-1- 場違いな出土品
滴水古書堂の売り上げは、その八割以上が電話やメールによる注文から成っている。扱っている本は特殊なものが多く、お洒落なホームページもなければ、SNSで積極的に宣伝しているわけでもない。
だから店の存在を知らない人は今後も知る機会がないだろうし、元々知っている人はわざわざ店舗を訪れる必要もない。
ただもちろん、偶然店舗の前を通りがかり、胡散臭さ極まる雰囲気に惹かれて迷い込む人もいる。大抵は冷やかしだが、中には怪しげな装丁や本の中身を気に入って、インテリア代わりに買う人もいる。
季節は夏の盛りを迎えていた。日中の熱射がようやく和らいできた夕方のこと、私は効きの悪いエアコンと扇風機を併用しながら、気だるい店番をこなしていた。先日、長野山中で体験したことの記憶は、未だ脳裏に色濃く残り、私の決して多くはない正気部分をじわじわと侵食し続けている。
そういった心穏やかでない物思いに耽っていたため、私は店を訪れた男性に向けて、つい不躾な目を向けてしまった。また冷やかしの客か、という若干の侮りもあった。
「えーと……こんにちは」
入ってきた男性は一瞬戸惑ったような顔をしたあと、頭を下げた。私もカウンターの後ろから軽く会釈する。
薄汚れたチノパンに、水色のワイシャツ。顔や二の腕は真っ黒に日焼けしているが、体つきからして肉体労働者ではなさそうだ。
彼は一度店の外に出て、表札を確認した。私の姿を見て、違う店を訪れてしまったのではないか、と疑ったのかもしれない。しかし結果として、彼は滴水古書堂の客だった。
「ボクは乾という者なんですが、古戸はいますか」
男性は言った。
「今、奥で休憩中ですけど、呼んできますよ」
「どうも」
私は乾さんに一人用ソファを勧め、店舗奥の住居部分に立ち入った。古戸さんはこの時間、居間で昼寝をしていることが多い。白衣をタオルケット代わりにして畳に転がり、意味不明の寝言を呟き続ける彼に声を掛け、反応しない怠惰な身体を強めに揺さぶる。
「お客さんです」
ゆっくりと覚醒した古戸さんは手探りで傍らの眼鏡を装着し、寝癖のついたぼさぼさ頭を掻きながら身を起こした。
「どちらさん?」
「乾さんって男の人です」
「ああはいはい。中に入ってもらって。店はもう閉めちゃっていいから」
どうやら知り合いであるらしい。
私は店舗で待っていた乾さんを招き入れ、居間に通した。お茶を出し、店の締め作業を終え、帰ろうとしたところで古戸さんに呼び戻される。
「なんか面白い話があるってさ。せっかくだから聞いていきなよ」
「はあ」
特段急ぎの用事もなかった私は、促されるまま居間へと戻った。
クーラーを効かせた八畳ほどの和室には、滅多に使われないテレビ、中央にある漆塗りのテーブル、その上に載ったノートパソコンなどがある。
これらが占めるスペースは最低限だが、隙間を埋めるように古戸さんの蔵書が積まれてるため、部屋の居心地はあまり良くない。これは軽い地震が起きるたびにどこかしらで雪崩れ、しばしば空間のエントロピーを無意味に増大させる。
テーブルに着いた私は、乾さんと互いに自己紹介をした。
彼は県内の大学で講師を務める歴史学者で、特に古墳時代より前の日本史を研究しているとのことだった。古戸さんとは大学の同期で、商売上の付き合いはほとんどないが、機会があればたまに顔を合わせる程度の間柄。しかし今回がたまたまの機会なのかというと、どうもそうではないらしい。
「相変わらず酒を飲んでるのか。ちょっと臭うぞ」
古戸さんが言った。彼は酒を飲まない。アルコールが含まれる食品にも滅多に手をつけない。思考が鈍るから嫌いなのだと以前話していた。
「依存症一歩手前まで行ったから止めてたが、最近、飲まずにはいられない出来事が起こった」
「なんだそりゃあ」
「これを見ろ」
乾さんタブレットに画像を表示させ、テーブル越しに差し出した。私と古戸さんは身を乗り出してそれを覗き込む。
「メールとかでいいのに」
「まあそう言うな」
映っていたのは金属の板だ。比較として置かれているボールペンから判断すると、縦横五十センチ程度の正方形。表面には文字のようなものが刻まれているが、もちろん現代日本語ではなかった。かといって漢字や甲骨文字にも見えない。
「ボクはこないだまで山梨の山中で縄文遺跡の発掘をしていたんだけど、これはそこで見つかったものだ」
