2-4
なんでこんなに軟派になったのか…
不思議だなー(棒)
「伏せて!!」
男が笑ったのと同時に、シレーヌの叫ぶ声が聞こえた。
そのすぐ後に、ものすごい勢いで水の渦がこちら一直線に突っ切ってくるのを、咄嗟に避けるように身を伏せる。
その零コンマ数秒後、背後で何かが大きな音を立てて、何かが木にぶつかる音が聞こえた。
「ヒュ〜ッ」
俺が体勢を立て直し、すぐ近くに見えた影に蹴りを入れると同時に、お気楽な口笛を吹きながら、奴は残りの1人を容赦なく斬り捨てた。
バタッと、力なく崩れ落ちるその音を最後に、森は一気に静けさを取り戻した。
「いやぁ〜、助かった!サンキューな!!」
場違いなほど明るい声が、その場に大きく響き渡る。
「よっ、テヤン。久しいな〜」
相変わらず緊張感にかける態度で、アベルは俺に思いっきり抱きついた。
***
さっきの争いが嘘のように、心底嬉しそうな笑みを浮かべた男が、テヤンに抱きついている。
それは血の匂いが充満した場所での、異様な光景…
目が覚めるような真っ赤な髪に、よく光を集める金の瞳。
年齢も、背格好も、テヤンとそれほど大差ないこの人こそ、紅狼の創設者…"アベル"なのだろう。
-もっと屈強な感じの…おじさんだと思ってたわ。
そんなことを思いながら、 彼の予想外の行動を遠巻きに眺める。
-なんか、この人…
「あっ!美人なお嬢さんもありがとうね〜!めっちゃ助かったよ〜!」
嫌がったテヤンに、無理やり引き剥がされたアベルが、今度はこっちに向かってひらひらっと手を振った。
その顔にはどこか色気のある、甘ったるい笑みが浮かんでいる。
-かっ、軽い…
引きつりそうになる顔に、なんとか笑みを浮かべる。
そのことに満足したのか、その笑みのまま彼はこちらにスタスタと近寄ってくる。
「うおっ、よくよく見るとほんと傾国待ったなしな美人さん…まだ成熟しきってない初々しさが愛らしいねぇ〜で、この子テヤンの彼女?」
顎に手を当て、人ことをジロジロと眺めると、心踊っているような楽しげな口調でテヤンに話しかけた。
「…護衛対象。」
「え〜、もったいないなぁ〜」
「そんなことより…これは一体どうゆう状況だ。」
「山賊と見せかけた〜国からの刺客に待ち伏せされたって感じ?」
テヤンの質問に、アベルは戯けた表情でそう言いつつ、自分の服や、手にべったりとついた血に「うわぁ〜」なんて声を上げている。
「…笑い事じゃないだろ。」
「いや〜ほんとに。笑い事じゃなかったね〜、ワラワラ湧いてくるし。テヤン来なかったら、たぶん死んでたわ!」
眉間にシワを濃く刻み、頭を痛そうに額を抑えたテヤンに、アベルはケラケラと笑って答えている。
改めて、周囲を見回してみれば、テヤンや私が来る前にも既にアベルに倒されたと思われる人たちが複数。
そのどれも真っ赤な血に染まっており、争いの無情さがありありと残っている。
「…やり過ぎだ。」
同じことに目が向いていたのだろう。
テヤンが、こっちまで竦み上がってしまいそうな眼光で、アベルを睨んだ。
しかし、アベルは、それをまるで何ともないように受け止め、ヘラヘラと笑い続けている。
「しゃーないよっ!ヤらなきゃ、ヤられるギリッギリだったんだもん!」
そんなことを軽い口調で語るアベルに、なんとも猟奇的なものを感じてしまう。
「さてと!」
アベルはそんな声をあげると、ズカズカと倒れた人影に近寄り、そのうちの1つを担ぎ上げた。
比較的血に濡れていないその人は、顔色が悪く、意識はないようだが、まだ息があるようだ。
「とりあえず、"意識ないだけ"の奴らが起きる前に、ズラかりますか!!」
どこか含みのある物言いをしながら、アベルはニヒルな笑みを浮かべた。
***
一名、血まみれの男を連れて、帰ってきた俺たちを、ダムロさん夫妻はそれはもう驚いた顔で出迎えた。
幸いアベルの連れていた男は、戦闘が始まった序盤あたりで気を失ったらしく、全くの外傷はなかったため、そのまま客室へと放られた。
シレーヌは、ただでさえ慣れない旅で疲労している上に、森にまで連れ回したため、奥さんの手によりさっさと風呂に連れていかれ、上がったらそのまま別の客室へと押し込まれていた。
「いやぁ〜、ほんと。風呂最高。」
鉄錆くさい風呂に入りたいくないという満場一致の意見により、1番最後に風呂に入ったアベルが、居間くつろいでいた俺の元へ、ペタペタと歩いてくる。
ついでに風呂掃除もしたのだろう。
ダムロさんの少し大きめのズボンを膝まで捲り上げ、一緒に借りたはずのシャツは煩わしかったのか、着ないで肩に引っ掛けている。
「ダムロさんたち、もう寝た〜?」
「あぁ、夜遅いしな。寝るとき明かり消しといてくれって。」
「はいよ〜」
アベルが緩い返事を返しながら、俺の向かいの席にドカッと座り込む。
「あ゛〜、疲れた。」
そう言って椅子の背にだらしなく凭れる様子は、戦いの興奮が治り、随分落ち着いているように見える。
命のやり取りをするとき、この男はゾッとするほどに冷酷で、そして無謀で…危なっかしい。
「なぁ…」
「なんだ?」
「あの子、なにもん?」
ぐでっと、天井を仰いだまま椅子を揺らし、アベルが俺に問いかけた。
ギシッ、ギシッと、木が軋む音が、夜中の薄暗い室内に響いている。
「魔法使ってたよな?しかも、すげー威力の即死もん。王国絡みか?」
「…安心しろ。異国の世間知らずなお嬢様だ。」
「ふぅ〜ん………なら、いいけど。」
俺の答えに興味を失ったのか、アベルは気のない返事を寄越して、口を閉ざした。
本当に、王国が関わってなければ、どうでも良かったらしい。
-それにしても…魔法が使えたとは。
なぜシレーヌがあそこまで頑なについて来ようとしたのか、あの魔法を見た瞬間納得した。
人間でもほんの一握りしかもう扱えない、暴力的で圧倒的な力…
しかも、自覚があるか知らないが、それが物凄く強力ときた。
「確かにアレなら、魔物くらい狩れるか。」
そんなことを呟きながら、ふと思い出したようにマントを探る。
「アベル、届けもんだ。」
「ん?……ラブレターか?」
「知るか。自分で確認しろ。」
ふざけてるのか、本気なのか、判断つかないことを言いながら、アベルがぐいっとその身体を背もたれから起き上がらせた。
パッと裏表を確認し、そのままビリビリと中身を確認する。
「…楽しいお誘いか?」
「ちょっと違うが〜…興味深い話だ。」
アベルはそう言いながら、魔法で小さな火を起こし、その手紙を跡形なく燃やす。
「…お前らさぁ〜、王都の方とか行ったりする?」
「…通らないといけないだろうな。」
-情報集めなきゃいけないし。
「ふぅ〜ん……」
アベルはそう言うと、また何かを考えるように、座った椅子を足だけで遊ぶように揺らし始める。
また苦しそうな木の声が、空気をわずかに震わせる。
「…俺も途中まで付いてっていい?」
それは、「俺、もう寝るから〜」と言うくらい気楽で、それでいて断定的な響きを持った質問だった。




