4 笑顔
4 笑顔
吐露の悲しみを代弁するように光の剣が降り注いだ。
吐露を襲おうとしていたマシーナリーはその光に包まれ、一瞬で姿を消す。辺りには破壊の痕以外に残りはしなかった。
「大丈夫か?少年。」
「お前に人を心配する心があるとはな。」
吐露は弥勒の死体を横たわせ、立ち上がり、フライエに殴りかかった。
「オーケン。俺には理解不能なんだが。」
「怒りをぶつけられる人間が必要なんだよ。ほら、弱いものをいじめるみたいにさ。」
「俺は人間じゃない。」
吐露はフライエを殴り、それが鋼鉄の腕の前に防がれて、そして、それ以上殴ることを止めた。
「なんでもっと早く助けなかった!」
「助けただけでも感謝して欲しいものだが。」
それはそうだと吐露は思った。己が愚か者であることは分かっていた。それでも、現実は受け入れがたいものでしかなかった。
「早く逃げねばならんぞ。直に追手が来るだろう。」
フライエは吐露の腕を引っ張り、速やかに路地へと逃げ込んだ。
「ちょいと待ちや。」
その路地の行く先に一人のガタイのいい男が立ちふさがった。
「時間ピッタリ。計画に狂いはない。そうだろう?」
『一分早い。俺が追いついていないだろう。』
「その内に片づけてやるさ。」
『馬鹿野郎。侮っていい相手じゃない。』
機械化兵ネッテルエルは面白くなさそうに路上に唾を吐いた。
「テメェはいつもそうじゃねぇか。親父。俺のことを侮って、びくびくと計画が何の、時間が何の怯えやがって。」
ネッテルエルは皮膚を裂き、鋼鉄の腕をあらわにする。
「俺はなぁ、強い相手と戦うのが大好きなんだ。その邪魔はいくら父親であってもさせはしない。」
ネッテルエルは飛び上がり、フライエに向かって腕を突き出す。
フライエは冷静に、飛び上がったネッテルエルに光の矢を放った。
ネッテルエルは灼熱の地獄に飲まれた。
「なに?」
フライエの腕は槍に貫かれていた。ビリビリと音を立てている。光が去り、五体満足なままのネッテルエルが姿を現す。ネッテルエルはフライエの体に己の腕から飛び出した槍を突き刺したまま着地し、フライエに拳を突き刺す。
フライエの背から三本の槍が飛び出した。
「フライエ!」
「くっ。」
ネッテルエルはフライエしか見ていなかった。地べたに転がる小石のことなど気に掛けるつもりもない。
「俺たちはなぁ、お前みたいな戦略型を潰すために生まれてきた。お前に活躍の場がなかったように、俺たちも特に戦場を行くこともなかったさ。だから、俺は今生まれて初めて充実してんだ。」
ネッテルエルはフライエの首を蹴り飛ばす。フライエはごろごろと転がっていった。だが、すぐに体勢を整え、座り込んだまま、光線を放つ。
「無駄無駄ァ。」
光が去った後もネッテルエルはその場に佇んでいた。槍を前に突き出している。
「その槍がスペシウムを相殺しているのか。」
「まあ、そんなところだ。」
フライエの左腕はもう使い物にならないようだった。それ故に、右腕にあるもう一門のビーム砲を放った。だが、それも簡単に防がれてしまう。
「どうにかならないのか、オーケン。」
「少年、俺は大丈夫だ。ビームに巻き込まれないように離れていろ。」
「随分と余裕だなァ!オイ!」
ネッテルエルはようやく立ち上がったフライエに向かって駆けて行く。
そして、ネッテルエルの膝から槍が飛び出す。それはフライエの体を捉えた。
「終わりだ。我が宿敵よ。」
ネッテルエルはフライエの動力装置を槍で貫いた。
「そうだな。終わりだ。」
フライエは右腕のビーム砲をネッテルエルの動力部分へと突き出し、ビーム砲を浴びせた。
残ったのは、胴を両断されたネッテルエルの亡骸だけであった。
「どうして……」
ネッテルエルはそれだけ呟き、息絶えた。
「動力装置が一つだけとは限らない。」
ぐらり、とフライエの体は揺れ、地面に倒れた。
「大丈夫か。フライエ!」
空は白み始めていた。朝が来る。だが、吐露は朝の訪れと同時にフライエが息絶えてしまうのではないかという漠然とした不安があった。
「対戦略型の、それも俺への抑止力として作られた兵士だったか。勝てたのが奇跡やもしれんな。」
傷を負っているというのに何事もないような淡々とした口調であった。
「自己修復機能はどうしたんだい?戦略型なら、高性能なはずだ。」
「ああ。それか。それなら、この星に来てすぐに壊された。だから、俺は機能修復もできんだろう。」
フライエは立ち上がった。だが、ふらつき倒れかける。それを足で踏ん張り、自力で体勢を立て直す。
「バランス修正完了。歩くくらいなら造作もない。」
