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Procursator   作者: 来栖れな
第6章 揺れ動くは妖精の幻か
30/56

6-3

『ようこそ、精霊族の森へ』


そう艶のある声を響かせ、ふわりと降りてくるブカブカの服から覗く華奢な身体を見ながら、やはり理解し難い恐れを強く感じていた。

自分達の存在とは逸脱した存在…圧倒的な強者。

アベルが捕まった時だって助けないといけないと頭でわかっていたのに、逆らうべきではないと叫ぶ本能に抗うことができなかった。

まだ幼い見た目の、繊細そうな造りをしたこの子供に…

音もなく俺たちの前の草むらへと着地したソイツから、庇うようにしてシレーヌを背に隠す。

滅多に見ることのない藤色の短い髪も、いっそ無邪気に見える笑顔も見れば見るほど幼い少年のそれなのに、何故かぞわりと這い上がる薄ら寒さがある。


「おやおや…そんなに大切な娘御を連れてかれたのが気に召さんかったのかのぉ?」


そんな俺の態度に目の前の"妖精"は何やら楽しげにクックッと喉を震わせ、笑みを深めている。


「…テヤン」


シレーヌが何かを訴えるような不安げな声で俺を呼びながら、服の背中側をくいくいと小さく引っ張っている。


「よいよい、シレーヌ。そちを別の男に取られたと思い警戒してるんじゃろう。」


奴はそう言ってシレーヌに声をかけると、俺のまん前までスィーッと、空を滑るようにして浮かび移動してくる。

警戒から身体が強張り、大剣を構え直そうとするより早く、いつの間にか取られたもう片方の手が、奴の胸元へと容赦なく押し付けられる。

布越しに掌に伝わるのは華奢な身体に反して少し膨らんだ、柔らかな感触…


「…っ!?」


「のぉ?わかったであろう?」


思わず突き放すようにして押した胴体が、ふわっと風に靡くように少し後退した。

目の前のソイツは、そんな俺の一挙一動を面白がるように、口元に手を当てながらクックックと喉を鳴らし、笑っている。


「女に免疫がないとは、なかなかに愛い奴よ。まぁ、元々狼の子らは一途だからのぉ。」


そう言うと、彼女は揶揄うように眉を上げて意味深に笑みを浮かべながら、シレーヌの方をチラリと見る。

意味のわからないその視線に眉を顰めながらも、彼女の発言に警戒を表すようにソイツをグッと正面から睨みつける。


「…安心せい。妾は、狼の子を害する者ではない。むしろ、そなたらの里がなくなるまで厚意にしてた者の1人じゃ。」


そんな俺の態度に何か思うことがあったのか、先程までとは違う悦の含まぬ平坦な物言いをしながら、彼女はその萌木色の瞳を伏せた。

一瞬漂った哀愁にも近い空気に、思わず身体が共鳴したようにピクリと揺れる。


「まぁ、それはさておき…」


しかし、それはただの思い違いだったとでも言うように、瞼を上げた途端すっかり元を歌劇思わせる勿体つけた声で、彼女は楽しげにニヤリと笑う。

木の枝を連想させるような細い腕が、再び俺の方へとするりと伸ばされる。


「少々その色は気に入らぬので、"元に戻させて"もらうぞ?」


そう言い、俺の目の前で先程のように指をパチンと鳴らすと、俺の周りが金色の淡い光に包まれた。

すぐ後ろにいたはずのシレーヌが、弾かれたように数歩下がったのがわかる。

数秒かけてゆっくりと収まったその光の下で、ふと見えた自分の肌の色が、見慣れたものへと変わっていた。

チラリと視界に映る髪の色は、最近はあまり見なかった少し燻したような銀…


「…懐かしいな。」


「…すっ、すごい……」


「うむ…やはりその色が良いの。」


ようやく起き上がりこちらに近寄ってきたアベルと、驚いたように瞳をパチクリしているシレーヌ、それを尻目に彼女は満足そうに頷いている。


「改めて…ようこそ、狼の子よ。妾のことは"ターニャ"と呼ぶが良い。」


少し茫然としてしまった俺に向かって、ターニャはそう言って悪戯っぽい、蠱惑的な笑みを浮かべた。


***


急にこの不思議な森に連れてこられた時は困惑したし、激しく動揺した。

しかし、それ以上に何故か懐かしい気分になったことに驚いた。

暗い荊の森に囲まれた拓けた草むら、魔法の四大元素である4色のエレメントにふわりと取り囲まれる不思議な光景は、何故か心安らぐ。


『ふむ、やはりその者らはそちが気に入ってるようじゃの。』


私をこの場所に連れてきた張本人である美少女が私を見てニコニコ笑っている。


『あの、…ここは?』


『精霊族が代々治める、神聖な森じゃ。そちの先祖もここの生まれであろうな。』


-先祖?

その言葉の真意が掴めず首を傾げる私の瞳を、彼女はずいっと覗き込む。

咄嗟に後ろに逃げそうになった私を引き止めるように、色白でか細いその指が私の頬を撫でる。


『その瞳が表すように…そちには精霊族の血が混じっておる。正確に言えば精霊族ではなく、我らが眷属である森の守り人、エルフの血であるがな。』


青い瞳しか生まれない人魚族には相反する紛い物の(あお)

それを指しているのだと理解した途端、一瞬にして肝が冷える。


『ほう、そちは母のことを知らぬのか?』


『………私が生まれてすぐに亡くなったと聞いてます。』


俯き、ぼそりと口籠るようにそう答える私に構うこともなく、彼女はどこか納得したように頷いている。


『まぁ、かなり我らに近い者のようだが…人間(ヒュム)の血が混じるエルフでなければ、魔法は使えんわな。』


まるで何かを自分で確かめるように彼女が一層低い声で呟く。


『何はともあれ、これから仲良くしておくれ、"帝国の姫巫女"よ。』


その言葉に驚き、ハッと顔を上げた私に、彼女は楽しげにニヤリと笑い返す。

-この人…なんで……


『妾はターニャ。精霊族最後の女王じゃ。』


そんな私の疑問に答えることなく、ターニャはとても美しい笑みで魅惑的に笑った。



そして今、ターニャはあの時と同じ笑みを…いや、もっと何か親しみのようなものを含ませた笑顔をテヤンに向けている。

それを見ていると、言いようもない胸の痛みを感じてしまい…

-見たくない…

そんなことを強く思ってしまう。


-…この気持ち、なんなんだろう。


私は、この理解できない感情に気持ち悪さを覚えながらも、ただその黒い靄のようなものを胸に収めることしか出来ずにいた。




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