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後日加筆するかも…です。
-やはりか…
ランスロットと呼ばれていた、たぶん王太子だと思われる男の示した事実に、俺は苦虫を噛み潰したような…そんななんともやるせない気分になる。
昔、屋敷にあった資料で見た記憶のある100年に1度訪れるということ、海の帝国の巫女の話。
そこに記された『巫女にとって、最初で最後の訪れに素晴らしい餞を用意し、それは大変喜ばれた』という一文がやけに気になったのを覚えていた。
古より神に捧げられる儀式といえば、生贄の儀式が定番である。
砂漠で訊ねた時、シレーヌは自分の死について明言はしなかった。
だからもしかしたら俺の知らない結末があるのか…
と、そんな可能性を無意識に望んでしまっていたのも確かだ。
シレーヌは帝国の出身で、人魚で、もしかしたら俺たちの望む先の未来への足枷になるかもしれない存在だ。
しかし、そう割り切って瞳を閉ざすには、彼女と共にしたこの旅は長すぎた。
いや、深すぎた。
シレーヌというこの少女の存在はテヤンだけでなく、俺自身の心にも深く入り込んでしまっている…
チラリと隣で俺を支えてくれているテヤンの横顔を窺った。
重々しく、信じたくない事実から逃げることなく、テヤンは苦しそうにそっと瞼を閉じた。
あの舞を見た時点で何かしら察して、さらには覚悟さえしていたのだろうが…
やはり実際言葉にされるのとされないのでは、その現実感が圧倒的に違う。
ドサッと、何かが地に落ちる音がした。
音を指し示す場所へと視線をやれば、シレーヌが力なくその視線を真下に下げ、床に崩れ落ちている。
片手だけランスロットに掴まれたまま床に座り込むその姿は、まるで死刑宣告を受けた罪人のようで…
-まさか…知らなかったのか?
そんな有り得ない可能性を思い浮かべては、その事実を自ら必死に否定する。
-いや、それはない。だって、シレーヌは…
俺の見立てが正しければ、先に恋したのはシレーヌだった。
俺がこの旅に合流した頃には既に、シレーヌはテヤンに対して好意のようなものを持っていたはずだ。
城からも出たことのない箱入りのお姫様の、初めての恋…
そんなどこか無邪気に浮かれた様子だった彼女が、ある時を境にその気持ちを抑えつけるようになった。
たぶんそれは、テヤン自身に確かな感情が生まれた頃…
それを考えれば、確実にシレーヌは自分が死ぬことを知っていた。
知っていてなお、姫巫女の責務を全うしようと、それに支障を起こさぬよう気持ちを抑制していた…
いや、むしろ…
お願いだからそうであってくれないと困るのだっ!!
『お困りかのぉ〜赤髪?』
その時だった。
こんないっぱいいっぱいの状況で、そんな甘美で妖艶な声がすぐ耳元で囁かれたのは…
「なんだ貴さ、うわぁーっ!?」
「ぐおっ!!」
俺たちを連行して控えていた王国騎士が声を上げると同時に、凄い勢いの風によって真っ白な石の壁に容赦なく叩きつけられ、めり込んだ。
変な方向に折れ曲がった手足や、頭から流れる血を見るにもう絶命しているのではないだろうか。
しかし、それをやった当の本人はそんなことどうでもいいというように、その踵の高いヒールを鳴らし、ランスロットの方へと歩いていく。
旅できていたのとは全く違う、夜空を思わせる濃紺のドレスが、彼女を取り巻く風でふわりと靡き、揺れ動く。
「貴様……何者だ?」
反応を示さない玩具から、すっかり乱入者へと興味が移ったのだろう。
ランスロットはシレーヌの手を乱雑に離すと、ターニャに向かって顎を上げる。
すかさず、俺の横から凄いスピードでシレーヌに駆け寄ったテヤンが、ランスロットからシレーヌを引き離すように自分の方へと抱き寄せた。
それを双方チラリと視線のみで見やってから、互いの金緑色の瞳へと視線を戻す。
「まず相手の名を知りたくば己が先に名乗るべきと、そう父には習わなかったのか?小童よ??」
ターニャがそう言ってランスロットを小馬鹿にするように口に手を当て、クスクスと笑う。
「…貴様、俺を誰と知って口聞いてるのか?」
それに応えるように、ランスロットも傲慢さを隠しもしない声で、ターニャを睨みつける。
-コイツ、ターニャ見ても畏れとか何も感じないのかよ!?