吐露はひどい不安に駆られた。戦力となる仲間の不調というのもあるが、今はただフライエの体のことが心配でならなかった。
「休めよ。お前はどう見たって危ないぞ。」
「休んだところでどうにもならないさ。それよりも。」
フライエはオーケンに干渉波を送った。それはオーケンとフライエだけが内容の知ることができる暗号通信だった。
「お前ら、何を話しているんだよ。」
不安は収まることはない。
「敵はどうもグループであるようだ。つまりは、後一体、もしくは二体以上と戦わなければならない。」
吐露は自らの不安の正体を突き止めた。
「お前は死のうとしているんじゃないか?」
吐露にはそうとしか考えられなかった。
「別に俺は生きようと死のうとどうでもいい。」
「俺が良くない。」
「だが、俺は町を焼き払い、人々を殺した悪魔だろう?どうして心配するのだ?」
「心配しない方がおかしいだろ。」
それはやはり、フライエには理解できない事柄だった。
「それは、何かを失う恐怖だよ。もとより私たちには失うものなんて何もない。だから、理解できないんだ。」
「なるほどな。」
フライエはオーケンの言葉に納得し、歩いていく。
「オーケン。フライエはどうなっているんだ。」
「予備動力でなんとか動いている状態だ。つまりは、もう一つの心臓で体を動かしているのだけど、それは本当の心臓よりも小さくて脆い。もう一度戦闘を行えば、動力から破壊されてしまうだろうね。」
「止めないと。」
「止めたってどうにもならない。どうにかする方法は、同じ機械化兵から動力装置を奪うしかないけど、あの出力に見合った動力を持っている可能性は低い。下手に組み込むと本当に死んでしまう。」
吐露はどうしようもない世界を呪った。大切なものが次々と奪われていく。どうして何事もうまくはいかないのか。
だが、それは吐露でなくとも同じなのだった。世界中の人々はうまくいかない世界を嘆く。それでも生きて行っている。少年にはその事実は重すぎたのかとオーケンは思った。
「恐らく俺はお前たちとともに町の外には出れないだろう。だから、お前たちだけで生きて行け。」
吐露はフライエの言葉に頷くほかなかった。
フライエは止めてあったパトカーを見つけた。そして、中を確認する。
「鍵が付いたままになっている。慌てて外に出たのだろう。」
吐露は車の外の持ち主の姿を気味が悪いものを見る目で見ていた。それはいけないことなのだと分かっていた。警官は腹を――
「これに乗って町を出て行け。燃料は十分にある。燃料が切れたら間違ってもスタンドに行ってはいけない。子どもがパトカーに乗っていることがばれては怪しまれる。」
「フライエはどうするんだよ。」
「どうやら追手が来たようだ。」
フライエは吐露を無理矢理引っ張り、車の運転席へ乗せた。そして、ばたりと扉を閉める。
「フライエ!」
「頼んだぞ。オーケン。」
オーケンは吐露の体を操り、車を発進させた。その場にはフライエと紳士まがいの男が残された。
「俺の名はカッパドキア。戦略型のビーム砲を攻略するために作られた存在だ。」
「わざわざ名乗るのか。」
「ああ。なにせ、子どもを殺されたのだからな。」
カッパドキアは懐中時計を取り出し、それを地面に叩きつけた。懐中時計はびしりと嫌な音を立て、道路に転がる。
「たった、一分だ。一分の誤差で何もかも変わってしまった。どうしてこうなる。何が悪かった。俺は何を計算に入れていなかった。」
カッパドキアはその体の皮膚を全て捨て去った。そこには一回り大きな鋼鉄の人形が現れた。
「それは同感だ。カッパドキア。人間というのは有機物で構成されていても、基本原理は我らと一緒なのだ。だが、バグがある。それは人間自身では認識もできず、また、バグとさえ思っていない。それを私は心だと認識した。」
そして、その心というバグが機械化兵にも生まれつつあることをフライエは知っていた。人間と出会い、触れあい、別れることで、心というバグが定着し始めているのだった。
「俺はそこに人間の可能性を感じた。カッパドキア。計算主義のお前がどうして本来とは違う時代に我々が飛ばされたのか疑問に思わなかったのか?」
「オーケンが何かをしたのだろう。」
「オーケンがそのようなことをできないのは百も承知だろう。カッパドキア。俺はこう結論付けた。これが人間の起こした奇跡というやつだとな。」
鋼鉄だけとなった人形は狂ったように笑い出した。
「そんなわけないだろう。こんな絶望しかない世の中が奇跡だと?」
「だが、50年もの猶予が生まれた。それだけで奇跡ではないのか?50年もあれば――」
「48年だ。」
「48年もあれば――」
「黙れ。」
人形は自身の武器を展開させる。それは鏡のようなビットであった。
