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Procursator   作者: 来栖れな
第6章 揺れ動くは妖精の幻か
28/56

6-1

この大陸には、"妖精"と呼ばれる不思議な存在がいる。

正確に言えばその存在には精霊族という別の名称があるのだが、"アイツ"だけはその性質からそう呼ばれていた。

精霊族、この世界で最も神に近いとされている種族だ。

そして現在確認されている精霊族唯一の生き残りであり、精霊(まよい)の森の最後の女王(あるじ)こそ、"妖精"と呼ばれる存在。

気まぐれに森を抜け出しては人間をはじめ、あらゆる種族の元へ行き、不思議現象を引き起こしては姿を消す。

時にそれは"施し"となり、時にそれは"災害"にもなる。

常に定まった形を取らないとされ、出会う者皆違った外見の特徴を上げる。

さらには同じ場に居合わせた人間でも、その姿が見える者、見えない者がいるという不可思議な存在だ。

唯一変わらぬペリドットの輝きを放つ精霊族特有の瞳から、それらの存在が"妖精"と呼ばれる者なのだろうとされている…


-なんと厄介な奴が出てきたもんだ…

笑顔が専売特許と言われるほどの自分の表情が、苛立ちから歪んでいくのが嫌でもわかる。

"妖精"、今まで二度ほどアイツと会ったことがあるが、アイツと会うときはいつも悪いことが起こった後だった。

『赤髪、三度目はないぞ?』

あの高慢で人を小馬鹿にしたような鼻に付く声を、今でも鮮明に思い出せる。


「"アイツ"は、願いを叶えてやると言って見世物で騒動を起こして、その対価が姫さんだって言ったんだよな?」


「あぁ…」


なぜかより一層騒がしく、衛兵が増えた王都の街並みを煩わしく思いながらもすり抜けていく。


「見世物のことがあったにせよ、衛兵の数多すぎだろ。」


思わず悪態が口を衝いて出る。

普段王都を見回る臙脂の制服の王都騎士の他に、何故か白い制服近衛騎士まで混ざっている。

白地の金縁の詰襟の軍服…

俺にとってはこれまた面倒極まりない"あの男"を連想させる制服だ。

-これ以上厄介ごとを増やしてくれるなよ…

そう祈らずにはいられない。


「アベル…」


「わぁってるよっ!気にしてねぇーで、さっさといくぞっ!!」


苛立ちの滲む、より一層低い自分の声。

振り向くことなく荒々しくそうテヤンに返事をした瞬間、前から軽い衝撃がぶつかってくる。


「うおっ、悪い」


「……」


真っ黒なマントを見にまとった俺の腰元ほどの背丈のそいつは、俺の言葉に少し顔を上げただけで何も言わずにすり抜けるように去っていく。

少し捲れたマントの裾から、高そうな紫の布地がチラリと見えた。


「…なんも盗まれてないか確認しろよ?」


「いや…たぶん、盗人じゃない。」


いつの間にか隣に並んだテヤンの忠告を否定しながらも、一応取られたら困るものはあるかだけ確認しておく。

-明らかに身なりのいいガキだった…商業区をうろついてるのが不自然な…

すれ違っていく際にマントの下から覗いたそいつの口元は、何故かニンマリと弧を描いていた。

-嫌な予感はするが…今は先を急ぐのが先決か。

海の帝国の姫巫女様、その存在価値はこの大陸においても重すぎるほどに価値がある。

-あの儀式が失敗したら、俺らの計画も全て水の泡だ。本当に…


「次から次へと面倒ごとばっかだねぇ〜」


そんな俺の皮肉は騒がしい王都の雑踏中へと消えていった。


***


シレーヌが消えた。

謎の少年に攫われるように、その場から一瞬で…


魔法のことはよくわからないが、それがアベルやシレーヌの使うものとは異質で、強大な力なのだということはすぐに理解出来た。

混乱が生じて鈍くなっている頭を無理矢理に動かし、アベルに起こったことそのままに伝えれば、アベルは表情を無くし、余裕のない焦った様子で直ちに王都を出ることとなった。

王都の街並みも、検閲も何もかもすり抜けて、やってきたのは王都から南に下って少し行った所にある場所…


「アベル…本当にここなのか?」


立ち入ったことはなかった。

…というより、"そこ"には立ち入れたことがなかった。

今だってこの場所は俺たちを拒むように、太く頑丈な黒い荊によって入り口が覆い尽くされている。

その荊を引き裂こうにもそこには無数の鋭い棘が存在し、無理矢理に進もうとすればタダでは済まないだろう。


「"そいつ"はシレーヌを連れて姿を消したんだろ?…そんなことできる奴なんて、早々いるわけない。」


俺の問いかけに、アベルからはやたら確信を持った、機嫌の悪い声が返ってくる。

そうだとしても…

-どうやって入るつもりなのだ?

先程説明した通り、本当に黒い荊が壁のようになり、入り口どころかその先の通り道すらないだろう。


「………その点は平気だろ。どうやら彼方さんも、お前をここに連れてくるのが目的みたいだからな。」


アベルのその言葉とともに、黒い荊の壁がモゴモゴと、まるで森が一つの生き物であるかのようにその様を変えていく。

ズルズルと、棘をいたるところにつけた荊たちが人1人が通れるほどの道を作っていく。

まだ暮れてないはずの強すぎる日の光を、一切通さないその道は、先が全くわからないほどに真っ暗だ。


「さぁ、行くぞ。精霊(まよい)の森へ。」


アベルが少し硬い声でそう呟いた。


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