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Procursator   作者: 来栖れな
第4章 乾きに綻ぶ香り
19/56

4-2

太陽に熱せられた干上がった大地から訪れる乾いた風が、暗闇にも鮮やかな彩りを添える美しい街並みを通り抜ける。

普段から一変、緊張感漂うブレゲンツの夜は人気が全くなく、不気味なほど静かだ。

風が石造りの路地を駆け抜けて唸る音、見回りで歩き回る兵士の鎧が上下する音…

それしか聞き取れないこの夜の街では、自分の唾を飲み込む音でさえ響いてしまいそうで、不安になる。


「作戦は、何度も確認した通り。いいな?」


私とテヤンに顔に真剣な顔をして確認を取るアベルの声に、私は小さく頷いた。



ブレゲンツを夜のうちに抜け出す作戦は、当初の予想よりかなり大掛かりなものとなった。

真夜中に、マクファーレン商会の緊急の仕事として荷馬車を2台出す。

そのうちの1つで私たちが乗り王都へ向かい、もう1つはボーデンへと向かう。

囮の方は男性1人、女性1人が乗り、こちら側は私が荷物の中に紛れ、アベルがイーサンさんに変装して馬車を操縦する。

様子を見て、夜明けに私とテヤンと背格好が似た2人をゾーリンゲンの方へと逃げるふりをさせるというのもあるが、それは作戦の進み具合で行うかどうか決めるらしい。


私も見つかった時のために、イーサンさんから貰った踊り子の服に着替え、変装している。

露出の高い部分にばかり目がいきがちだが、髪を覆う服と同じ生地のベールは色を屈折させることで、私の目立つ銀髪を別の色に見えれる優れものである。

テヤンはというと、街中で少し騒動を起こしてから街の外に逃げ、こちらと合流するらしい。


「先に行く。」


テヤンはそれだけ言うと、素早く隠れていた建物の屋根へと登り、そのまま屋根という屋根へ飛び移るように駆けて行ってしまった。


「あ〜ら、早いこと」


同じようにその姿を追っていたらしいアベルが、そんな気の抜けた声を出して戯けている。

その表情はもうすっかり、いつもの軽い印象を与える、胡散臭い笑顔だ。

あの時の真剣な、無しか感じさせない、恐怖心を煽る無表情はもうそこにはない。


「さ〜て、じゃあ、こちらも行きますかっ!ってことで、シレーヌちゃん!入って、入って〜」


そう言って差し出された麻袋に少し引きつった顔をしてしまうのは、その普段通りの笑みに明らかな喜色が浮かんでいるから。

アベルは完全に、この状況を面白がっている。

いや、正確にはこの、今から私が麻袋に隠れてアベルに運ばれるという作業を面白がっている…と言うのが正しい。


このマクファーレン商会のブレゲンツ店である建物から、商会所有の荷馬車置き場まで少しだけ距離がある。

細かな路地裏通りから表通りに出てすぐ。

しかし、表通りに出るということは人目につきやすく、警戒態勢の引かれている今の状況では普通に私が姿を現してはリスクが高すぎる。

ということで登場したのがこの麻袋、ターバンを巻き、商人そっくりな格好に着替えたアベルが、その麻袋と他のカモフラージュの荷物を持って堂々と荷馬車に乗り込み、出発する…という戦法だ。


とは言っても、誰も率先して麻袋に入って担がれたいとは思わないだろう。


「…丁寧に運んでね?」


「変に思われない程度になら努力するよ〜」


そんな信用しきれないアベルの発言を聞きながら、渋々袋の中へと足を入れる。

一見、薄そうに見えた麻袋は意外と布地がしっかりしてるらしく、そのまま頭まですっぽりと入って仕舞えば、その視界は透けることはなかった。


「荷物みたいに外で口結ぶから、こっちから声かけられるまでは開かないと思ってね〜。それまでは絶対に脱力して動くなよ。」


頭上で何か布をもぞもぞ動かしながらアベルが説明するのを、大人しくされるがままに大人しく聞く。

-ここから、私に出来ることないし…


「そのまま動くなよ…よっとぉ!」


少しぼんやりしていると、そんな掛け声とともに前にテヤンにされたように、荷物のように肩に担がれた。

しかし前と違い、あまり安定感があるとはいえない慣れない感覚に、思わずひっと小さく声を上げてしまう。


「これは…色々大変かもな〜」


そんな私の心境を知ってか知らずか、アベルは小さく何かをボソッと呟いた。



***


遠くで誰かが忙しく声を上げているのが聞こえる。

-テヤンの誘導が上手くいってるな…

騎士の影が見えないことを確認しながら、不自然にならない程度に先を急ぐ。

-それにしても…テヤンってすげぇな。

いくら華奢な女性とはいえ、シレーヌも重さが全くないわけではない。

ずっしりと肩に掛かる不安定な重さと、時折当たる女性特有の柔らかな感触…

色々な意味で苦行だ。

-あと少し…

表通りに出て、あとは荷馬車の置いてある所までほんの数メートルという所だった。


「おい、そこの君!」


-あ〜、来ちゃったか〜

やはりというか、なんというか。

ここら辺を見回りに差し掛かった2人組の王国騎士、そのうちの1人がこちらへと近づいてくる。


「なんっすか?」


地声より若干高め、少しアクセントをつけるような軽い口調で返事をする。

-こっちは限界近いんだよ!