「俺は子どもを、いや、子ども以上の存在を殺されて頭にきている。ネッテルエルは俺にとって、体の半分だった。人生の半分だった。それを奪われた悲しみがお前には分かるか。」
「君は気付いていないようだが、君が人間の記憶を取り込んだときに君は心というものをすでに手に入れえいたらしいな。」
「うるさい!」
カッパドキアは真っ直ぐフライエに突き進む。
フライエは攻撃の可能な右腕で至近距離に近づかれる前にビーム砲を放った。
「それを待っていた!」
カッパドキアは自身の前に鏡を並べる。ビームは鏡に反射し、次々と他の鏡に映っていき、そして、幾重ものビームの帯がフライエに降り注ぐ。ビームの帯がフライエの右腕に直撃し、右腕は爆発した。
「死ねや!」
カッパドキアは己の体からビームを出し、フライエを襲う。フライエは逃げることで精いっぱいだった。
吐露とオーケンは朝霧の中、町を出ようとしていた。まだ、人々は起き始めたばかりである。
「戻るぞ、オーケン。」
「私たちが行っても何もできないよ。」
「どうしてそう決めつける!」
「計算から導き出された答えだよ。」
吐露は力任せに体を動かす。すると、体の主導権はオーケンから吐露に切り替わった。吐露はブレーキをかけながらハンドルを思いっきり回す。
「無茶だ!横転する!」
オーケンは吐露の左手の主導権を獲得し、サイドブレーキをかけた。車は半回転し止まった。吐露は左手の主導権を取り戻してサイドブレーキを下ろす。そして、猛スピードで走り始めた。
主導権を奪われるということはオーケンにとって信じがたい事だった。どう考えてみても、計算から答えが導き出されない。それは完璧の中にほんの少しだけ生まれるバグを無理矢理引き出したようなものなのだ。
「君は死ぬ気なのか!?止めろ!絶対に生きて帰っては来れない!」
「オーケン。俺はな、ずっと自分が嫌いだった。何もしないうちから無理だと決めつけて何もしないのがな。でも、気付いたんだ。何かをしなければ助かるものも助からない。救えるものも救えない。この地球にはな、絶対なんて概念はないんだよ。どんな不可能なことであっても、それが自分の意志で絶対にやってやると思えば奇跡が起こる。そんな世界なんだよ。」
「そんなはずはない。奇跡なんかに追いすがって、君は命を散らすのか?」
「俺が死ぬようなことがあっても、お前は簡単には死なないんだろ?オーケン。」
「君は私もまた一人にするのか!」
「しねえよ。お前が生きてるんなら、俺も生きてるし、そもそも、死ぬようなことをするつもりはない。」
それは力強い言葉だった。どこまでもどこまでも続く地平線のような、絶対がその言葉の中にあった。
「分かったよ。私の友達。ミッション車は嫌いなんだよね。エンストするから。」
オーケンは吐露の身体を奪って運転を始める。
「しっかりとシートベルトを締めててよ。」
「体の自由が利かないんじゃ――うわぁ!」
オーケンは車のギアを入れ替え、さらなるスピードで公道を駆けた。
両足のビーム砲は壊された。元来、それほど威力もない代物で、隙を見て体に叩き込めればいい代物でしかなかった。
敵は完全に対ビーム兵器使用であった。それは弱点にしかならないはずであった。俺以外には。無理矢理懐に飛び込み、腕力でねじ伏せるという作戦もあっただろう。捨て身の覚悟でしかないそれも腕と足を破壊された今となってはできない相談だった。
体は動く。だが、俺はビーム兵器しか積んでいない。それはつまり、頭からなす術がなかったことを表していた。
「何が奇跡だ。お前の負けは初めから決まっていたんだ。」
それは百も承知だった。ただ、この場でこの男と戦わなければならないという己の悪運を俺は呪った。
「お前がいなくなればオーケンを助けるものもいなくなる。つまりは全て丸く収まる。全て解決する。」
俺はこんな時、どんな言葉を吐けばいいのか悩んでいた。だが、答えは浮かばないので、適当に言っておく。
「俺が死んでも、第二第三のフライエが現れるぞ。」
「現れねえよ。そんなもん。」
無表情のまま返された。もとより機械化兵の顔は無表情でしかないことを思い出す。
俺は、最後に笑ってみたかった。
この体の少女のように最後は笑えたらいいと、そんな望みのまま俺は裏切り者に手を貸した。だが、笑えそうになかった。それを後悔はしていない。あのままショーグンたちに手を貸していたら、俺は決して笑うことはないだろうということだけははっきりとしていた。
笑うとはどうすればいいのか。少女の記憶の全てを記憶してもその方法は載っていないようだった。何故なら、その少女は俺に殺されるその時まで笑顔を作ったことはなかったのだから。笑ったことはなかったのだから。
