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Procursator   作者: 来栖れな
第3章 芽生え、色づく時
14/56

3-3

ここからアベル視点混ぜ始めます。

改稿版、アベルの腹黒さがパワーアップしましたね。脱苦労人ポジ。

魔法は人間だけに与えられた圧倒的、かつ暴力的な大いなる力だ。

そして何より、畏怖される力でもある。


目の前の標的を迷いなく切り裂く己の刃。

直後、人間のものより黒にほど近い、少し粘り気のある体液を軽く振り払う。

右手に見えるテヤンはいつ見ても天晴れな早業で、何匹ものゴブリンをその身を血に汚すことなく、次々と倒していく。

完璧な力配分で、必要以上にダメージを与えることなく血に伏していく、緑色の肌をした小さく醜い小鬼たち…


目が行ったのはその奥。

突如発生させた竜巻き状となった水流で、数匹をまとめて溺死させている少女…

魔法使用中にできる特有の波紋のようにして発せられる淡い光が、彼女を中心に広がっている。

宙を舞い広がる美しい銀髪の下から覗く瞳も、その光の影響か青色から翠色へと色を変え、宝石のように発色し、輝いている。

途中、襲ってきた他の敵をも別の水流を発生させ、巻き込む様は文字通り、圧巻の強さ…

昨今の人間でも稀にみるような魔力量だ。


-本当にこの子は…何者なんだろうねぇ〜


「アベルっ!」


鋭く鼓膜に響かせるような、テヤンの戦闘時特有の少し張った声に、ほぼ条件反射のようにして振り返る。

目の前に浮かぶ小柄な影を視認するよりも早く、力一杯真横へ叩き切れば、刹那匂うのは獣とは違うえぐみを含んだ悪臭。

後ろから襲ってきていたゴブリンは真横に切られた勢いに逆らうことなく、その体を木の幹へ叩きつけた。


「…で、どうした〜?」


服と体に飛び散ったゴブリンの血液に、一瞬眉を顰め、気を取り直したようにテヤンへ顔を向ける。


「いや、………終わりだ。」


本当に咄嗟に、俺に背後の敵襲を教えるために叫んだのだろう。

俺の様子に呆れたように、小さく首を振ると、テヤンはそう言って戦闘態勢を解いた。

その様子に俺も、すっかり汚れてしまった服に、剣先に纏わり付いた黒を擦りつけ、腰の鞘へとそれをしまった。


近年の南の森では珍しい、数十匹にも登るゴブリンの移動中の大群が、屍となってそこらに転がった。




「う〜ん、ゾーリンゲンの向こうから逃げてきたかなぁ〜」


「…前の護衛依頼、コロモサルーナだったが、ボーデンまでの道特に異変はなかった。」


少し先を急ぐようにその場から離れ、十分に距離を取ったあたりで昼飯がてら休憩を入れる。

下手に火を使うことなく、前日取っておいた果物のあまりや干し肉を咀嚼しながら、テヤンと意見を交換する。


コロモサルーナとはゾーリンゲン山脈の向こうにあるとされる竜人族(リザードマン)たちの住処だ。

そこからボーデンに帰ってきたということは山脈を越え、南の森を南寄りに突っ切ってきたということ…

そこでテヤンが異変を感じなかったということは、ゴブリンたちの大移動は本当にこの数日のものなのだろう。


わざわざ奴らが近づきたがらないゾーリンゲン山脈を越えてまで、好んでいる北側からこちらに、日中も休むことなく移動したがる理由…


「きな臭いなぁ〜、また何か企んでるのかねぇ?」


十中八九王国絡みだろうと目星をつけ、面倒な気持ちを吐き出すようにため息をつく。


「それにしてもテヤン、相変わらず多種族にモテるね〜」


「……俺以外、受ける奴いないだろうが。」


テヤンの渋い批難混じりの表情に、それもそうかと1人納得する。


「…さっきの魔物(モンスター)がここにいるのは変なの?」


「変ではないが、ゴブリンたちは暗い洞穴や光の入りづらい暗い森を好む。南の森ではあまり見かけない。」


俺たちの会話をジッと大人しく聞いていたシレーヌは、会話の途切れたタイミングでそっとテヤンにそう問いかけた。

テヤンは何の疑問を持つことなく、簡潔に、わかりやすく、彼女に説明してあげている。


-ゴブリンを知らないとはねぇ…


ゴブリンはこの大陸では知られている魔物(モンスター)の1つだ。

邪気が強く、時に群れをなして人の住む街を荒らし、人、物手当たり次第に奪っていく厄介な魔物(モンスター)

人間の誰もが魔法が使えた頃は鳴りを潜めていたが、またここ最近では街や村を襲ったという報告を聞くようになって来ている。


目の前の、滅多に見ることのないような美しい少女をジッと眺める。

光を集めキラキラと輝く白銀の色、外套に隠された涼しげで独特なデザインの服、美しく秀でた容姿も目を惹くが、何より彼女が目立ってしまうのはその高潔さを感じさせる気品と、時折感じる神秘的な空気だ。


テヤンは彼女を、"異国の世間知らずのお嬢様"と俺に説明した。

だが、果たしてその程度のお嬢さんだろうか?

