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Procursator   作者: 来栖れな
第4章 乾きに綻ぶ香り
20/56

4-3

夜は、魔物(モンスター)達の時間。

それが唯一反転する土地がある。

渇きの大地、サンドラ砂漠。

この大陸に広々と横たわる王国の、王都周辺を丸々飲み込むような、広大で過酷な土地だ。

この地は王都まで続く道を歩くだけでも厳しいのに、ここに生息する魔物(モンスター)はそんな砂漠に住まうこともあり、屈強でしぶとい、強者ばかりだ。

そして奴らは、なぜかむせ返るような気温の高い昼間に活動する。


現に、今相手している巨大砂漠ムカデに苦戦していた。


焼け付くような灼熱の日の光が、容赦なく照りつける。

ジリジリと熱せられた砂が、その熱を蒸気として、焦げ付いた地面として、さらに俺たちを追い立てる。


こめかみから落ちた汗が頬を伝い、首を伝い…

ただでさえ疲労し始めた身体を消耗させる。

-まだ身体が対応できてないから、気候が辛いな。


「あ〜、クッソ!固い!!」


少し離れた所にいるはずのアベルの悪態がやけに近くで聞こえてきたのは、互いに同じことを感じているからだろう。

アベルが乱暴な仕草で汗を拭いながら、その片手剣を振り払う。


優に20メートルは超えるだろう真っ黒な巨体は鎧のように固い外殻に覆われて、全く刃が通らない。

そして幅があり、太さもある体躯は力技で断ち切れるものでもない。

唯一刃が通りそうなのは頭部だが、ただでさえデカいムカデのそこを狙うのはなかなかに骨が折れる。

たとえそこに少し近づけたとしても、その尾にある太く鋭い針や、口に着いた鎌の刃先のような歯に攻撃されれば、地面へと叩きつけられてしまう。

砂漠ムカデは砂の海を我が物顔で泳ぎまわりながら、赤黒く、ただ漠然と光を灯さない目で、俺たちを感情なく見下ろしている。

彼らにとっては獲物を得るための当然の行為の一環でしかないのだ。


「テヤンッ!」


シレーヌの鋭い呼びかけで、思考へと沈みかけた意識が一気に戻り、間一髪のところで奴の振りかざした尾から逃れる。

鋭い尾針が先程までいた場所に叩きつけられるのを見ながら、何も考えずに後方へと飛んだ身体が、俺たちよりかなり後ろに控えさせていたはずのシレーヌところまで下がっている。