俺の全てを終わらせようとカッパドキアは光線を繰り出す。それ自体は大した殺傷力はない。だが、急所を的確に狙い、そして、破壊しつくす。カッパドキアの高度な計算能力がなければ扱えないだろう代物だった。
俺の命は幕を閉じた、かに思えた。
俺を守るように一台のパトカーが突っ込んできた。そして、そのままカッパドキアに向かって行く。それは俺が逃した恐らく人類の希望かもしれないものが乗って逃げたもののはずだった。
奇跡は起こるものではなく、起こすものなのだと俺は知った。
ならば、俺も奇跡とやらを起こすときなのかもしれない。
「飛び出すよ、吐露!」
「ああ!」
カッパドキアが車を防ごうとビーム砲を放つ直前、吐露とオーケンは車の外に飛び出した。そのままグルグルと回転して地面へと転がる。
「なんだと。」
カッパドキアの光線では車を完全に防ぐことはできなかった。細いビームの線では、車を完全に消失させることはできない。車が当たっても問題はないが、そのために隙が生まれてしまうのは予想外だった。
そう。カッパドキアにとっては全てが予想外だった。吐露が戻ってきたことも、フライエが最後の力を振り絞ってカッパドキアに抱きつき、腹部のビーム砲を展開させたことも。
たった一つのイレギュラー、吐露とオーケンによって、カッパドキアは完全に敗れた。
「え?」
吐露は目の前で起こったことを見ていた。何かしなければと思ったときには全てが終わった後だった。カッパドキアは消失し、フライエは地面に倒れた。
「フライエ!」
吐露はフライエのもとに駆け寄る。フライエは吐露に笑顔を見せた。
「奇跡は起こったぞ、少年。」
「どうして笑ってるんだよ。」
ぽたり、ぽたりと、今は顔の半分しか残っていない少女の肌に吐露の涙が落ちた。
「そうか。俺は笑っていたのか。」
息絶えそうな状況で笑っているフライエが吐露には信じられなかった。
「止めろよ。そんなの、まるで――」
「吐露――」
「少年。最期に君の名前を教えてはくれないだろうか。」
「最期なんて言うなよ!そんなのまるで――」
「この少女の名は春野苺と言う。」
「しゃべるなよ!もう!」
「さあ、早く君の名を。俺にはもう時間は残されていない。」
「瀞登呂吐露だ。」
「舌を噛みそうな名前だな。」
フライエは満足していた。最後に笑うことができた。少女の名を告げることができた。そして、人類最後の希望を己の記憶装置に刻むことができたのだから。フライエの目の前には光が差していた。朝日がフライエを照らしたのだった。もう、フライエは目の前の少年をはっきりと認識することはできない。ただ、そこに光があることだけを認識できたのだった。
「君たちが融合を果たしたことに意味はあったのだと俺は思う。吐露とオーケン。君たちはこの世界を生き抜け。きっと君たちならば、未来のない地球を変えることもできるだろう。吐露。俺は君に会えて本当に良かったと思っている。さらば、人類の希望よ。俺は最後に笑うことができて満足だ。」
そして、フライエは息を引き取った。
「吐露。」
吐露は涙を拭った。涙は前を曇らせる。見るべきものを見えなくする。もう目の前の現実から逃げないと吐露は誓った。
「吐露。君にお願いがある。フライエから言われていたことだ。自分が死んだとき、中から取り出してくれと。」
吐露はオーケンの指示に従い、フライエの胸から装置を取り出した。
「これは?」
「フライエの置き土産だ。これは戦いには使えない。ただ、私たちが長くいるためのものだ。フライエはこれだけは壊されないように戦った。」
吐露は装置を体の中にしまった。己はもう己だけの命ではないとはっきりと自覚した。
「ショーグンを討ち果たす。無理でも、やらなければならない。」
「ああ。そうだね。」
オーケンも逃げてばかりではどうしようもないことを自覚した。ショーグンを討ち果たすことは無理だと思わなかった。計算上では何も導き出せない。しかし、この少年とならば、己と同じくらい弱い存在であるのに前を向くことを決めた少年とならばできないことはないと思った。
「オーケン。お前は一体何ができるんだ。」
「機械を遠隔操作するくらいだね。ただ、この時代の機械は多くが遠隔操作を受け付けない。」
「遠隔操作?」
「遠くからスイッチを入れたりすることさ。未来だと、テレビもスイッチ一つで点灯する。」
「ほう。じゃあ、その装置を作ることはできるか?」
「難しくはないね。でも、複雑な操作はできないよ。スイッチを入れるか切るかしかできない。」
「それで十分だ。」




