってしまっている。
「だから俺が奪った。あのジジイには良い加減、死んでもらわないと困るからな。」
嘲笑を含んだ言葉を吐きながら、子供には似合わぬ固そうな手がすっとシレーヌの頬を滑る。
「奪ってやったのは気まぐれだが、お前なら俺の妾にしてやっても良いぞ?」
悪戯に色の乗せられたその言葉に、シレーヌの身体がまた大きく震えた。
屈辱とも取れるその提案に、怒りから噛み締めた己の口に血の味が不気味に広がっていく。
「帝国の皇女、身分もある。お前が老いて、俺がお前に飽きたころに食ってやるのも一興だろう?それに俺も、かの"帝国"に興味もある。」
ランスロットはそう言うと目を細め、彼女のすっかり色をなくしたその顔へそっと自分の顔を近づける。
歌うような楽しげな声で、その幼い少年は残酷な事実を口にする。
「お前も、国の生贄として死ぬより、よっぽど幸せだろう?」