「…ここから前出るなよ。」


「わかってるわ。」


そんな短いやり取りの後、またアベルのいる前衛へと舞い戻る。


「…アベル、そろそろ片付けないとやばいぞ。」


「だぁーっ!わーってるよーっ!!」


喉の渇きと、疲労とで口も回らなくなってきてるのだろう。

隣に並んだアベルの肩は激しく上下し、口から出る言葉は滅多に聞かない荒っぽさだ。

ここまで何度もあの鞭のようにしなる尾に振り払われ、固すぎる体躯に通らない剣が弾かれ、地面へと叩きつけられている。

その度に、後方支援に徹しているシレーヌが水魔法と光魔法を応用した"癒しの涙"という、非常に稀有ならしい回復魔法を当ててくれている…が、

魔力だって底なしではない。

この状態が長引けば、圧倒的に不利なのは俺たちだ。


「ムカデって炎通るかっ!?」


「………俺の知る限り、炎が効かない魔物(モンスター)はフレアボムと火鼠くらいだが?」


話しながら、次々に襲ってくる奴のよくしなる胴体を避けるのは意外と骨が折れる。


「30秒、引き付けろっ!一気に片をつける!!」


「…わかった。」


「シレーヌっ!回復はいいから、魔法でテヤンのサポートに回ってくれっ!!」


そう言いながらアベルは少し後方へ、俺は奴の視線を惹くためにさらに前進し、距離を詰める。

容赦なく振り下ろされる、自分の上背ほどの幅がある黒い尾を、避けることはせず、敢えて手にしている大剣で受け止める。

全身に叩きつけられるような衝撃をなんとか受け止め、ジリジリと押され続ける力を、相殺しようと必死で腰を落とし、足で踏ん張る。

-重い…

それでもズルズルと少しずつ、砂の上を交代してしまう足。


そこに、シレーヌの唱えた水の竜巻が砂漠ムカデのすぐ真横へと立ち登り、それに呻いた一瞬の隙を突き、のしかかってきている尾を全身の力で押し返す。


ぐらりと体制を崩した砂漠ムカデ、その好機を逃さず、一気に奴の身体を駆け上がり、奴の頭部に並ぶ赤い双眼を振り下ろした一太刀で潰して、視界を奪う。

耳をつんざく、歯を軋ませるような咆哮を上げ、暴れ狂ったのたうつ巨体。

それに振り落とされ、振り回された長い尾が今度こそ自らの腹へと直撃し、物凄い衝撃とともに宙へと放り出された。


瞬間、真横を入れ違うように飛び込んできた赤い髪を横目に、なんとか空中で体制を立て直し、地面に着地する。


「時間稼ぎご苦労っ!!」


そんな叫び声と共に、ふわっと高く飛び上がった身体が奴の頭上へと踊り出る。

その燃えるような髪と同じ赤へと変色した片手剣が、ブワッと太陽の熱を宿したように金色の輝きに包まれた激しい炎を纏う。

その刃を天高く翳したアベルが不敵に笑う。


『灼熱の業火に裁かれろっ!』


全体重、そしてその身の落下させる重力さえも利用して振り下ろされた赤の刃は、全てを焼き尽くすような勢いを持ってムカデを頭から真っ二つへと切り裂き、そのまま金色の炎中へと飲み込んだ。

グギュウイィィィィーーッと、不明瞭で耳障りな悲鳴を上げながら、砂漠ムカデは炎の中で、黒い影となり、砂のように崩れていった。


「ふぅぃーー…いっちょ上がりっ!」


空中からシュタッと膝をついて着地したアベルが、疲れ切った掠れた声でそう宣言する。

その時にはもう、焼き尽くす金の炎も、砂漠ムカデも、見る影もなくその場から消え去っていた。



***


「なぁ〜?アレ、ぜっっったいにこの砂漠の主だったと思わない?」


「…それ、さっきのサンドスコーピオンのときも言ってたぞ」


昨夜から砂漠へと入った1日目。

まだ昼を少しばかり過ぎた、まさに最も日差しの強い時間帯だが、ここまでの間でもう3体もの砂漠の魔物(モンスター)と対峙している。

それも、この過酷地帯でも珍しいと言われるような、大型級の三連続。

一匹目はバジリスク、二匹目はサンドスコーピオン、三匹目が先ほどの巨大砂漠ムカデだ。


「凶暴化してるって言っても、限度あるだろっ!!絶対に、最近王国軍ここら辺の魔物(モンスター)狩りしてねぇ〜よ」


「…それには同感だな。」


-前にこの砂漠を横断した時は、こんなに強い魔物(モンスター)と出くわさなかった。


蜃気楼からか、視線の先に果てなく続く砂の大地がゆらゆらと揺れて見える。

首元にまで伝う汗が鬱陶しく、何度も拭っては唾を飲み込む。


「…テヤンでも、まだ身体が適応してないと辛いのか。」


「当然だ。俺を万能みたいな言い方するな。」


そんな言い合いをアベルとしながら、少し後方でずっと黙っているシレーヌへとチラリと視線を向ける。

-大陸よりずっと南にあるとされる海の帝国の出身だから暑さに強いと思っていたのだが…

頬どころか身体中が火照り、赤みの強いピンクへと染まった肌、こめかみや首筋へと幾つも伝っている汗が、彼女にもこの暑さは辛いのだと物語っている。

-俺たちのフォローで、ずっと魔法を使いってぱなしだしな…

呼吸が整っていないのか、浅く上下する身体を視認しつつ、少し歩を緩めて隣に並ぶ。


「…大丈夫か?」


「………」


返事はない。

だが、肯定しようとしたのか、小さくその頭が下を向く。

そして…


「っ!?おい!!」


その勢いに耐えきれなかったように、シレーヌの華奢な身体がぐらりと前方へと傾いた。

咄嗟に片腕で受け止めるが、その身体は完全に力なく、ただなされるがままに俺の腕に支えられている。

そしてそこから伝わる体温が、以前触れたときよりかなり暑い…


「どうしたっ!?」


俺の声で異変に気がついたアベルが、すぐさまこちらへと駆け寄ってくる。

様子を確認しようと、シレーヌの身体を仰向けへと腕の中で回転させれば、真っ赤に染まった顔、先程よりも荒くなった呼吸、そして苦しそうに歪められた表情が目に入る。


「何なんだよ、これ…」


理解の追いつかない緊急事態に、自分の声が激しく震えているのが耳に届いた。


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