5 終わりはきっと終わりじゃない
5 終わりはきっと終わりじゃない
吐露の服は砂まみれになっていた。陽が落ちる前に作業が完了して吐露は満足していた。後は、待ち人がやってくるのを待つばかりであった。
「派手にやらかしてくれたじゃねえか。オーケン。」
見慣れたセーラー服。見慣れた体。見慣れた顔。吐露の前に現れたのはショーグンであった。吐露は桔梗のことを思い出し、頭を振って雑念を追い払う。
「来たな。ショーグン。」
「俺としてはお前らが尻尾を巻いて逃げなかった方が驚きなのだがな。」
ショーグンは吐露の姿を鼻で笑いながら周囲の様子に気を配る。わざわざ呼び出しておいて罠の一つもないはずはなかった。もしもないのであったら、逃げることを諦め、死ぬことを選んだということである。
ショーグンはその場で立ち止まり、機械の腕を出現させる。万物を貫く機関銃である。戦車に穴をあけ、中から炎上させることも可能な銃弾は、かすっただけでも機械化兵にダメージを与える。フライエのビーム砲ほど簡単に相手を破壊できないが出力の調整が容易であり、より実戦向きな装備であった。
「ショーグンの弱点?」
「うん。ショーグンには弱点があるんだ。」
ショーグンを討ち果たすと決めた吐露とオーケンは路上駐車してあった車を奪い、町の外れへと向かっていた。
「彼は機関銃を撃つとき、必ず停止しなければならない。反動がすごいから、立ち止まって踏ん張らなくちゃいけないんだ。そして、昨日ショーグンと会って不思議に思ったのは、彼はずっと人間の足のままだった。反動を押し殺すには本来の足に戻るべきなんだ。でも、それをしなかった。」
「どうしてだ?」
「その理由は一つ。彼の本来の足は重くて遅い。だから、回避行動には向かないんだ。それをショーグンは忌々しく思っているみたいでね。私たちを積極的に追ってこないのはそういう理由かもしれない。」
「つまりは、足の遅さが弱点なんだな。」
「ああ。」
ガガガガガ。
母なる大地に杭を突き刺すような音が響く。辺りは人一人いるはずのない荒野だった。町の外れの採掘場である。未だ石英が取れるということで、重宝されていたのだが、今は作業を止めている。何故ならば、その採掘場の経営者が消息を絶っており、作業をしようにも所有権が曖昧なのである。そして、その所有権を有するかもしれない人物は宇宙人によって殺され、今、少年に向かって龍の如き必殺の息吹を吹き荒らしていた。
吐露は追ってくる死から必死で逃げた。オーケンと出会ってから吐露はずっと逃げていた。そのことに後ろめたさを感じないときはなかった。歩いている度、常に背中に嫌な汗が流れた。お前は忘れてはいけない、私たちを殺したことを。背中の何かはずっと吐露にそう語りかけていた。でも、今は違う。吐露は前に進むために逃げている。全てを終わらせるために敵に背を向ける。
策のない無茶は無謀という。だが、吐露とオーケンには策があった。全てを終わらせるためのとっておきが。
吐露は地面に掘られた穴に飛び込んだ。
「ちっ。塹壕か。」
一面は遮蔽物もなく、この場所を選んだオーケンのセンスのなさにショーグンは嘲笑う他になかったのだが、どうも何か不穏な気がし始めていた。あまりにも己にとって優位な戦場過ぎるのである。何かを隠しているのは間違いなかった。
「胸を張って恐ろしくもなんともないと言えればいいが、残念ながら、俺も不死身ではない。弱点はある。」
ショーグンの慎重さは己の力量をよく知るがためでもあった。戦場では何があるか分かりはしない。ショーグンよりも性能が上である機械化兵があっさり目の前で炎に包まれたこともあった。ショーグンが生き残っているのは石橋を叩いて渡る慎重さ故でもあり、また、彼も己より格上の相手を奇策を持って倒したという経験の持ち主でもあった。
「こんなの、戦場でさえありはしない。」
ショーグンは初めての戦地を思い出していた。ショーグンの配属された小隊はショーグンを除いて全滅した。だが、それはショーグンが本隊と合流してから知らされたことである。
