4-1
謎視点始まり。
(改稿前、第3章冒頭とほぼ同じです)
「なぁ、その口は飾りなわけ?」
中傷的な言葉が響くその場所は、
やけに薄暗く冷たい部屋。
磨き上げれて輝く黒曜石の床、
火が灯れば、星のような煌めきを撒き散らすであろうシャンデリア、
黒をベースに銀が繊細にあしらわれた調度品の数々、
壁には蔦のような模様と鳥が刻み込まれ、明るい光の下なら、その黒に陰影をつけ、模様を浮かび上がらせている。
他の部屋と比べても遜色のない豪華な作りの部屋だ。
それなのにここは常に仄暗く、
そしてとても異質だ。
他ではありえない黒一色。
同じ宮殿内はどこも光り輝くような明るさと、豪華すぎる調度品たちが華々しく輝いているのに…
この部屋は違う。
唯一の光源であると大きな窓がここの主人に影を落とし、黒に包まれた部屋を異様に照らし出す。
黒と金で彩られた豪勢な椅子にもたれた身体が、ゆらりと立ち上がる。
逆光の中に照らし出されるその影は実際よりも大きく、より威圧的な印象を与える。
「もう一度だけ聞いてやる。あの死に損ないは何をお前たちに命じている?」
闇の中で妖しく光る、ペリドットの瞳がすっと細まり、男を見据える。
「申し訳ありません。貴方様にお答えすることは出来かねます。」
部屋同様、真っ黒な装束を着た男は、片膝をついたその姿勢を1ミリも動かすことなく、同じ言葉を繰り返す。
高い位置から見下ろす男と、
それにひれ伏す男。
それぞれの立場は一目瞭然。
しかし、お互いの瞳には剣呑な光が宿っている。
「ふっ……なぁ?次期国王に対してその態度?そんな報告、許されると思ってるの?」
「我々がお仕えしているの"国王"であって、貴方様ではありませんので。」
黒装束の男の平坦な言葉に、男は高圧的な笑みを浮かべた。
瞬間、
真っ暗な室内に雷鳴が轟き、目が潰れるような激しい発光が辺りに広がる。
しかし、それも一瞬のこと。
再び闇に閉じられた部屋に映った光景は、男が自分の身の丈の2倍はあるであろう巨大な長槍を、黒装束の男の喉元に突きつけているところであった。
電気を帯びて金色に輝くそれは、この暗闇でも異彩な色を放つ。
「その国王は今、床に伏した。死にかけの老いぼれとこれから玉座へと登る俺、どっちにつくのが賢明か…わからないほどバカじゃあるまい。」
「恐れながら、貴方様はまだ"現国王"ではあらせられません。我々が従うのはこの国の"国王"のみ。」
「…あくまであのジジイに忠義を尽くすと?」
「新たな王が誕生した暁には、貴方様に喜んでお使えいたしたましょう。」
黒装束の男はそう言うと、ほんの少し頭を下げた。
男の顔と槍の刃先がより一層近くなる。
ペリドットの瞳が射抜くように男を見つめている。
冷え切った空気にさらに緊張感が高まった。
フッと、その場に、冷ややかな嘲笑がひとつ落ちる。
「あくまで国のトップに着く…か。さすがは"王国の犬"だな。」
男はそう言うと、槍を引きまた一瞬のうちにその場から消してしまう。
カツっ、カツっと、もと来た道のりを戻る、ゆったりとした足音が黒曜石の床を刻む。
男は椅子にドカッと座り込むと、そのまま酷く退屈そうな表情で口を開いた。
「なら猟犬らしく、獲物はきちんと囲い込め。どの主人が1番良い褒美をくれるか…それがわからないほどお前たちもバカではあるまい。」
萌黄色の光が細まり、怪しい笑みを讃えた口元から、冷たい笑い声が溢れる。
何か危険な予感を察知したのか、黒装束の男は警戒するようにその身体を強張らせた。
「実質、今、国をコントロールしてるのは俺だ。俺の気まぐれでこの国が"壊滅"したら目も当てられない…そうだろ?」
その言葉に、今度こそ黒装束の男の表情に焦りが浮かぶ。
「俺は国になんか興味がない。問題はそれが面白いか、そうでないかだ…"取ってこい"は得意だろ?"親父の宝物"、きちんと持ってくるんだぞ?」
歌うような甘美で、優雅で、傲慢な声を躍らせたその男に、今度こそその臣下は、はっきりとこうべを垂れる。
それを見届けた男は、興味が削がれたというように、その座椅子に深く座り込んだ。
また一つ、運命の歯車が、
様々なものを巻き込み、終焉へと回り始める。