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Procursator   作者: 来栖れな
第3章 芽生え、色づく時
12/56

3-1

そこはいつも暖かな光に満ちている。

淡い…というよりは、若いというべきだろうか?

まだ芽吹いたばかりのような柔らかな緑を、そのまま写した陽の光が森の中を照らし出す。

すると、そこが全て薄いのベールに覆われてしまったかのように、淡い(みどり)を宿すのだ。

真っ白な冬に閉ざされた世界では見ない、仄かに燃え上がる萌黄(せいめい)の色。

その緑のトンネルを揺らす南風は、遠くなった潮の匂いを運び、森の土臭く青っぽい匂いに清々しさを折り混ぜる。


ふと、そこに違う匂いが香った。

ほんの僅か、引っ掛かりを覚えなければ通り過ぎてしまいそうな、瑞々しく、空気にスッと溶けてしまいそうな、甘い匂いだ。

花の匂いだろう…とすぐにわかった。

気になったのは、その花の匂いが何かの匂いに似ていたから…


緩やかに山水が流れる川縁で、木漏れ日を反射する水面からそっと視線をずらす。

すぐに見つかった。

すぐそば、その水面へと姿を映すように(かしず)く、淡い青。

茎に向けすぼまっていくような筒状の花弁は、その先を上品に六方へと花開かせていた。


そこにあるのがとても自然で、思わず見逃してしまいそうな儚く、美しい花…


「…テヤン。」


ぼーっとしていた…というより、ここ数日でその存在が自分に馴染んでしまったのだろう。

背後に近づいた気配にすぐに気がつかなかった。

声をかけられ、首だけでそちらに振り返れば予想通りの人物がそこに立っていた。


「…どうした?」


「アベルがまだか?って。」


俺の問いに、シレーヌは呆れたような表情で肩をすくめる。

もう少し釣っておきたかったが、アベルの我慢が限界に達したのだろう。

隣に置いていた魚の入った籠を手に、立ち上がると、シレーヌの後へと続くようにして道を戻る。


ふわっと風が吹いた。

目の前でキラキラと輝く、銀糸のような長い髪が靡いた。

-あぁ、この匂いか。

突如差し出された答えが、すとんと心の深いところに落ちてくる。


自然と瞼を閉じた俺に、

森が、優しく微笑んだ気がした。



***


「ねぇ、なんでそのまま食べないの?」


「…はぁ?」


「……」


私の口にした素朴な疑問に、アベルとテヤンがこちらを見たまま固まった。

-えっ、何かおかしなこと言った?


私たちの目の前には先程テヤンが釣ってきた川魚、私とアベルで集めた果物と木の実の数々。

とくに魚はまだ釣ったばかりでツヤツヤしていて、生臭さも少なく、とても美味しそうだ。

だから聞いたのだ。

そのまま"生"で食べないのか?と。


「ええっと…シレーヌちゃん。一応確認していい?」


「?いいわよ。」


「そのままってもしかして…魚のこと?」


「そうよ。」


「そのままって…火を通さないってこと?」


「だからそう言ってるじゃない。」


当然だろと訝しげにアベルを見れば、彼はなんとも言い難い、微妙な引きつった笑みを浮かべていた。

まるで理解できない、奇妙なものに向けるような…そんな不恰好な表情だ。


「えっ…何か変なこと言った?」


その表情に何かまずいことを言ったのかと、急に不安に襲われる。


「シレーヌ…」


「なに?」


テヤンが変わらない声音で私に話しかける。

その表情は相変わらずの無表情で、それを見ると不思議とそんな大したことじゃないのかと落ち着くことができた。


「俺たちは生の魚は食べない。」


その言葉を聞くまでは。


「……ぇっ、嘘でしょっ!?」


「いや、逆になんでそのまんま魚食べるの??生臭いし、お腹壊すじゃん!!」


「なんでよ!?むしろ焼いたり煮たりって…新鮮じゃない魚かもしくはモンスター調理するときしかしないわよ!!」


柔らかな日差しに照らされた森の道で、私の声がこだまする。

アベルが私のことを信じられないという表情で、その金色の瞳を見開いたまま見つめている。


「…国柄ってやつか。」


そんな私たち2人の様子を無視して、テヤンがそうボソッと呟く。

その手元では先程の川魚たちが、黙々と内臓処理されていた。


***


結局、アベルたちの手で容赦なく塩焼きとなった川魚を渋々頬張っている。

確かにパリパリに焼けた皮や、程よい脂が滲むようなホクホクの身は美味しい。

けど…


「絶対さっきの、生の方が美味しかった。」


「まだ言いますか、このお嬢さんは…」


不貞腐れた私に、アベルが呆れ半分、苦笑い半分な表情を向けてくる。


「女の子がそういう血生臭い食べ方するの、やめた方がいいと思うよ〜?」


「新鮮な魚を最も美味しく食べる、合理的な方法よ!!」


「…なぁ、流石にお前も魚とか肉とか、そのまんま食ったりしないよな〜?」


パチっと小さく音を鳴らす焚き火の向こうで、黙って魚を食べていたテヤンが瞳だけをこちらに向ける。

琥珀色の瞳にゆらゆらと揺れる赤い炎が写り、まだ日が高いのに夕暮れの空のような、そんな光がキラリと反射する。


「…肉ならある。」


なんとも素っ気ない、簡潔な答えに、隣から「うげっ」と情けない声が聞こえた。

平然と答えてるけど、少し非常識なその答えに私も頬が引き攣るような感覚に襲われる。

ここではどうか知らないけど、海の魔物(モンスター)は穢れが強く、そのまま食べることはない。


「…竜人族(リザードマン)はいつも肉に火は通さないし、魔物だってそのまま獲物を食らうだろ。」


「それはアイツらが、"人間"じゃないからだろ?」


「その括りでいけば俺だって"人間"じゃない。」


私たちの引いた反応に臆することなくテヤンはそう言葉を続けると、最後にそう言って口答えするアベルをチラリと見た。

なんの感情の含みもない視線。

なのに、どこか見透かされているようでゾッとする…

そんな感じのする居心地の悪い瞳だった。

それを向けられた本人ではないのに、背筋がスッと冷えていくような錯覚を覚える。


「…ご馳走さま。少し、森を見てくる。」


黙り込んでしまった私とアベルをよそに、テヤンは手早く残りの魚を食べ終わると、立ちながら、そう言い残してそそくさと森へと歩いて行った。

心なしか、普段以上に素っ気ないその態度に、何故か胸の奥がキュウっとするような痛みを覚える。


「あ゛〜やらかした。完全にまた一線引かれたわ。」


そのテヤンの背中をじっと見たまま、アベルがガシガシと、決まり悪そうに頭を掻く。


「…怒らせたってこと?」


「いや、テヤンは怒りとかそういう感情を俺たちに向けることはないよ。どちらかというと諦め?に近いのかな。」


-諦め…

怒りや悲しみより、なんだかもっと寂しいその響きに、思わず唇を噛みしめる。


「……さっき、テヤンが"人間"じゃないって…」


「あ〜…、うん。そう。やっぱり気持ち悪い?」


どこか気まずそうに私の問いを肯定したアベルは、今度は窺うように私の顔を覗き込む。

-気持ち悪い?何故?


「…なんとなく"人間"じゃないって気がついてて、それでテヤンのこと避けてると思ってたけど〜…違った?」


続けられた言葉に今度こそはっきりと顔が強張った。

図星だった。

少し違うけど、テヤンに対して、"怖れ"を感じてしまったのは事実だったから…


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