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滴水古書堂の名状しがたき事件簿  作者: 黒崎江治
Epsode1 愚者が求めし
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-4- 犯人さがし

 肉体から分離した魂をさまよわせ、魔術的な痕跡を探る。それが六文字さんの言う、犯人捜しの方法だった。私はさわりを聞いただけでも気分が悪くなったので、魔法の講義は遠慮しておくことにした。


「その魔法? を覚えるのに時間がかかりそうなら、私はちょっと、ライター自体について調べてみますね」


「ああ、いいよ」


 古戸さんはすっかり魔術に興味を奪われていて、私の言葉にもごくおざなりな返事しかしなかった。


 私は銀のライターを借り受け、六文字さんに断ってから、一旦外出することにした。


 部屋から出ると、私はどっと疲れを感じた。自分がいかに異質な空間で、異質な存在と話をしていたのかということを、改めて自覚せずにはいられなかった。廊下を通りがかった三津さんに力なく会釈し、玄関で靴を履く。ここでメイドをしていれば、顔も陰気になろうというものだ。


 私は屋外に出て、清浄な春の空気を深く呼吸した。近くに停めた車に乗り込み、手に持った銀のライターをまじまじと観察する。


 このライターが点ける火が特別なのは、改めて考えるまでもない。しかし外側の造りはどうだろうか。さすがにオイルライターそのものを自作したということはないだろう。


 見ただけでブランドが分かるほど私は喫煙具に詳しくないが、調べること自体は比較的簡単だ。私はスマートフォンを操作し、いくつかキーワードを変えながら検索してみる。それほど時間を掛けずに、このライターが比較的一般的なブランドのものである、ということが分かった。


 ライターにはまた、表面に微細な彫刻が施してあった。幾何学で構成された模様は、一見してどんな意味があるのか理解しがたい。


 しかしブランドのサイトなどを調べてみた上で判断すると、これはどうやら、もともとあったものではないようだ。つまり既製品のライターに、あとから装飾を加えたということになる。


 とはいえ、自力でそれ以上のことは分からなかった。もっと情報を集めるには、誰か詳しい人間に聞く必要がある。魔法の講義はまだ当分終わらないだろうから、私は少し市街の方に出ることにした。散策がてら市街に向かい、ライターについて調べるつもりだった。



 タバコは自動販売機やコンビニで購入するのが普通だろう。ではライターはどうだろうか。プラスチックの安いライターならば、コンビニや百円ショップでも買うことができる。


 しかし数千円から数万円のオイルライターは、どこで売っているのだろうか。あるいは、その装飾はどこでやってもらえるのだろうか。


 私はふと、先日大学近くの居酒屋でおこなわれた、卒業論文の打ち上げを思い出した。そこでは気取った同期の一人が、キセルでタバコを吸っていた。


 吸い口とは反対側に少量の草を詰め、わざわざマッチで火を点けて、数回吸っては灰を捨てる。紙巻きタバコに比べると手順からして面倒極まりなく、本当にうまいと思っているのだろうかと疑問に思った記憶がある。


 それと関連して、私の頭に喫煙具という単語が思い浮かんだ。キセルを使うような、喫煙になにがしかのこだわりを持った人間が使う道具。こだわりを持った人間ならば、そういった店で、ライターに自分だけの装飾を施したりすることもあるだろう。


 調べてみると、鎌倉市街に喫煙具の店が一軒だけあった。私は観光客の少ないコインパーキングに車を停め、ナビゲーションを頼りに店を探した。


 三月の鎌倉はまだ肌寒く、平日だということもあって人通りはそこまで多くない。しかしリタイア後の中高年や、海外からの観光客がときおり団体で通り過ぎて行った。


 十五分ほど歩いて、私は目的の場所に到着した。黒ずんだ木材とくすんだショーウィンドウは、店舗が随分前からここにあることを示している。少なくとも、二十年は前からやっているだろう。もしかするともっとかもしれない。


 私は〝紫苑〟(しおん、と読むのだろうか? しえん?)と書かれた看板の下をくぐり、すりガラスのはまった木製のドアを開けた。店内は棚に囲まれた狭い空間で、何かよく分からない、甘ったるいにおいが漂っていた。


 BGMとして、サザンオールスターズだと思われる何かしらの曲が、オルゴールアレンジで掛かっている。


 並んでいるのは、ライターやタバコ葉をはじめ、キセルや水タバコらしきもの、それらを手入れする道具、そのほか色々なもの。私にとっては全体的に馴染みのない、よく分からない店だった。


 店の奥にあるカウンターに人の姿はないが、さらに奥からはわずかにテレビの音が聞こえてきている。一日にそう多くの客を相手にするわけでもないから、ずっと店番をする必要もない、ということだろう。


「すみません」


 私はやや勇気を出して、奥にいるであろう店主に声をかけた。一度目は反応なし。二度声をかけてようやく、老齢の男性が姿を現した。


「はい、いらっしゃい」


 藤さんより多少年齢の行った禿げ頭の店主は、私をじっくり観察するでもなく、目を伏せたままカウンターの裏に座った。


 どう切り出すかは、あらかじめ考えてあった。


「あの、このライターを近くで拾ったんですが」


 そう言って、私は銀のライターをカウンターに置いた。店主はそれを手に取り、私の顔と交互に見比べ、表面の装飾を親指でこする。


「ああ、少し前にウチで加工したヤツだね。模様の指定が細かかったから、覚えてるよ」


「そうなんですか。落とし主はどんな方だか、分かりますか」


「まあ普通のおじさんだね。それ、こっちで預かっとこうか」


「いえ、大切そうなものなので、直接お返ししようかと」


 店主は頭をかいてから、ゆっくりとカウンターに置いてあったノートを取り出した。手近なメモ用紙に番号を書いて、私の方に差し出す。そこには固定電話の番号と、萬治という名前が記されていた。


「まんじさん、ですか」


「そうそう、ここいらに住んでんじゃないかな」


「住所は分かります?」


「そこまでは聞いてないね」


 ともあれ、固定電話の番号があれば、大体の住所も特定できるだろう。私は店主に礼を言い、大麻っぽいキーホルダーを三百円で買ってから紫苑を出た。結局、店名の読みは分からなかった。


 時刻は午後二時を少し回ったところだった。私は駅に近い喫茶店で三十分ほど時間を潰し、再び六文字邸へと戻っていった。


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