世間知らずで、無知ではあるが、お城に囲われた深窓のお嬢様というには庶民や旅人の生活に抵抗がない。

魔法が使えるから戦えはするが、力の使い方が下手なのか力技ばかりの大技ばかり。

あれだけの気品を漂わせながら、そこに上に立つものとしての威厳は全くない…


アンバランスな少女。

それがシレーヌに対する今の評価だ。


-念のため、刺客じゃないかわざと隙を見せてみたが…まるっきりスルーだったもんな。

わざと目の前で昼寝しても、武器を手にしてない状態で2人きりになっても、彼女は襲ってくることはなかった。

本当にテヤンの言葉通り、王国とは関係のない人間なのだろう。


-一応は警戒対象から外して平気…か、それに…


一昨日までのぎこちない距離感から一変、まるでそれが昔からずっと続いてきたような自然さで近づいて接する2人を、静かに見つめる。

テヤンではない、他の人間であれば何も思わないが…

その相手がテヤンとなると、それは稀有で奇特な光景へと変わる。


-そう言えば、あの時はかなり驚いたな。


ふとついこの前の夜の出来事を思い出し、俺は口元だけで小さく笑った。



***


『おいおいおい、それ、どういう体制?』


火の番の見張りは、闇の深い時間をテヤンが、山場を超えて明るくなり始めた頃に俺がするのが暗黙の決まりとなっていた。

夜に強いテヤンと、夜明け少し前には起きる俺。

それぞれに都合がいいからという理由だ。


その時、いつもよりほんの少し早く起きたのは、すぐ近くにあったはずのシレーヌの気配を探れなかったからだ。

何か変な動きをしたのか?

サッと過ぎった危機感は、身体に一瞬にして覚醒を促した。

が、起き上がった身体をテヤンの元へと近づけて見えた光景は、予想に反し、ある意味大変な事態のように思えた。


ほんのりと明るさを漂わせ始める夜明け前。

薄紫の空の下、焚き火の光だけに照らされたそこには、テヤンの肩に寄りかかるようにして眠るシレーヌと、それを少し困ったように眺め続けるテヤンの姿だった。


『…話してる途中で寝た。』


『……シレーヌちゃん、夜中に1回起きたのか?』


『寝れなかったらしい。』


『それで?何でその体制で寝てんの?』


『…まだ話すって言い張って、急に糸が切れたみたいに寝付いた。』


俺の尋問に、淡々と、でもどこか途方に暮れたように答えるテヤン。

だが、そこに面倒とか嫌悪とか、そういう感情は浮かんでいないように見えた。

ただどうするべきかと困惑している。

そんな感じだった。

-意外…というか、珍しくないか?

元々森育ち、野生であるテヤンは人に触れられることを嫌う。

警戒心が強いというのもあるが、人そのものの温もりが苦手ならしい。

特に俺は体温が高いから、仕方なく触られるが嫌がられる。

だから、そのテヤンが長いことシレーヌが近くにいることを受け入れているのは奇妙な光景だったのだ。


『とりあえず、座ったまま寝るの疲れるから、横にしてやれば?まだしばらく寝れるし。』


『…あぁ。』


俺の言葉にテヤンはシレーヌの肩と頭とを、それぞれ片手で支え、地面に横たえようとし、ふと何かに気がついたように頭を自分の胡坐の上に乗せた。

よく見ると服の裾をシレーヌが握り込んでいて、無理やり離すのは気が引けたのだろう。


『お優しいことで。』


『俺が寝るには支障はない。』


そう言ってテヤンは、興味深そうにシレーヌの髪を撫で、少し心地よさそうに瞳を和らげていた。


出会って10年ほど経っても、未だにほとんど見ることのないテヤンの柔らかな表情…



「まぁ、支障がないならいいか。別に…」


穏やかに会話する2人を観察するように眺めながら、そう呟くと、俺は1人悪どい笑みで口元を彩った。


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