彼が日焼けしているのは、屋外での発掘作業ゆえか。納得する私をよそに、古戸さんは早くも話に引っかかりを覚えたようだった。
「縄文時代に金属加工の技術なんてあったの?」
「いいや。もちろんない。古代のギリシャや西アジアにはあったが、日本で本格的に金属が利用されはじめたのは弥生時代だ。ほら、銅鐸とか銅鏡とかあるだろ?」
銅鏡という言葉に私は一瞬どきりとしたが、乾さんはそれに構わず話を続ける。
「しかもこれを見ろ。何千年も埋まっていたにしては、腐食が少ないと思わないか。これは明らかに青銅じゃない。詳しくはまだ分からないが、鋼の一種だろう。
しかしご存知の通り、鉄や鋼は青銅より精錬も加工も難しい。ステンレス鋼の発明に至っては二十世紀に入ってからだ。ボクはオーパーツという言葉はあまり好きじゃないが、これは間違いなくそういう種類の遺物だよ」
彼は専門分野のことになると、相手の反応を無視して一方的にまくしたてる人間のようだ。しかし研究者としては、別段珍しいタイプでもないのだろうか。
「あの――」
私の言葉を遮って、乾さんは徐々に加速していく。
「もちろん、これがフェイクなんじゃないかと言いたい気持ちになるだろう。しかしこの現場は車が入れるところから、山道を十五分も歩いた先にあるんだ。
仮にこの金属板が純鉄で、厚さ十センチと仮定すると、五十センチ二乗で二万五千かけることの比重およそ八として、二百キロもあることになる。これはネコ――手押し車を使ったとしても運べるものじゃない。歩荷を雇ったとしても無理だろう」
「そもそも――」
「これは日本史、いや世界史上の極めて重要な発見であるはずなんだ。そうでなくとも、大いなる謎を投げかけるものだろう。しかし信じられないことに、ボクがこれを発見した直後、大学当局から調査の中止命令が下ったんだ。
表向きは土砂崩れだかの安全上の理由だったが、そんなので納得できるわけがない。これが飲まずにやってられると思うか」
乾さんが一息ついたとき、古戸さんが軽く手を上げた。流石付き合いが古いだけあって、タイミングを心得ている。
「山の中に縄文遺跡があるっていうのが不思議じゃない? 普通は平地とか水辺の傍じゃないの」
「そうとも限らないんだが、この場合は真っ当な指摘だ。気候や植生が多少変化したとしても、敢えてあの地形あの場所に集落を作るメリットはない。だからこそわざわざ発掘に赴いたわけでね。
ここでは土偶も出てきたんだけど、その形は周辺で見つかったそれよりも細く、手足が長かった。これはなんらかの宗教的な意味づけがあると思うんだが、調査ができないことには……」
「行っちゃえばいいじゃない」
「やっぱりそうだよな!」
乾さんは拳をぐっと握りしめ、満面の笑みで声を荒げた。
「ちょっと待ってください。研究者が盗掘なんてしていいんですか」
私は言った。ごくごく常識的な意見だと思うが、男二人はそれを聞くと、子供のわがままを諭すときのような顔をした。
「彼の立場を心配する気持ちは分かるよ楠田さん。でも乾はこうと言ったら聞かない男だから……」
「うんうん。この想いは薄っぺらい保身で止められるようなものじゃない。大学を辞めさせられたら、塾講師でもやればいいんだ。それにお嬢さん、君は現代のシュリーマンになりたくはないのか?」
「乾さんの立場を心配してるわけじゃないですし、シュリーマンって誰ですか?」
「ともかく、一個人で調査するのは流石に限界がある。だからボクは君らに是非とも協力して欲しいと思ってるんだ。もし来てくれるというならば、今週末にでも山梨に行こう」
あれよあれよという間に日取りや集合時間が決められていく。その計画の中には、当然のように私も含まれていた。この乾という人物、はじめは少し変わっているだけかと思っていたが、古戸さんに負けず劣らず危険な行動力を持つ男らしい。
「僕は前泊して下見をしておくから、君たちはゆっくり来るといい。山中といってもそれほど険しくはないから、普段着で大丈夫だ」
意向を確認すらしないのはどうかと思うが、まあいい。大学関係者について行って遺跡に不法侵入するくらい、これまでの所業に比べれば、ちょっとした悪戯のようなものだ。私は麻痺しつつある良心にそこはかとない危機感を覚えながらも、なし崩し的に週末の山梨行きを承諾した。