「…商人か。こんな時間に何してる。」


「至急、王都へお届けしないといけない商品ができちゃって〜」


「…ひとりでか?」


「はいっす!もう、何遍も行って慣れてるんで!」


俺の言葉にその騎士は「そうか…」と小さく相槌を返す。


「おいっ、応援で呼ばれてただろ。ここで油売ってる暇ないぞ!?」


「あぁ、すまない」


もう1人の騎士が焦れたように、俺の目の前にいる方の騎士を急かす。


「最近、砂漠の魔物(モンスター)が凶暴化してる。気をつけていきなさい。」


「はいっす!ご忠告、ありがとうございま〜すっ!」


優しい声で男はそう俺に忠告すると、足早にもう1人の騎士の元へと走っていった。

どうやら怪しい人物を見に来たと言うより…


「…またガキにでも間違えられたかなぁ〜?」


タレ目の優しい顔立ちと言えば聞こえのいい童顔が、こんな時ばかりは有難いようで恨めしい。


そのままさっさと荷馬車置きに入り、砂漠用荷馬車の荷台へとシレーヌを入れた麻袋をそっと置く。


「馬車乗った。次声かけるまでじっとしてて〜」


短く状況を呟くように伝えると、ほんの僅かに麻袋の中身が身動ぎする。

-意外に俺の言うことも素直に聞いてくれるのね…

そんな感想を抱きながらも、俺は素早く前の操縦席へと移動する。


砂漠用の荷馬車は通常のものと違い、荷台を引く動物がラクーマという生き物だ。

馬とラクダを掛け合わせた、砂漠でも早く走れる珍しい品種だ。

そして荷馬車の車輪部分は、砂漠でも大丈夫な砂ソリになっている。


「さぁ〜て、行きますかっ!」


勢いよく手綱を振り上げれば、前を走るラクーマが勢いよく荷台を引いて走り出した。


***


-もう、頃合いか。

下でわちゃわちゃと騒ぐ王国騎士たちを尻目に、素早くその場を離れ、ブレゲンツから東への向かう街の入り口の方へと、屋根伝いに駆けていく。

-この街は目に煩いな。

電灯や月明かりが反射し、キラキラと光る色とりどりの鉱石が、時折目に入り、視界を遮断する。

それを鬱陶しく思いながらも、もう街を抜けたであろう荷馬車を追うため、風を切るようにして建物の上を走る。

砂漠の夜の風は、湿り気もなく、冷えやすいせいか耳に痛い。

ここ最近、南の森や温暖な気候の場所ばかりにいたからだろう。

-身体が適応するまで、辛いかもな…

そんなことを考えつつ、街の端最後の屋根から飛び降り、砂の上を走り始めた。

濃藍と薄紫が混ざり合ったような美しい夜空には、小さな星々が群れるように、所狭しと瞬いていた。



荷馬車には思ったより早く追いついた。


「おう、お疲れ〜」


アベルがそんな呑気な声を上げながら、荷台に乗ってきた俺に手を振る。


「思ったより早かったなぁ〜…ついでに、そこの麻袋からシレーヌちゃん出してあげて!」


アベルはそう言って俺の少し前方を指差すと、そのままラクーマ操縦に戻るために前を向いた。

マジックバックを始めとした俺らの荷物、武器、誤魔化すために置いた高そうな調度品に紛れて、不自然な麻袋が転がっている。

近づいて、素早く上で縛ってあった紐をとけば、そこからシレーヌが顔を出す。


「はぁ〜、やっと出れた。」


「平気か?」


「えぇ、」


大きく伸びをし、そんな軽い会話をしながら麻袋から抜け出したシレーヌ。

その格好は変装のためとイーサンに渡された、踊り子の服だった。

夜空を連想させるような光沢のある布地が、シレーヌの綺麗な銀髪を覆い隠している。

-すこし勿体無いな…

変装のためとはいえ、陽の光を受けキラキラと輝く銀糸を隠してしまうのは、すごく惜しい気がした。

-こんな月夜では、どんな風に見えるんだろう…

自ずと、そんなことを想像してしまう。


「うわぁ〜…綺麗ね……」


シレーヌが俺の隣で、荷台の横窓から顔を出し、星に彩られた空をうっとりとした顔で見つめる。

その時、夜空の光が瞳に移り、その美しい色を際立たせた。

-青じゃなくて、(あお)なのか…

海の色にほんの少し緑を混ぜたようなその色の輝きに、吸い込まれるような心地になる。


「星が降ってるみたいね…」


夜空を流れる星を見て、シレーヌが小さく呟いた。


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