敵からの奇襲で小隊はバラバラになった。ショーグンは一人はぐれた。一人本体に合流しようと逃げている中、ショーグンは恐怖に襲われた。吹く風、獣の歩く音。その全てが敵からの攻撃のように思え、音がショーグンの耳をくすぐるたび、ショーグンは身を縮めてうずくまった。
俺は死にたくない。死ぬのは嫌だ。
ショーグンはその時はっきりと死への恐怖を実感した。
力さえあれば、誰も俺を傷付けられないほどの絶対的な力があれば、それでいい。
戦争終結後、ショーグンは秘密裏に戦略型機械化兵について調べ上げていた。その調査の一端でショーグンはダイコーン・ブレイドの伝説が実在するということを知ったのであった。
「俺は俺を恐怖に陥れる奴は許さない。だから、お前には消えてもらう。お前は十分にバグとしての役割を果たしてくれたよ。だから、いい加減死ね。」
ショーグンは膝の収納から手りゅう弾を放出する。それは吐露のいる辺りに向かって飛んでいった。
乾いた音とともに砂埃が舞い上がる。ショーグンは攻撃が当たらなかったことを知った。人が爆ぜる音はもっと鈍いのである。
「オーケン。後、どのくらいだ。」
「もう少しだ。」
吐露が塹壕から頭を覗かせていた。ショーグンが塹壕を睨めつけている間に移動したようだった。ショーグンは吐露とオーケンが何かの作戦に基づいて動いていることを確信した。手際があまりにも良過ぎた。何か、相手は己を貶めるための秘策を持っているに違いなかった。
ショーグンは手りゅう弾の機能を全て止めた。オーケンの能力をよく知るためである。オーケンの能力はハッキングであった。ショーグンの手りゅう弾は外部からの電波によって爆発する。その指令を出すのはショーグンなのであるが、その手りゅう弾の爆発の有無をコントロールできるのがオーケンの能力であった。近くでないと効果が無かったり、電源を完全に落とされていては効果がないといったデメリットしか持ち合わせぬ能力であるが、ショーグンはオーケンの力の一端を垣間見た時から戦慄が収まらなかった。この者の能力が今以上に高かったら、世界を手中に収めていたかもしれない。そう考えた故であった。ショーグンがオーケンを執拗に狙っていた理由はそこにあった。ショーグンはオーケンを天敵だと認識していたのである。複雑な操作は不可能なようだが、ショーグンの装備は全て複雑な操作を必要としない。攻撃するかしないかというアナログな命令しか受け付けなかった。それはバグの発生を防ぐという点で戦地向きな能力であった。しかし、何事にも相性の悪い相手がいることをショーグンは知っていた。
だから、自らの機関銃で直接オーケンを仕留めなければならなかった。
一歩、また一歩と進んだところで、吐露は塹壕から立ち上がり、ひょっこりと姿を現した。
「今だ。」
人間の少年、吐露の腕は鋼鉄となっていた。その強度は脆く、人間の体の強度と比較しても大差はなかった。故に、その腕でショーグンと格闘しようとしているわけではない。能力の使用のために腕を開放する必要があったのだ。
「何を――」
オーケンの腕が現れたということは能力を発動したはずである。つまりは何らかの電子機器を操るはずであるが、1967年に外部から操れる電子機器など数少ない。となれば、オーケンは一体何を操ったのか――
目まぐるしく仮説が目の前を通り過ぎていく中、ショーグンは足元で強烈な破裂音を聞いた。すぐに足元を見る。それと同時に飛び上がる。だが、跳躍力は人間のそれと変わりはしない。地面が大きく口を開けた。
「くそがあぁぁぁぁ!」
ショーグンは機関銃を放ち、空中を移動できないかと模索したが、ますますバランスを崩していくばかりであった。視界が黒く塗りつぶされていく。そんな中、機械の腕を持った少年が目に入る。どうして己は負けたのか。その理由を考えても答えは出そうになかった。ショーグンが後悔したのは、どうして最後に少年を撃ち殺さなかったのかということだった。
「女の子ってさ、男よりも子どもの頃はやんちゃなんだよ。」
人一人いない採掘場にたどり着いた吐露はオーケンに語っていた。だが、はた目から見ると、青空に向かって独り言をつぶやいているようにしか見えない。