そう思いながらもう1人の傍観者へと目をやれば、奴はターニャに何か感じているのか深く頭を下げ、膝をついている。
「人間どもの王国の、王族とかいうやつじゃろ?それがどうした?妾から見ればそんなもの、ただの矮小な人間の一部でしかないわ。」
そう言ってニンマリと笑うターニャの仕草は明らかに蔑みと嘲りを含んでいるのに、いつも以上に艶っぽさを滲ませているような気がする。
しかし、肝心のランスロットにはただただ腹立たしく映ったようだ。
「お前こそ、どこのどちらの何様かも知らんが、この"俺様"を侮辱するとは余程頭が悪いらしい。」
ランスロットが登場した時と全く同じ雷鳴が轟き、一瞬のフラッシュから解放されたのちその手に握られていたのは彼の身の丈の倍はあろうかという黄金の長槍。
ビリビリと電気を帯びたそれは鋭い槍先をターニャへと向け、そのか細い身体を突き刺すのを今か今かと待ちわびる様子であった。
「ほぉーう…ヴァジュランダか……」
しかし、ターニャはそれに動じる様子もなく、より楽しそうに笑みを深める。
そして、
『風の精霊王、ティターニアとして命ず、ヴァジュランダよ、我の前にそのこうべを垂れよ。』
内臓をも揺さぶるような、空間に響き渡るターニャの声がこの場を支配し、その言葉が終わるや否やその槍が急に磁気を帯びていた輝きを失い、黒く変色する。
「なにっ!?」
途端、まるでその槍の重みが制御できなくなったように、ランスロットが軽々握っていたはずの槍の先がガンと地に落ち、床にめり込んだ。
「たとえ伝説の槍をそちが使役しておっても、妾の前では其奴はガラクタ同然じゃ。」
ターニャが残念そうに肩を竦め、意地悪い表情でランスロットに笑いかける。
対してランスロットは信じられないものを見るように、自身の槍とターニャとを見比べている。
「さて、妾の可愛い子らに"ちょっかい"を出された仕返し…といきたいところじゃったが、」
ターニャはそこまで口にし、くるりと振り返るとこの部屋の入り口のドアへと視線を向けた。
こちらに意識を持っていかれていて気がつかなかったが、何やら扉の向こうで何か騒いでいる声が、微かにだが伝わってくる。
「チッ…口を噤めと言ったのに、あの犬ども言いやがったな?」
ランスロットのそんな悪態が微かに耳元に届き、状況を把握する。
「まぁ、捕まるのは面倒だしのぉ〜…"仕返し"ついでに1ついいものを見せてやろう。」
ターニャはそう言うとその身をふわりと空に浮き上がらせ、片手を上げ、それを中心として何やら風の渦を発生させ始める。
「なっ、何を!?」
「おいっ、ターニャっ!?」
ミシミシと軋み始める天井のガラス、あまりに強い風に削れ始める石の壁、俺らの体も風に押されるように床からふわりと浮き上がり始める。
『汝、我に仕えし眷属どもよ、我の為に力を示し、我の為の力となれ…』
そんな今度はぐわんと脳さえも揺らされる不思議な声の詠唱に、応えるかのように風がぐるぐるとターニャを中心に渦を巻き始める。
バリーンッと一斉に割れる天井。
それと同時にいつの間にか鈍色に染まった空からは無数の雨粒が降り注ぎ、時折喜びの太鼓を鳴らすように雷が大理石の床を削る。
-やばい!
抵抗することもできず、ぐるぐると嵐へと巻き込まれる視界の中で、テヤンがシレーヌをきちんと抱き込むのだけは確認が出来た。
ガーーンッ!!
と遠くで、何か石同士がぶつかるような音が響く。
それを合図にしていたように、
渦は急速に風を引き込み上昇していくと、俺たちの体はそれに流されるようにその竜巻の中へと引き込まれて空に猛スピードで放り投げられた。
中心から外に荷物を放るように投げ出された瞬間、昼に見えるはずのない深い闇に覆われた夜空がチラリと見えた気がした…
ランスロット凄く雑魚臭するけど、テヤンと対等なくらいには強いんですよ。ほんとですよ?
次は雪国に参ります。