「だからさ、俺は桔梗の作った落とし穴に毎回落ちててさ。最初は怒るんだけど、どんくさくって、泣きながら桔梗に助けてって言うんだよね。」
「それとこの場所とがなにか意味があるのかな。」
オーケンは吐露の昔話に興味があったが、今はその時ではないと吐露にこの場所に来た真意を問いただす。
「ショーグンをどうやっても倒せそうもないのは分かった。だから、落とし穴を作って、眠っていてもらう。」
「でも、どうやって……」
根本的な解決には至らないが、時間稼ぎにはなるとオーケンは思った。だが、落とし穴とだけ言われると漠然とし過ぎている。
「それを考えるのはお前の役目だ。俺は今一物理学とかに詳しくないからな。とりあえず、計画としては、爆薬を使って地面に穴をあけて、そこにショーグンを落とす。」
「あまり冴えたやり方じゃないね。第一、時間がかかる。」
「じゃあ、どうしようか。」
「生憎と、ここには多くの重機があるよね。それを使って穴を掘るんだ。」
「なるほど。」
「後、爆薬を使うのはいいけど、地面を吹き飛ばすほどの火薬はあるのかな。ダイナマイトだったら、もしかしたらあるかもしれないけど、ショーグンまで吹き飛ばされる可能性があるね。」
「つまり?」
「こうすればいいんだ。」
オーケンは吐露の体を操り、地面に簡単な図を書く。
「掘った穴に鉄板を敷く。その鉄板に固定用の金具をつけるんだ。そして、その近くに爆薬を置く。スイッチの有無は私の方で制御できるだろう。その鉄板の上から土を被せる。そうすれば、落とし穴の完成だけど、落とすだけになっちゃうよね。」
「なら、あれを使おうぜ。」
吐露はタンクローリーを指さす。
「なるほど。なかなか酷なことをするよね。」
吐露はいたずらっぽく笑った。オーケンも同じく笑っているのだと吐露は思った。
「落とし穴とは……」
古典的な作戦でありながら、それはショーグンの弱点でもあった。落とし穴が弱点という時点でどちらが古典的なのか分かりはしない。
「だが、このくらい、登れないわけではない。」
ショーグンは腕を少女のものに変えて、土の壁を上ろうとする。高さは少女の身長の二倍はあるが、登れないほど絶望的な高さではなかった。
「!?」
穴が影に閉ざされる。そこから何か粘着質のものが流れ込んでいた。
「止めろぉ!」
ショーグンの体は灰色の海に沈んでいった。
「セメントを流し込むなんて、本当に鬼だよね。」
「へっ。」
吐露は固まりつつあるセメントを見ながら、満足感に浸っていた。ここまで徹底的にやれば一日で復活することもないだろうと考えたからである。
「でも、吐露。良かったのかい?」
吐露は両手を合わせて祈った。今はもう亡き幼なじみの無念を胸に抱きながら。
「ああ。もう、桔梗はこの世にはいない。ただ、それだけだよ。」
吐露とオーケンは再び歩き出した。この荒野を抜ければ町に出る。この先に何が待っているのかは分からないが、別れは終わらないだろう。だが、それと同じだけ大切な出会いがあることを吐露とオーケンは知った。
作業場の所有権が第三者に渡った後、作業場は作業を再開した。
「誰か悪戯してやがるな。」
従業員たちは地面の穴に固められたセメントを見て憤慨した。
「どっちにせよ、邪魔だから掘り出すぞ。」
従業員はショベルカーを使い、セメントを取り除いた。そこから少女の手が見えたので、男たちは大騒ぎした。
ふと、ショベルカーによって傷ついたのか、セメントの塊にひびが入った。それはセメントの塊全体へと伝播していき、セメントが割れた。
男たちは息を飲んだ。セメントの中にどんな死体が入っているのか想像したくなかったからである。半分以上の男たちは目を背けていた。半分に満たない男たちは異様な光景を見た。
割れたセメントから桃太郎のようにセーラー服を着た少女が這い出していた。そして、産声を上げるように叫んだ。
「トロオォォォォォ!」
青空に少女の雄叫びがこだました。
吐露とオーケンが町を去ってから一か月後の出来事だった。